2−1「境界」
「ん、三日めでコレはかなりイイカンジじゃない?」
金曜の夕暮れ時。夕が
「もしかして、夕くんて前からラジコンとかやったことある?」
それに「…いや」と否定しつつ、コントローラーの画面へと目を落とす夕。
「前に兄貴からラジコンカーを借りたことがあったけれど、あっちはコントロールが難しくて、毎回壁にぶつけてたりしていたな…でも、こっちは画面を見ながらだから、カメラみたいに画面自体に意識を向けて調整ができていのかも」
それに「ふーん、じゃあ上手いこと夕くんにハマったのかな?」と
「…どう?彼らとの暮らしは」
それに「連中とは、ボチボチかな」と、夕。
「今朝、起きたらベッドの中にチョロ助が入ってきていてね。いきなり『お暇ですかあ?』って言うなり、ゆらゆらドアを開けて勝手に出ていったよ」
「…あーあ、また寝ぼけちゃってるのね」と、クスクス笑うベル。
「あの子、そう言うところがあるから。あんまり気にしないでね」
「まあ、一緒に暮らすぶんには今のところ不自由はないからな」と、話しつつもチラリと胸元にあるポケットのスマートフォンを見る、夕。
「食事もポムりんと交代で作っているし、他の連中も掃除や洗濯を手伝ってくれるから。生活費を機関から出してもらっているだけに連中とも折り合いをつけて仲良くやるようにしているよ」
「それなら、今のところ問題なさそうね」と、微笑むベル。
――夕飯を買った帰りのこと。
チョロ助たちと会って以降、夕は下校中のベルからドローンを教えてもらうという名目で、その日の情報交換を行うようになっていた。
「まあ、報告だけならリモートとかの手段もあるけど。なにぶんポムちゃんたちの情報は
オートで浮かしたドローンにチラチラ目をやりつつ、ベルは自宅で夕が撮影したチョロ助たちの生活の様子を早送りで確認していく。
「…気になったんだけど。今ベルが浮かべているソレ。このあいだのカフェで見た変身させられた時の姿に似ている気がするんだけど?」
そう言って、ベルのドローンへと目を向ける夕。
彼女の飛ばすドローンは、二つのキョロりとした目玉がついた釣り鐘のような形をしておりベルはそれに「おや、気づいたねえ」と言うなりカメラを切り替え、器用にドローンを引き寄せる。
「島にいた頃はこれであの子たちとコミュニュケーションをとっていたからね。
「…ってか、そのせいで職員が連中と接触するとああして当時の姿になると?」
「ザッツライト!」
手にしたドローンをケースにつめつつ「だからこそ、彼らがアナタを受け入れてくれたのは、本当にラッキーだったのよ」と付け加えるベル。
ケースは夕の車の後部座席に置かれ、鍵はベルに渡していた。
「島の生活がマズかったとまでは言いたくはないけれど、あの子たちは長いあいだ狭い世界しか知らなかった身だからね。夕くんと付き合うことで少しでも知れることが増えたらなとは思うし…期待してるわ」
ガシャンッ
その瞬間、コントロールを失ったドローンが地面へと落ちる。
「ヤベ。
そう言って、慌てて走り出す夕だったが、いつしか浮かんだ汗のためかコントローラーが手からすべり落ち、コンクリートの上を跳ねる。
「あ…ゴメンなさい」
重なる
「でも、たぶん俺。一年もここにいられないと思うんだけど」
「んん、なんで?」
土手に落ちたドローンを拾いに行こうとベルは歩き出していたが、夕の言葉を耳にするなりその足を止める。
「…職場が変わる理由が、だいたい、こういうことが重なるせいでさ」
夕は足元に落ちたリモコンだけでも拾おうと身をかがめるも前のめりになった瞬間に気分が悪くなり、そのまま
「期待されて入社するまでは良いんだけど、日を追うごとにどんどん自分が出来ない人間だと言われるようになるんだ」
次第に上がる息。
視線の先でやけに大きく見えるアスファルトのシミ。
「それで頑張ろうとあがくんだけど、さらに失敗が重なって、体の調子もよけいにおかしくなって」
吸い込もうとするも呼吸は苦しくなるばかりで、それでも話さなければと夕は必死に口を開けて言葉を続ける。
「…それで、最期はたいてい辞めろと言われるんだ」
視界がにじむのは目に入った汗によるものか。
それに対し「ん、わかった」とベル。
気づけば、彼女は拾ったドローンを脇に抱え、夕の前に立っている。
「つまり、その職場の力不足だったというわけね」
ついで夕の車内に置いたケースに拾ったドローンとリモコンを詰め始めるベル。
「…いや、能力不足は俺のほう」
