狐と鹿のくだらない物語
椎菜田くと
#01 二刀流とドラゴンハント『二刀流』
足跡ひとつない純白の雪原を、ふたりの獣人族の冒険者が歩いている。キタキツネ族の女トレジャーハンターであるミヒムは、前にいるエゾシカ族の男が踏み固めてできた道を進んでいた。男は二刀流の冒険者という話で、ドラゴン狩りの用心棒としてミヒムが雇ったのだった。
「エゾシカ族の冒険者に凄腕の二刀流剣士がいるって聞いてたけど、このシセロクって男が本当にそうなのかしら……」
ミヒムは小声でつぶやき、シセロクを値踏みするようにしげしげと見つめた。腰にも背中にも剣を身につけてはおらず、袋に入った先端の膨らんだ長い棒状の物を担いでいるだけで、二刀流の剣士には見えなかった。頭にはエゾシカ族の男特有の枝分かれした角が二本生えている。
「まさか、あの二本角で戦うわけじゃないわよね……」
突飛な考えを振り払うように、ミヒムは頭を左右に振った。
「うわー! でただよお!」
先を進んでいたシセロクが叫ぶ。ふたりのまえに大きなドラゴンが現れたのだった。人の何倍もある真っ黒な巨体は、雪原のなかにくっきりと浮かび上がっている。
「逃げろお!」
シセロクは一目散に逃走を試みるが、ミヒムに腕を掴まれた。
「どうして逃げようとするの。さあ、戦ってちょうだい。ドラゴンの巣にはお宝があるって話なの」
「そんなあ、なんでおらが。あんなおっかねえモンスターを倒すなんて、おらには無理だよお」
「だってあなた、凄腕の剣士なんでしょう?」
「なんのことだあ? おらは剣なんて持ったこともないぞ」
「それじゃあ、二刀流ってなんなのよ」
「ああ、それか。おらの本業は農家なんだ。ほら、これは愛用のクワだ」
「はあ?」
ミヒムは口をポカンとあけ、目をパチパチさせた。
「冬のあいだは雪が積もって畑がつかえねえから、かわりに冒険者をやって稼ごうと思ったんだ。まあ、季節冒険者ってとこだな。それで、農家と冒険者の二刀流ってわけだよ」
「そんな季節労働者みたいに言わないでよ。こっちは高いギャラを払って命まで預けてるんだからね!」
「全額成功報酬だから、まだもらってないだよ。それに、あんたが勝手におらのことを凄腕の剣士だと勘違いしたんでねえか」
「う、うるさいわね。なんでもいいからどうにかしなさいよ」
「そんなこと言われたってなあ……モンスターと戦ったことなんて一度もねえし……」
「──もういいわ。わたしがやるしかないようね」
ミヒムはドラゴンに素早く接近し、短剣で斬りつける。硬いウロコに覆われた皮膚には傷ひとつつかなかった。しかし、ドラゴンは地平線の先まで届きそうな泣き声をあげた。
「ぴええええええええ!」
「泣いた……子どもだったの?」
「あー、ミヒムさんが泣かせたー」
「うるさいわね、外野は黙ってて!」
ふたりが言い合っていると、いきなり突風が吹いて積もっていた雪が舞い上がり、あたりが暗くなった。
「こんどはなんなの?」
ズシンっという大きな音とともに地面が揺れる。さきほどのよりもはるかに巨体のドラゴンが現れたのだった。
「まさか……ここまで巨大なドラゴンなんて、勝てるわけない」
「ミヒムさんが子どもをいじめるから、怒った親がやってきたんだな。親子愛ってやつかあ、いい話だな」
絶体絶命の危機的な状況に対照的な反応をとるふたり。
「いったいどうすれば……」
「はっ、わかっただよ!」
シセロクがいきなり大きな声をあげた。
「もしかして……この場を切り抜ける策を思いついたのね!」
ミヒムは彼の大声に驚きながらも期待に満ちたまなざしを向ける。
「ドラゴンが二頭。つまり、これがほんとの……二頭竜!」
「────」
拳をギュッと握って力強く言い放つエゾシカ族の男に、キタキツネ族の女は冷たい視線を送ってこたえた。
「いやー、参った参った。二刀流対決はおらの負けだあ。あっはっはっは──って、あれ? ミヒムさん? どこに行っちまったんだ?」
いなくなったミヒムを探すシセロクの視界に、すでに小さくなるまで遠ざかった彼女の姿が映る。ひとりで盛り上がっている男と二頭のドラゴンに背を向け、フサフサのシッポを揺らしながら全力で走っていた。
「おーい、おらを置いてかないでくれよー!」
シセロクは両手を振って大声で叫んだが、ミヒムは振り返らずに走り去った。声の届かないところまで離れていたのか、聞こえていたのにあえて無視されたのか、彼には判断がつかなかった。
「行っちまったなあ──おや、雨かな?」シセロクの頭や肩にポタポタと大粒のしずくが落ちてきた。「こんなに寒いのに雪じゃなくて雨とはなあ」
そうつぶやいて頭上を見ると、赤と白のコントラストが目前に迫っていた。大きく開かれた真っ赤な口。鋭くとがった白い牙。落ちてきたのは雨でなく、腹を空かせたドラゴンの唾液だった。
「どわー! おらも逃げるぞー!」
白銀の雪の中、二刀流の男と二頭の竜による、命がけの追いかけっこがはじまった。
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