3−3「空中」

 ――気がつけば、夕はスマホを構えて助手席に座っていた。


「…今のは」と顔を上げる夕。


 そこに「ポムりんが言った通り、俺たちは【虫】のこじ開けた空間の中にいたんだよ」とハンドルを握ったままで話しかける朝生。


「母さんの姿を俺も見た。向こうもこっちには気づいていたようだ…もっとも、俺は隣に止まっていたから話しを耳にすることしかできなかったが」


 ほんの少しさびしそうな朝生に「すまなかったな」と前橋が声を上げる。


「とっさに、持っていたスマホを朝生くん側にしか渡せなくてな。ゆえに【虫】の影響で、キミの座っていた位置いち座標面ざひょうめんがずれていてしまったようだ」


「そうか…」


 自分の体験たいけんしたことが本当であったと自覚する夕。

 しかし、スマートフォンの画面から顔を上げると――目の前の光景に驚く。


「あのさあ、俺たち浮いていない?」


「――ああ、もうハンドルも効かない状態だ」


 気がつけば、夕たちの車は海上に浮いており、向かいには朝日を浴びて仁王立におうだちする、ポムりんと、ベッドごと空に浮いているチョロ助と、もぐん太。


「…あんたらねえ。良い子は九時に寝て六時に起きるのに。なーんで、その前に面倒めんどうごとを起こすのかしら?」

 

 車内にいてもはっきり聞こえるその言葉に「――まあ、その辺りは機関に関わっている政府のお役人に文句を言ってくれ」と肩をすくめる前橋。


「こちらは、やれるだけのことをやったんだ。正直、今も内部の問題は山積やまづみで、今回も、そのうちの一つが露見ろけんしたという次第だよ」


「じゃ、安全あんぜんではない【島】には今の所帰らなくて良いのね」と、ポムりん。


「朝、起き抜けにテレビをつけたら、画面から【虫】があふれだしてきてね――となると【虫】が世界中に広がっている可能性もあるし、面倒になったわね」


「協力してくれるのかい?」と前橋。


「――そうでないとこっちの生活費せいかつひもなくなっちゃうでしょ」と、ため息をつくポムりん。


「まあ、ここまで広範囲になったとしても【マモルくん】がいるから何とかなるんだけどね」


 そう言って、夕たちの後ろを見るポムりんに「マモルくん?」と思わず聞き返す夕だったが、同時に汽笛のような重低音が周囲へと響き渡る。


「…ああ、島と同化した守り神のようなものだよ」と前橋。


「かなり特殊な存在でね。五年前に空から落下し、島を出現させ、生物の進化をうながし、自身も成長を繰り返している」


 背後を振り向く前橋。


「アレがそうでね…もっとも、数少ない人間しか見ることはできないが」


 その声につられ、夕も後ろを振り向く。


「あ…あれは」


 ――そこにあったのは、海面から顔を出す巨大なとうのような物体であった。

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