#07 角が告げる別れ『出会いと別れ』

「あ、そこ気をつけて。矢が飛び出してくるわ」

「どわー!」

「そのスイッチは踏まないように。天井が落ちる仕掛けね」

「どわわー!」

 トレジャーハンターであるキタキツネ族のミヒムは、遺跡のトラップを見抜いて仲間に注意を促しているが、すべてが無駄に終わっていた。エゾシカ族のシセロクがことごとく罠にかかっているからだ。

「わざとやってるの? せっかく教えてあげてるのに」

「そんなこと言われてもなあ。おら、ミヒムさんみてえに身軽じゃないだよ」

 ひょいひょいと器用に罠を避けるミヒム。シセロクも彼女を見習って避けようとしてはいるが、ただでさえ動きがにぶい上にパンパンに膨らんだ荷物を背負っていたため、壁や床に仕掛けられた罠を起動させてしまう。しかし、紙一重のところでなんとか回避し、傷ひとつ負ってはいなかった。

「そこ、落とし穴があるわ」

「どわー!」

「お次は落石ね──────あら? おかしいわ。どわーが聞こえてこないなんて」

 気になったミヒムはうしろを振りかえる。しかし、そこに二本角を生やした獣人族の男の姿はなかった。あるのは床にポッカリとあいた穴がひとつ。

「ああ、落ちたのね。仕方ない、助けに行くとしますか」

 ミヒムは階段を見つけて下の階におり、シセロクが落ちたであろう部屋にたどり着く。警戒しつつなかをのぞくと、大きめの空間には異様な光景がひろがっていた。床に散らばる骨。それもひとつやふたつではなかった。

「人の骨かしら。けっこうな人数になるわね」

 そして、ミヒムは部屋の奥の暗がりになにかがいる気配を感じ取った。よく目をこらして見ると、それは巨大な生き物のようだった。

「あれは──ワニ? あんなに大きいのが存在していたなんて」

 緑色の硬そうなウロコに覆われた巨大なモンスターは、寝息を立てて就寝中のようだった。ミヒムはワニを起こさないよう静かにシセロクを探す。

「見あたらないわ。まさかあいつ、あの化け物に食われたんじゃ……そんなまさかね」

 ミヒムは頭を左右に振って縁起でもない考えを追い払う。そのとき、なにかが足先にコツンと当たった。

「ん、なにかしら? これは、角……」

 その角には見覚えがあった。枝分かれした立派な二本角。まさしくシセロクの頭に生えていたものだったが、本人の姿はどこにも見えなかった。

「あの化け物め……」

 ミヒムは巨大なモンスターをにらみつけ、腰の短剣に手をかける。しかし、短剣が抜かれることはなく、彼女は構えをといた。彼女ひとりの力ではとても倒せそうになく、仮に倒せたとしても事態はなにも変わらない。

「せめて故郷に持って帰ってあげましょう」ミヒムは落ちている角を拾い上げた。「こんなかたちでお別れだなんて……ほんとに、バカなやつだったわ……」

 角を握るミヒムの手にギュッと力が入る。

「また言っただな、ミヒムさん。その言葉は禁句だって何度も言ってるだよ」

「仕方ないでしょ、ほんとのことなんだから──って、生きてる!」

 驚いて目をまん丸く見開いたミヒムが大きな声で叫ぶと、その声は広い部屋のなかいっぱいに響き渡った。

「しーっ! 起きちゃうだよ!」

「あ、ごめん。つい」

 ハッとしたミヒムはあわてて口元を両手で覆った。巨大ワニは先程までと変わらずに寝息を立てている。

「それにしても無事でよかったわ。てっきり食べられたんじゃないかと思ったのよ」

「食われそうにはなっただよ。でも、ほら」

 シセロクは背負っていたものをおろしてミヒムに見せた。パンパンだったリュックは見るも無残な姿になっていた。

「ボロボロね。中身はどうしたの?」

「あいつに全部食われちまった。そのおかげでおらは助かっただよ。でも、せっかくうまい干し芋ができたから、ミヒムさんにもあげようと思っていっぱい持ってきたのになあ」

「だったらこの角は? なんで落ちてたのよ?」

「角?」シセロクは自分の頭を触って確認する。「ああ、角がねえ! そうかあ、もうそんな季節になっただな」

「季節?」

「生え変わりの季節だよ。毎年時期が来ると、古い角がとれて新しいのが生えてくるだ。穴に落ちたときにとれたのかもしれねえだな」

「古い角と別れ、新たな出会いをってとこか。わたしのひとり相撲だったってわけね」

 ミヒムはホッとため息をついた。

「すまねえな、おらのせいで心配かけちまったみたいで」

「いいのよ。さ、帰りましょう」

「え? お宝は探さなくていいのか?」

「ええ。そのかわり、これをちょうだい」

「おらの角を? かまわねえけど、お守りにでもするのか? 魔除けになるとかいう話があるみてえだし」

 シセロクは不思議そうに首をかしげた。ミヒムは不敵な笑みを浮かべてこたえる。

「そんな迷信は信じていないわ。エゾシカ族の角はね、高値で取引されているのよ。高価な薬の原料になるし、欲しがっているコレクターも多いの」

「へえ、おらたちの角が高く売れるなんてなあ。村に来ればたくさんあるかもしれねえぞ。おらも昔とれたのをとっといてあるし」

「ほんとに? よし、そうと決まれば急いでいくわよ!」

「わかっただ。どわー! また罠がー!」

 次なるお宝との出会いを求め、ふたりは遺跡に別れを告げた。

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