1−4「報告」

「…え、あのキノコを知っていたかですって?」


 翌日の駅から少し外れたところにある、小洒落こじゃれたカフェ。


 ポムりんは自身が希望したいちごパフェを突きつつ、カメラのレンズが回る前で夕の質問に答えてみせる。


「まあ、知らないわけではないけれどね」


(なにぶん、あの子たちのさが昨日の今日で証明されてしまったからね)


 それは早朝のスマホに入ったベルからの連絡。


(上層部が彼女たちがどこまで事態じたい把握はあくしているのかを知りたがっているの。だから記録がてら、どんな形でも良いからポムりんかのじょから話を聞いて)


 聞けば、ベルは学校があるらしく、仕切りは完全に夕任せとのこと。


(…っていうか、現役高校生ってマジかよ)


 コーヒーを飲みつつ、ベルの言葉を思い出す夕に「あんなキノコ。チョロん島の日の当たらないところになら、どこにでも生えていたわよ」とスプーンを動かすポムりん。


「チョロ助もよく食べては中毒起こして笑っていたし」


 そう言って、ツヤツヤ光るイチゴをクリームごとスプーンで口に入れ「んー!美味しい」とポムりんは声をあげる。


「島を出たら、絶対にこう言うものを食べたいと思っていたからヤバいわー」


 まわりの客は着ぐるみにしか見えない彼女をなぜか気にする様子もなく淡々と食事を続け、ポムりんもスプーンを動かすとあっという間にパフェを半分以上平らげてしまう。


「見目と味は知れるんだけど、やっぱ体感しなきゃわからないことも多いからね…あ、キーンとなった。ヤバい。これがアイスでキーンとすることなのね」


 キャイキャイ声をあげつつ、ココアを飲み「ぷは」と声をあげるポムりん。


「…あー、ごめんなさい。話がそれたわ。うん、どうしてあのキノコが人に寄生して、空に浮かび上がったのかって?」


 口元のココアの泡をナプキンでぬぐいつつ、ポムりんは首を傾げてみせる。


「…そりゃ連中にだって自我エゴはあるからね、平たく言えば子孫を残すため。胞子ほうしを世界中にまくのが目的だったというワケ」


 ついで、ポムりんは残りのパフェへと手をつける。


「島から出た胞子が風に乗って近くあった巡視船じゅんしせんの船員に付着し、船員たちを苗床なえどこにしたのが、そもそもの始まりよ」


 話を一旦区切いったんくぎり、ポムりんはココアの残りへと口をつける。


「船員たちを養分としたは次の場所へ移動するために体内で水素を発生させ、自分たちと宿主やどぬしをつなぎ合わせて宙へと浮かび上がることにしたの。まるで、バルーンのようにね」


(バルーンね。良い例えじゃん)


 夕は、昨日のポムりんの言葉を思い出す。


「でも、連中もあそこまで大きくなるとは思ってなかったみたい」と、おかわりのココアを飲みつつ答えるポムりん。


「数が増え過ぎたせいで湿気を吸い込んでバランスも崩して…実際問題じっさいもんだい寄生先きせいさきだった人間が落下死することも度々たびたびあったみたいだし」


(…彼らの死因しいんの大半は、全身を強く打ったことによるショック死。あとは脱水症状だっすいしょうじょう持病じびょうの悪化が死因しいんにつながったみたい)


 それは、今朝までに教えてもらったベルからの報告。


(ようは、菌との接触せっしょくが直接の死因につながったケースは今のところ見られないってことね)


 げんに夕が目撃した智也も経過観察中けいかかんさつちゅうではあるものの、健康状態に問題はなく、体についた菌も除染作業じょせんさぎょうによって簡単に除去することができていた。


「まあ、あのままにしていたら胞子は世界中に降り注いでいたでしょうし、二次災害は避けられなかったでしょうけれどね」


 言うなり、ポムりんはココアを飲み干し「だから知っていることといえばこれくらい」とカメラ越しに夕へと目を向ける。


「あくまで、私たちはノータッチ。外に出られたのも周囲を覆っていた外壁がいへきがたまたま崩れたからだったし、菌が流出したのも副次的ふくじてきな問題よ?」


 その言い方に「…いや、疑うつもりは」と夕は狼狽ろうばいするも、そこに「そうそう。今回はあくまでだから」と通路から声がする。


 みれば、帰宅時なのか昨日とは違う制服姿のベルが立っており「…じゃなければ、頑張がんばるポムちゃんへのねぎらいにパフェなんておごらないから」と腰に手を当ててみせる。