夕はそう言いよどむも「あのねえ」とベルはケースの蓋をパチンと閉める。
「能力のある無しなんて短い期間で判断できるものでもないし、できるかの基準なんて他人が勝手に決めたもの。長い目で見れば夕くんの長所なんていくらでも見つかるし、足りないと思えば互いに補え合えば良いだけなんだから」
「けれど」と、それにさらに食い下がる夕。
「こっちが迷惑をかけているのは確かだから。だから何とかして直したいと思ってもいるし、でも、それもうまく行かなくて…俺自身、正直どうしたら良いかわからないのが現状で」
それに「ふうん」と腕を組むと、ベルは後部座席のドアを閉める。
「だったら、ちょっち付き合ってよ。行きたいところがあるからさ…そのあとに私の知ってる飯屋に行こう。領収書出せば、機関のおごりにもなるしさ」
未だにじむ視界を服の
「今日は俺が夕飯つくるはずなんだけど。それに連中の映像も撮らないと…」
それにベルはスマホをタップすると「ん、問題なし」と続ける。
「今日は代理に入ってもらうわ。家の勝手については知っている人間に任せるし、行き先はこれから呼び寄せる職員に連れて行ってもらうから…あ、送迎車も出してもらえるそうだから、この車を家に戻すためにキーだけ借りておくわ」
「いや…ってか、なんで俺の家の勝手を知っている奴がいるんだよ。確かに連中の様子を撮る時には家の中もカメラで撮ってるけどさ。二日くらいでどこに何があるのかなんて――」
慌てる言うにベルは「さあ、何ででしょうね?」とイタズラっぽく言いつつ、先ほどまで電話をかけていたスマートフォンを首元のマフラーへとしまう。
「まあ、移動の時間もたっぷりあるし、今日のところは家事はストップ。何しろ【休める時には休む】がウチの機関のモットーだから、付き合ってくださいな」
*
――そんな会話をしてから一時間後。
「あのさ、言いにくいんだけど。ここどこ?」
暗い廊下。その突き当たりの受付に集まるのは大量の人、ひと、ひと。
老若男女問わず、くもりガラスで仕切られた受付へと人々は群がっていた。
彼らは一言ふたこと受付の人と話したあと相手から紐に繋がれた小さな人形を渡され、めいめい突き当たり横の坂になった通路へと歩き出していた。
「
受付のシスター服の女性から棚から出された人形を受け取り、歩き出すベル。
周囲をコンクリートに囲まれた狭い通路。
紐の先は、ゆるやかにカーブを描く道の奥へと続いているように見えた。
「第一、ここに来るまでの道のりも大して覚えていないでしょ?」
その質問に「まあな」と答える夕。
その手には回すように言われた簡易型のカメラがあり、すでに話はついているのか受付の女性もそれをチラリと見ただけで何も言わなかった。
――そう、ここに来るまで夕たちの乗った車は異常な道をたどっていた。
夜の街中を周回するかのように高架下のトンネルを何度もくぐったかと思えば、次にはビルの谷間の中を左右に移動し、気づけば、ゆるやかな日の光が差しこむ巨大な教会の敷地内へと立ち入っていた。
「覚えていないと言うか、意図的におかしな道をたどっていたようにしか思えなかったんだが」
「それは半分はずれで、半分当たっているとも言えるわね」
らせん状で明らかに四階以上はある道を進みつつ、ベルは小さく笑みを漏らす。
「…【星の村】って知ってる?」
唐突な質問に夕は思わず「何だ、それ?」と顔を上げる。
「全国各所に散らばる団体や集落の名称のこと。時代も場所もバラバラなのに、それらの共同体がまれに同じ名前を名乗ることがあるのよ」
説明をしつつ、手元の人形をもてあそぶベル。
その人形の顔はどことなくベルに似ており、首元の黄色と黒のマフラーの先は赤い紐へとねじくれ、ポツリポツリと蛍光灯に照らされた暗い通路へとどこまでも続いていくかのように見えた。
「その場所では…必ず超常的な現象が発生するの」
ベルは人形を見続けながら、話を続ける。
「
「待って…なんか、ややこしいんだが」と、ベルの説明に思わず
「ようは【星の村】って、例外なく何かしらヤバい団体か土地ってコトか?」
それに「うん、平たく言えばそういうこと」と、うなずくベル。
「しかも、私たちのいるこの世界に少なからず影響も与えている」
そう言いつつ、顔を上げるベル。
いつしか通路の先に光が漏れ、何か
「…それも、
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