#08 おらのわたしのヒーロー談義『私だけのヒーロー』

「わたしがトレジャーハンターになろうと思ったのは、やっぱり父にあこがれていたからでしょうね」

「へえ、ミヒムさんの父ちゃんもトレジャーハンターだったのか」

 キタキツネ族のミヒムとエゾシカ族のシセロク。ふたりの獣人族が会話をしている場所は、シセロクの故郷である山間の農村だった。

「ええ。お宝を持って帰ってくる父の姿は、幼いころのわたしの目にはかっこよく映ったのよ。実際にはなにも見つからないことのほうが多いのだけれど」

「そっかあ。ミヒムさんにとってのヒーローだったんだな」

「ヒーローね……子どものわたしにはヒーローに見えたかもしれないけど、母はそう思わなかったでしょうね。危険だし、収入は安定しないし、いつ帰ってくるかわからない。ヒーローどころか、良き旦那ともとても言えないわ」

 そう言って、トレジャーハンターの女は苦笑した。

「おらの父ちゃんも一度出てくとしばらく帰ってこないから、ミヒムさんの父ちゃんと同じだな」

「え? でも、あなたの家は農家でしょう?」

「冬になって畑仕事ができなくなると出稼ぎに行くんだ。でも父ちゃんはすんごい方向音痴だから、春になってもまっすぐ帰ってこれないだよ。いまも三年は帰ってきてねえって、母ちゃんが言ってたなあ」

「そ……そうなの。ずいぶん豪快なお父さんなのね」

「気は弱いほうなんだけどな」シセロクは笑った。「だから、おらは母ちゃんとふたり暮らしの時間が長かっただ」

「お母さんはどんな人なの?」

「父ちゃんがいないあいだも畑の世話をして、家事をして、子どもだったおらの面倒まで見てくれただ。なんでもできる自慢の母ちゃんだな」

 シセロクは畑のほうに目をやり、懐かしむように言った。

「あなたにとってはお母さんがヒーローなのね」

「そうかもしれないだな」

 笑い合うふたりのもとに、ひとりのエゾシカ族の女がやってきた。角はないがシセロクよりも大柄なその中年女性は、声をかけてきた。

「シセロク、あんた帰ってたのかい」

「あ、母ちゃん」

「おや、シセロクのお友だちかい? かわいらしいキツネのお嬢さんだねえ。こんにちは、シセロクの母です」

「どうも、こんにちは」

 と、ミヒムは軽く会釈をしてこたえる。

「ちょうどいま、母ちゃんはおらのヒーローだ、って話してたところだよ」

「母ちゃんがヒーローだって? なに言ってんだい、シセロク。こんなにおしとやかなヒーローはいないべ。か弱いヒロインといっておくれよ!」

 シセロクの母は高らかに笑い、シセロクの背中を軽くポンっと叩く。すると、それなりに体格がいいはずのシセロクのからだが、前方に吹っ飛んだ。

「どわー!」と叫びながら、顔から地面に突っ込むシセロク。「母ちゃん、もう少し加減してほしいだよ」

「いつもおおげさなんだよ、あんたは。それじゃあキツネのお嬢さん、なんにもない村だけどゆっくりしてっておくれ。シセロク、迷惑をかけるんじゃないよ」

 シセロクの母は一方的にまくし立てて去って行った。

「ええ。ありがとう」ミヒムは返事をしてから、微笑してつぶやく。「ふふ、か弱いヒロインねえ……」

 シセロクは母の背中を見つめながら、誇らしげに言った。

「やっぱり母ちゃんは、強くてたくましい、おらのヒーローだよ」

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