#03 野生の嗅覚『第六感』

 うっそうと茂る森のなかを、ふたりの獣人族が歩いている。まえを歩くトレジャーハンターのミヒムは、イラついた様子で草をかき分けながら進んでいた。

「もう最悪! 道には迷うし、景色は変わらないし、虫はでるし。早く帰ってシャワーでも浴びたい気分だわ」

 そうミヒムがぼやくと、うしろを歩くシセロクが名のりを上げた。

「よし、こうなったら、おらにまかせるだ!」

「いやよ」

「そんなあ……」

 ミヒムに一瞬で否定され、シセロクは肩を落とす。

「あたりまえでしょう。それとも、どっちに行けば森を出られるのか、あなたにはわかるっていうの?」

「道は知らねえけど、きっとなんとかなるだよ!」

「その自信はどこからわいてくるのやら────いいえ、もしかすると……」

 ミヒムは考え直した。シセロクは山のなかの農村で生まれ育ったから、小さいころから山や森になれているはずだ。だとすれば、自分にはわからないなにかに気がつく可能性は十分にある。

「わかったわ。やってみなさい」

「よーし、期待しててくれよ、ミヒムさん」

 シセロクが前に進み出て、目を閉じた。ミヒムはすこし離れて見守っている。

「いつになく真剣ね。感覚を研ぎ澄ましてるのかしら」

 姿の見えない鳥の鳴き声が、遠くから聞こえてくる。風が吹くと、森の木々がザアッと音を立ててゆれた。

「わかっただよ! あっちに人がいるぞ、間違いねえ!」

 シセロクは風の吹いてきた方角を指さした。

「もうわかったの? わたしはなにも感じなかったけど……」これが第六感なのかしら、とミヒムは思った。野生の嗅覚とでもいえる、自然のなかで培われた鋭い感覚。あっちだと判断した根拠がわからないにもかかわらず、信頼してもいいと思わせる強い説得力を感じさせる。「行ってみましょう」

 シセロクは迷いなく歩いていく。草をかき分けて枝を払いのける。悪路だろうがおかまいなしにどんどん進む。彼のつくった道をついて行くだけのミヒムが遅れそうになるほどのスピードだった。

「あ! 見えただよ!」

 ふたりの進む先に森の切れ目があらわれる。街道として整備された道に出たようだった。この道を進めばどこかの町に行きつくはずだ。

「やるじゃない、見直したわ!」

 ミヒムはシセロクを誉めようとしたが、すでに彼はそばにいなかった。

「おーい、ミヒムさん。こっちこっちー」

 街道沿いの茶屋のまえで、シセロクが大きく手を振っていた。

「いつの間にあんなところまで。風上にあった茶屋……まさか……」

 ミヒムの頭にひとつの考えが浮かんだ。シセロクに道がわかったのは、鋭い野生の嗅覚という比喩的なものではなく、食べ物のにおいを嗅ぎとった実際の嗅覚だったのではないだろうか。

「おばちゃん、芋羊羹たのむぞ。十人前な」

 ミヒムが茶屋にたどり着いたとき、シセロクは大量の羊羹を注文しているところだった。あまりの量の多さに彼女はあっけらかんとした。

「なにが野生の嗅覚よ……なにが第六感よ……ただの大食漢じゃないの。はぁ、感心して損した気分だわ」

 ミヒムはシセロクの向かいの席に着き、椅子の背にぐったりともたれかかった。

「どうしたんだ? 倦怠感にでも襲われたのか? ほら、芋羊羹わけてやっから、うまいもん食って元気だすだよ。あ、栗羊羹のほうがよかったか?」

「ありがと。まあ、助かったのは事実だし、わたしが勝手に思い込んでただけだから文句は言えないけど、なんだか複雑ね」受け取った芋羊羹を口に運ぶ。「あら、おいしい。けがの功名ってやつかしらね」

「まだまだあるから、いっぱい食えよお」

「お言葉に甘えていただくとするわ」

 お宝は手に入らず、森のなかをさまよい歩く羽目にはなったが、最後には絶品の羊羹に出会えて幸福感を味わうことができた。甘いものをたくさん食べるという罪悪感とともに。

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