#02 押してダメなら・・・『推し活』

 キタキツネ族の女トレジャーハンターであるミヒムは、とある山間の村を訪れていた。いつも静かな小さい農村であったが、この日は年に一度のお祭りの開催日で、村人たちや観光客でそれなりのにぎわいを見せている。そのなかでも特に気合が入っているのは力に自慢のある村の男たちであった。彼らの頭には立派な二本角が生えている。

「まさかエゾシカ族の村だったとはね。男たちがずいぶんと張り切ってるけど……なんのお祭りなのかしら」

 屋台が立ち並ぶ通りには、客を引き込もうとするかぐわしい香りがあちこちから漂ってくる。そんななか、ミヒムはまばらな人混みのあいだを軽快に進んでいく。村の中心あたりにある広場に来ると、そこには特設ステージが設営されていて、一番の盛り上がりを見せていた。中央に円形の土俵があり、まわりを観客席が囲んでいる。

「どうやらこれがメインイベントみたいね」

「あれえ? ミヒムさんじゃないか」

 聞き覚えのある間延びした声がミヒムの耳に届いた。彼女に声をかけてきたのはエゾシカ族のシセロクだった。

「げっ、また会うことになるとはね……」

 眉をひそめるミヒムに対し、シセロクは笑顔だった。

「おらのふるさとの村で会えるなんて奇遇だなあ。そうだ、ミヒムさん、おらの活躍を見てってくれよ」

「このイベントに参加してるの?」

「角相撲っていう伝統行事だよ。おらも毎年参加してるだ。ほら、あれ」

 と言って、シセロクは土俵を指さした。土俵の上ではふたりの男が取っ組み合いをしていたが、腕ではなく枝分かれした角をぶつけ合っている。一方の男が相手を外に放り出すと、客席から歓声が上がった。

「ふーん、なかなか迫力があるのね」

「あと、おらは興味ねえんだけど、お金をかけることもできるだよ」

「なるほど、観客の盛り上がりはそういうことだったの」

 ミヒムは一喜一憂している人たちを横目に見ながら言った。

「おーい、シセロク、そろそろおめえの番だぞー」

 すこし離れたところから、祭りの実行委員らしき村人がシセロクに手を振って呼びかけてきた。

「わかったー、すぐに行くだよー。そんじゃあミヒムさん、応援よろしく頼むぞ。あ、おらにかけてもいいだよ。なんせおらは村一番の力持ちだからな」

 そう言い残して、シセロクは呼ばれたほうへ小走りで去っていく。

「馬券ならぬ鹿券ってわけね。ずいぶん一方的にお願いされちゃったけど、せっかくだから行ってみようかしら」

 ミヒムはチケット売り場にむかった。


       ○


 すこしして、シセロクの一試合目がはじまった。対戦相手は村で一、二を争う巨漢であったが、シセロクは引けを取らない押し合いを見せていた。

「ふーん、村一番の力持ちを自称するだけのことはあるわね」と、観客席で見物しているミヒムがつぶやいた。

 角で取っ組み合うふたりの力はほとんど拮抗していた。長期戦になるかと思われたところでシセロクが勝負にでた。

「押してダメならもっと押すだけだ。でりゃー! 押し勝つ!」

 持てる力のすべてを出し切って全力で押しにかかる。しかし、相手はシセロクの力を受け流し、そのまま土俵の外へ放り投げた。

「どわー!」

 土俵外に体をつけたシセロクの敗北で決着となったが、観客たちの盛り上がりはいまいちだった。

「くっそお、負けちまっただ。どうしていつもうまくいかねえんだろう?」

 頭を左右にひねりながら考え込むシセロクに、ミヒムが声をかける。

「そんなの当たり前でしょう。あんなふうに叫んだら、相手にかわしてくださいと言ってるようなもんだわ」

「そ、そうだったのか──あ、ミヒムさん、すまねえな。せっかく応援してもらったのに負けちまって」

「いいえ、あなたの応援なんてしてないわよ」

「そんなあ、お願いしたのに……」

「だれを推すかはわたしの勝手でしょう。相手にかけさせてもらったわ。というかあなた、自分のオッズを知らないの? 八十倍よ、八十倍」

「は、八十倍……よくわかんねえけど、強そうだな!」

「だれからも期待されてないってことよ」ミヒムはやれやれと肩をすくめる。「聞けば毎年同じように負けてるそうね。客が盛り上がらないのもうなずけるわ」

「まあ、ミヒムさんが損しなかったんならよかっただ」

 安堵の表情を見せるシセロクに、ミヒムはほほ笑み返す。

「小銭しか稼げなかったけどね」

「なあんだ、ミヒムさんって、トレジャーハンターのくせにケチくせえんだな。もっとロマンを求める人だと思ってただよ」

「う、うるさいわね、余計なお世話よ。トレジャーハンターには堅実さも必要なの。それにしても、どんくさいわりに痛いところをついてくるわね……」

「あれ? そういえばミヒムさん、なんでこんな田舎にやって来たんだ? お祭りのことはよく知らねえみたいだったし……まさか、この村にお宝があるんだな!」

 シセロクは目を輝かせた。

「いいえ、今日は仕事じゃなくてプライベートで来たの。このあたりにわたしの推しがあるっていう情報を得たからね」

「おし? 雄牛ならいるけど……それともおしぼりのことか?」

「自分の好きなものや人のことよ」

「やっぱりお宝があるのか?」

「それはあくまで仕事で探しているもの。わたしが好きなもの、それは──串カツよ!」

「串カツ!」

「この村に隠れた名店があるらしいんだけど、どこにあるのかわからなくて。せっかく屋台の誘惑に負けずに頑張ってきたのに……」

 ミヒムはしゅんとして視線を落とした。

「ああ、それならおらが知ってるだよ。ふつうの民家を店に使ってるから、村の人じゃないとわかりづれえんだな。案内するぞ」

「ほんとに? 助かるわ!」ミヒムはうつむいていた顔を上げる。「お礼におごってあげてもいいわよ」

「お、いいのか? ありがたくごちそうになるぞ……あ、さてはミヒムさん、ケチくせえって言われたこと、根に持ってるんだな」

「──やっぱり、どんくさいわりに意外と鋭いわ……そんなことはいいから、さっさと行くわよ!」

「待ってくれよお。そっちじゃないだよお」

 案内役のシセロクをおいて、ミヒムは走り出した。

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