第8話 そんなつもりじゃなかったのだ
「……」
三月のことは隠していたわけではなかった。
飯田三月、それが大学生時代、俺が19の頃半年間付き合っていた女の子の名前だ。
出会いはサークルだった。運動不足解消に入ったテニスサークルで同じく体力づくりをもとにテニスを始めたという経緯を彼女と話したのが最初だったと思う。
それから何ヶ月か交流を深めて俺の方から告白した。多分、あの時代が俺の人生の中で一番恋をしていた時期だと思う。
彼女はすごく手のかかる子だった。人を疑うことを知らないで、先輩に何度も食われそうになっていたし、めんどくさいからってお風呂上がり髪をそのままにして放置するほどだった。それをお泊りのときに初めて知って、女の子のお風呂上がりのケアについてネットで調べたのが最初だったと思う。
最初の方はしょうがないからだった。けれど、だんだん俺の方も楽しくなっていって、一種の趣味化した。それが一つの原因だったかもしれない。
彼女の方から別れを切り出された。理由は最後まで教えてくれなかった。ずっと「好きな人ができた」の一点張り。結局俺は折れるしかなかった。
最後まで彼女は俺に謝っていた。不自然といえば不自然だ。あの泣き顔、絶対なんかあったのに、何度聞いても教えてくれなくて、俺は結局何も聞かないまま彼女と別れた。彼氏失格だと思う。
それから俺は6年間、誰とも恋をしていない。いや、チャンスはあったはずだ。でも、卒論があるからとか就活中だから、とかそういう理由で後回しにしてきた。本当は後回しにする理由が欲しかっただけだと思う。結局、俺の恋愛は19の頃から一歩も進んでいないのだ。
十香がこの家に来るとき、それほど残っていなかったのだけれど、でも徹底的に彼女に関するものを省いた。十香にとってこの場所を安心できる場所にしてほしかったから、それで別の女の気配がするようなことにはしたくなかった。きっと身構えたり遠慮したりしてしまうから。彼女はそういう子だった。ちょっとナイーブなのだ。
似てる。純粋なところも、のりがいいところも、笑顔がきれいなところも、髪の毛がサラサラなところも。だから、もし、例えばの話、本気で彼女に迫られたりしたら俺はきっと強く拒めない。受け入れない自身がそんなにない。
だから、俺は絶対に拒まなければならない。なぜなら、結局それは昔の彼女の影を追っているだけだと思うから。それは相手を心の意味で見てない、最低の行為だと思ってるから。
彼女が内心どう思ってるかはわからない。姪としてのじゃれあいか、恩人に対する勘違いか、親代わりに対する依存なのか。はたまた本当におれのことを──
わからない。けれど、俺は明確に彼女にその言葉を口にされるまでライン付けをきちんとしなければならない。
それが俺、村雨壱次が選択した生き方だから。
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