2−3「再会」

「――あの糸の正体はね、この地上に張り巡らされた巨大な根の一部なの」


 目元を拭ったベルは、そう答える。


「根は一定の記憶をめ込み続けるけれど、長いあいだの保存はできない。新しい記憶が入ってくれば、そちらに上書きされてしまう。さっきの車の中での会話は私の記憶が上書きされたものだから、母親の記憶はもう見れないはずよ」


 ついで、大切そうに自身のマフラーを触るベル。


「母の記憶は五年しかたない…聞かされていた日が、今日だったわ。母と私を繋ぐ糸もここまで――でも、良いんだ」


 そう語るベルの顔はまっすぐ前を見据みすえていた。


「これからも変わらず、私は自分のしたいことをしていく。人や社会に左右されず、自分で出した答えで決めた道を進むんだ」


 ついで「――夕くんってさ本当は夢があるんでしょ?」と明るい糸の道を背後にし、振り向きざまに質問をするベル。


「え?いや…」


 目を泳がせる夕に「――私さ、そういう夢を持っている人を応援するのも好きなんだよね」と夕の反応にかまわず続ける。


「母さんもそうだけれど、そういう人には信念みたいなものが目にあるの。でも、金銭や環境的な面で叶えることが難しい。そんな人を、私はできるだけ応援してあげたいとも思っていて――」


「俺は、別にそんなことを考えてはいないから…」


 そこまで話したところで地面がぐらりと揺れ、上から強い光が差し込む。


『うひゃあ、やべえが』


 みれば、上には糸をかきわけるよう顔を覗かせる巨大なもぐん太。

 その横にはチョロ助の顔やベルが使っていたドローンの姿も見える。


『まるで地面に埋まったあみみたいだがあ!』


 ついで、再び凄まじい振動と共に天井が戻っていく。


「――さっきも言ったけれど、私の記憶もこの場所に混じっているから」とベル。


「チョロん島にも、ここと同じ植物が生えているから私に反応して当時の記憶がいくつか投影されている、その繰り返しね」


 ついでベルは向き直ると「で、本当に夢がないの?」と再び夕に問いかける。


「だって。聞いたところでは、家の二階には夕くんが学生時代から撮った――」



「おかえりー、お土産は何かある?」


「うわー、お菓子がー!早速食べるがー!」


 家に帰るなり、駅前で買った菓子を即刻開けて食べようとするチョロ助たちに「待て、待て」と声をかける夕。


「夕飯食ったんだろ?だったら菓子は明日にしろ。今日は風呂に入って寝る」


 それに「えー」「まだ眠く無いがー」とチョロ助ともぐん太は声を上げる。


「いや、九時には寝るようベルから言われているんだからさ。今は八時近くだろ?シャワーを浴びて、それから…ああ、そうだ。行かないと」


 ワイワイ集まるチョロ助たちをさえぎり、夕は居間へと歩いていく。


「――まったく。チョロ助って自分のことばっかり。片付けも放り出して…」


 キッチンでそう愚痴ぐちるポムりんの横には共に食器を洗う巨大なアルマジロ。


 その相手の肩へと夕は手をやると「ポムりん。ちょっと、こいつ借りるぞ」と、二階に上がる。


 ――そこは、夕が使っていない整頓せいとんされた部屋。


 机や本棚には料理や栄養学えいようがくの本が並び、ほこり一つないベッドと大きなクローゼットのシンプルな室内に夕はアルマジロを連れ込む。


「今日は、その割れたスマートフォンを取りに来たのか?」


『…』


 答えない相手。

 しかし、そのポケットからは割れたスマートフォンがのぞいていた。


「俺、ベルから聞いたんだよ。ポムりんやチョロ助たちに見えない位置にいれば、彼らのイメージした姿から元に戻れるって」


「…」


「だからさ。良い加減かげん、黙るのはやめようや」


「いや、夕…これは」


「料理人になるって言っていたのにどこで何をしていたんだよ…兄さん」


 向かいに立つのは、もはやアルマジロではなく一人の眼鏡をかけた男性。


 ゆうの実の兄である朝生あさお

 彼は「――わかった、話す」と答えると、観念したように両の手を上げた。

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