第5話 アイドル、ダウン中

「おえー……」

「大丈夫か」

「おえー……」

「……」


 今朝からこんな調子だった。いわゆる生理というやつである。なんでもゴミ箱にお腹で乗って下腹部を押しつぶされるような、そんな気持ち悪さなのだという。なんまんだぶなんまんだぶ。俺が男に生まれてよかったことの一つは生理がないことだが、彼女らにそれを言ったら恨まれそうなので内心にとどめておく。


「おじさーん……」

「はいはい?」

「生理用品買ってきてー…m」

「……はい?」

「羽はなくていいから~。軽めのやつ~」

「……わかった」


 ここで押し問答しても可哀想なので一旦了承することにした。


 プログラマーというのはなぜだかカスタマーセンターみたいなことをやらなきゃならん時がある。PCが壊れたとか、突然の仕様変更とか。そういうときに大事なのは文句を言わないことと要件の要点を確実につかむことだ。


 要件は3つ。「生理用品」「羽はない」「軽いやつ」。女の子は鳥か何かなのか?などと野暮なことは言わない。できる男は女の子が困っているときには「はい」と「わかった」の2つしか言っちゃいけないのだ。問題は――


「全く分かんねえ……」


 女性リテラシーを男に教育しない多様性黎明期を生きた俺にとっては全くと行っていいほど知識がないことだった。仕様書があるなら読ませてほしい。


「……」


 とりあえず最寄りの薬局にやってきた。目の前には生理用品なるものがたくさんある。


「おむつと違いが分かんねえ……」


 目の前に散乱する「タンポン」「ナプキン」「重い日」「軽い日」「多め」「少なめ」などの不明語群……俺には全くもってさっぱりだった。


「どうしよう……」


 年齢25歳、そろそろ二重代後半に差し掛かる成人男性が生理用品売り場で立ち往生していた。不審者に思われないかな。帰りたい……


「あれ?」


 びくりとする。知り合いだろうか。


「村雨先輩じゃないですか」

「あれ。三島か」


 そこにいたのは仕事帰りと見受ける俺の元同僚、三島結衣香の姿だった。


「何してるんです、こんなところで?」

「ちょうどいいところに。姪に生理用品を買ってきてほしいと頼まれたんだが、ちょっと分かんなくてな」

「あー、そういうことですね~。どんなのがいいとかって言ってました?」

「なんか「軽め」で「羽なし」って」

「軽めで羽なしってことはナプキンですね」

「……」

「先輩も覚えたほうがいいですよ」

「……恐縮だ」

「あはは、先輩おかしいっ」


 笑わないでくれ。生まれてこの方二十数年間、彼女もいたことないんだ。


 ひとしきり笑ったあと三島は生理用品についての説明をしてくれた。


「まず最初に、生理用品には2つのタイプがあります」

「はい」


 生理用品の商品棚の前で一つの講義が始まる。母親を連れた子供にひそひそされた。死にたい……


「一つ目はナプキン、一般的で装着しやすいタイプです。子供でも抵抗なく使えますからこっから始める人が多いですね」

「はあ。」

「もう一つはタンポンタイプ。膣に挿入して経血がもれないようにするタイプですね」

「下世話な話だが、入れるのか?」

「入れるんです」

「……」


 人体って怖い。


「ただ、そうですね。先輩の言う通り異物を膣内に入れるのに少々抵抗がある人はあんまりしないです。それに結構血が出たり、織物が多い人はおすすめしません。逆に体内を良くない状態に保ってしまいますから」

「密閉してしまうってことか……」

「そういうことです。で、肝心のナプキンタイプですが、いわゆる羽と言われる部分があります」

「ここか……?」

「ここです。それで、羽はあると運動中ずれにくかったりするので便利です。難点は特にありません。肌が敏感な人にとっては擦れてちょっと気になったりするかもですが、羽なしのほうが気楽ではあります」

「ほうほう」

「人によって排卵のときに血とか織物の出る量が違ったりしますから、そういう場合に暑さとか大きさとか、商品を変えたりします。軽めというのはそんなにから薄めでも構わない、ということです」

「そういうことだったのか……」

「あんまりにもひどいと鎮痛剤とか使ったりもしますが、余計ひどい気分にもなったりするので私はおすすめしてません。頭痛薬みたいなのもありますが、そういうのに頼るよりは頭痛ならカフェインとかのほうがいいですね。コーヒーが苦手なら紅茶とか緑茶、日本茶でもいいですよ」

「なるほどな。いや、ありがとう。参考になった」

「はい。彼女さんができたときにでも有効活用してください」

「はははは……」


 ごめん、三島。一生活用できないかもしれない……


 とにかく、彼女のアドバイスどおりにその後は商品を選んでそのまま会計を済ませた。周りの目が痛いと勝手に思っていたが、案外レジ打ちの女性店員は普通な感じで会計を済ませていた。今どき、男性が生理用品を買うのは結構あることらしい。己の不甲斐なさにまたも恥を覚える。


「帰ったぞー」


 15分の道程を経て俺は自宅に帰宅した。


「はい゛~ありがとう~」

「はい、これでよかったか?」

「あ~完璧~。よく買えたね。私てっきり商品の前で右往左往してるかと思ったのに」

「薬局で前の同僚に会ったんだよ。それで色々教えてくれて」

「ん、同僚?」

「ああ、それで生理用品のことを色々解説してくれて──」

「おじさん」

「ん、ん?なんだ?」

「その同僚の人って女性だよね?」

「ああ。まあ、そりゃあな……」

「……」


 それからしばらく十香は「いや~」とか「行けば……でもなぁ……」とか色々とぶつくさ呟いていた。何が何なのか俺には一切分からないが、元気になったようで何よりである。


「――今度からは私が教えてあげるね」

「大丈夫だぞ?三島に色々教えてもらったし」

「三島~?」

「えっ、何?」

「使うの私なんだから、私が直接どれがいいか教えた方がいいに決まってるでしょー?」

「ああ、まあ。うん、そうだな」

「もう、知らないっ」


 そう言って一時は機嫌が良いかに見えたのに、今度はふて寝してしまった。一体なんだと言うんだろう。

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