「…でも、まあ。客の誰もがこちらに気づいていないところを見るに、周囲の人に対して認識操作にんしきそうさもできるほどに成長していることはわかったけれど」と、続けるベル。


「どうりで街中を歩いても通報されなかったわけだ」


「ベル姉、おひさ」と、彼女に特段とくだん驚く様子もなく挨拶あいさつするポムりん。


「ぶっちゃけ聞くけど。今の島の様子はどう?」


 ベルはそれに「未だ調査中よ」と短く答えるも「…やっぱり、姿でもポムちゃんには認識できるんだ」と口の中で小さくつぶやいてみせる。


「外の壁が消失しちゃったから、島固有しまこゆうの生物がじゃんじゃん外に流出して軽いバイオハザード状態だけど、その辺はまた別件べっけんとして博士が処理しょりするから…ああ、ポムちゃんが帰りたいというのなら、いつでも帰る準備はできているけれど」


「いや!」


即答そくとうかあ…まあ、そうだとは思っていたけどね」


 ベルはそうつぶやき、夕の方へと目をやる。


「というわけで、ポムちゃんたちはこれからしばらく夕くんの家で居候いそうろうになることが正式に決まったんで。機関の要請ようせいを夕くんが受けたら一緒に仕事する感じ?それ以外は自由にして良いし。夕くんも、その辺はよろしくね」


「は?いや、だからさ…」


 そう言って思わず立ち上がりそうになる夕に「ん、オーケー」とポムりん。


「あと、そろっとベルもここを離れたら?何しろ、連中を家にとどめるのに見せていた長編アニメがそろそろ終わる頃だし…」


 同時に、店の奥から聞こえたのは二つの声。


「ポムりーん!どこにいるのお?」


「あー、なんか食ってるが!俺たちを差し置いて何か食ってるが!」


 みれば、どうやってきたものか、チョロ助ともぐん太が店の中へと入りこみ、同時にベルが「ヤバ」と声をあげる。


「あ、ベルの声!」


「おお、ベルの匂いがするがー!」


『しまった…これが』


 その声に違和感を覚え、夕はベルが居た場所を見てギョッとする。

 …そこにあったのは、大きなリボンのつけた手のひらサイズの呼び鈴。


 キョロキョロ動く目玉のついた鈴は、どこにあるかもわからない口で『あー、クソ』と悪態あくたいをつく。


『認識操作ができる以上、彼らが私を、姿に変化させる可能性が高いとは言っていたけれど…まんま、危惧きぐした通りになるとは』


 そうぼやくなり、ベルはキョロりと夕に目を向け『というわけで』と続ける。


『こんな姿じゃあ、文字通り手も足も出ないから。他の職員も似たり寄ったりだし、彼らとのコミュニケーションは任せるわ』


(…任せるわ、って)


「こらー、チョロ助。店内を走らない!」


「わー、ここ広ーい!」


「うまそうな匂いだがー、ちょいと食わせてもらっても良いが?」


 店内を走り回るチョロ助にそれを捕まえようとするポムりん。

 もぐん太にいたっては客の食べている食事をうらやましそうに眺めている。


「俺、子守りなんて初めてなんだけど」


 呆然ぼうぜんとつぶやく夕に『れよ、なれ』と無機物むきぶつの姿でベルは答える。


機関こっちだってついているし、何事も時間と共に馴れていくものよ』


「でもそれ、毎度一年程度で転職するほどのポンコツな俺に務まるのか?」


 先行き不安な夕に『あまり重く受け止めなさんな』と声をかけるベル。


『この手のことは数をこなせば解決するし、社員を使い捨てする会社より長持ち重視じゅうしのウチらの機関にいるほうが、ゼッタイ将来性はあるんだから』


 それに夕は「…じゃあ、聞くけどさ」と続ける。


「その壁とやらが壊れるまで、アンタらどんな生活していたんだよ」

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