#04 因縁の争いは終わらない『お笑い/コメディ』

 ひとりの獣人族が公園を散歩している。おだやかに噴水を眺めるその女は、キタキツネ族のミヒムだった。

「たまにはこういう平和な休日もいいわね──」

 水の流れる音に心いやされる彼女の耳に、聞き覚えのある声と聞きなれない声の言い争いが聞こえてきた。

「ドサムツ、おめえのほうがよっぽどウマやろーだよ。よく畑の作物を盗み食いして叱られてたでねえか」

 ミヒムの顔見知りであるエゾシカ族のシセロクが、ウマ族の男に言った。ドサムツと呼ばれたそのウマ族の男も負けじと言い返す。

「おまえにだけは言われたくないね、シセロク。しょっちゅう田んぼに落ちて泥だらけになってたくせによ。このシカ野郎が!」

「なにやってるのよ、あなたたち。シカだのウマだの、あたりまえのことを言い合って馬鹿みたいよ」

「あ、ミヒムさん! それはおらたちエゾシカ族には言っちゃいけないだよ!」

「その言葉はおれたちウマ族にとって禁句なのさ、キツネのねえちゃん!」

「馬と鹿……そういうことね」

 ミヒムは納得してうなずいた。

「わかったなら口をはさまないでくれ。これはおれたちの問題さ」

「そうだぞ。おらとドサムツが子どものころからずっと続いてるだよ」

「ふーん──だったら、シカでもウマでもない別の言葉にすればいいじゃない。そしたらケンカになることもないでしょうに」

 シセロクとドサムツは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でミヒムを見る。

「いい考えだ! あんた、なかなかやるな!」

「さすがミヒムさんだあ! おらたちには思いつかなかっただよ」

「こんなことでほめられてもね……」

 ミヒムは苦笑した。

「でも、どうすればいいだ?」

「そうだな……キツネとかどうだろう」

「いいかもしれないだ。ミヒムさんはどう思う?」

 シセロクとドサムツが同意を求めるようにミヒムのほうに顔をむける。キタキツネ族の女は切れ長の目を細め、ふたりに凍てつくような視線を送っていた。

「なにか言ったかしら?」

「い、いいえ!」

「なにも言ってませんだよです!」

 ウマシカコンビは人形のような直立不動の姿勢で前言を撤回した。

「キツネは知的な感じがするから合わないな、うん」

「そうだなあ、もっとどんくさいのがいいだよ」

「おまえにどんくさいとか言われちゃおしまいだな──あ、そうだ! カバなんてどうだ? にぶそうだし」

「うん、いいなあ。ピッタリだと思うだよ」

「よし、決まりだな! これからはおまえのことをカバ野郎と呼ぶことにする」

「それはこっちのセリフだよ。やーいやーい、カバやろー!」

 またしても小学生並みのケンカが勃発してしまった。呼び方が変わっても、結局やることは同じなのであった。

「一生やってなさい」

 再びはじまった幼稚なケンカにあきれたミヒムが帰ろうとしたとき、突然噴水のなかから巨大ななにかが姿をあらわす。

「カバの悪口を言うのはだれだ~!」

 水のしたたる巨体。怒りに満ちた瞳。水中から出てきたのはカバ族の男だった。

「出ただよお!」

「で、出たー!」

 シセロクとドサムツは同時に叫んだ。

「あの噴水、なかなか深いわね」

 すばやく距離をとったミヒムが遠くでつぶやいた。

「どどどどど、どうするだ。すっごくおこってるだよお」

「落ちつけ、シセロク。カバなんてにぶいやつ、こわくもなんともないさ」

「そ、そうだな。こわくなんかないぞお」

「いちおう言っておくけど」と、離れて傍観していたミヒムが口をはさむ。「カバはおとなしそうに見えて、じつはけっこう獰猛なのよ」

 カバ族の男はシセロクとドサムツに狙いを定め、猛然と突進をはじめる。地面がゆれていると錯覚させるほどの勢いだった。

「カバをバカにするな~!」

「どわー!」

「うわー!」

 またも息ぴったりに叫んだふたりは全力で逃げ出す。

「おめえがカバにしようなんて言うから、こんなことになっちまっただよ。どうしてくれるだ、このウマやろー!」

「おまえだって同意したじゃねーか! このシカ野郎!」

 怒り狂うカバに追われながらもケンカをやめないシセロクとドサムツ。

「ふう、馬鹿につける薬はないか。ムダな時間を過ごしたわ」

 ミヒムはカバ族の男に追い回されるふたりを尻目に帰路についた。

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