1−3「初仕事」

(映したいって、なんの事だ?)


「おかえり。ベルに会ってきたのね」


 夕が自宅に帰るなり、開口一番ポムりんはそう告げる。


「…まあ、すぐに居場所はバレると思っていたけれど。なるほど。アプリで思考が読めないようにもなっているし、さっさと済ませたほうがよさそうね」


 ついでポムりんは「チョロ助、もぐん太。こっち来て!」と奥に向かって声をかけると居間の方から「はーい」「わかったがー」と二体分の声と足音。



「まあ、気づいていると思うけれど。あの子…ポムりんは人の思考を読み取って、操作ができる能力を持っているの」


 遺体の顔から生えた、布のような物体をピンセットで採取しつつ、防護服姿のベルは同じ格好をした夕にそう話した。


「正確にはスマホから出る電波で彼女の脳波を打ち消している。実験にも何度か成功しているし。今のところ、これが確実な方法だと言われているわ」


 採取した一部をひらひらと振り、手元の試験管へと入れるベル。


「…といっても、ポムりんあの子の成長次第で有効範囲なんていくらでも変わるだろうし、今の時点では一時しのぎでしかないことも確かなのだけれど」


 周囲にはベルの呼んだ職員が複数来ており、皆めいめいに落下した遺体の状態や封鎖した敷地内の調査を行なっていた。


「生まれた時から今日まで彼らは機関にとっての研究対象だったけれど。すべてが全て分かっているわけでもない…現に、こうして外に出ている時点で対策も万全ではなかったということだし」


 ついで、彼女の防護服の肩につけられたスマートフォンに着信が入る。


「ああ、博士?…はい。そうです。【島】からの落下物で間違いないですね」


 相手の声は彼女の耳にしか届いておらず、ベルはいくつか言葉を交し夕をチラリと見てから「ええ、夕くんの勧誘かんゆうについてもつつがなく」と続ける。


「臨時職員をしていたときの四倍の給与になったと大喜びしていますよ。カメラ係も彼らの監視役も進んで引き受けてくれるそうで。はい、これで安心ですね」


「いや、一言も言ってねーから!」と思わず音声を切ってツッコむ夕。


 カメラ自体もとりあえずこの状況を記録しておいてとベルから渡されたもので、夕は今後の方針について彼女から何一つ聞かされていなかった。


「ええ。彼の勤め先もいまだ低賃金ていちんぎんから変化なしのようで…まったくもってクソですよね。早く手を下さないと」


 なんだか物騒ぶっそうなことを口にしつつ、ケラケラ笑うベル。

 そして通話を切るなり「というわけで」と夕へと目を向ける。


「撮影はここまで。キミは帰宅して、あの子たちに至急しきゅう会ってちょうだいな」


「…は?」


 意図の飲み込めない夕に「まあまあ、いくだけ行って」と試験管を覗くベル。


「採取したのデータはそっちのスマホに送るから。その先の判断はあの子たちに任せるって方針なの。コッチは現場の片付けがあるし、ともかく彼らに会えばわかるから」


「わかる…って」と、思わず声を上げる夕。


「さっきの話が本当ならアイツらまだ五歳の子どもなんだろ?布だか何だかわからないもののデータを連中に見せたところで、どうこうできるものでも…」


 そうこぼす夕に「ごねるよりも、さっさと行って」とベル。


「彼らは確かに子どもではあるけれど何も考えていないわけじゃないから」


 ついで、チラリと職業安定所に目を向けると「何しろ今の時代、言われたことしかできない大人だらけだからね」と、大袈裟おおげさにベルはため息をついてみせる。


「だから、私はあの子たちが自発的に物事を考えられる力を今後も養ってあげたいと思っているの」



「まあ、ベルがこっちに来ない理由はもう一つあるのだけれどね」


 そう言って玄関先で腕を組むポムりんに夕はハッとわれにかえる。


 みれば、チョロ助ともぐん太が廊下の奥からやってくるところであり「二人とも遅い」とポムりんは言うなり、手を差し出す。


「んじゃ。そちらさんもスマホを出して撮影を始めて」


 指揮をとるかのような口ぶりに夕はしぶしぶスマホを取り出すが…画面を見て目が点になる。


「なんだこれ?」


 スマホのディスプレイには折れ線グラフと英語と数字。


 それに「さっきアナタが見たキノコをゲノム解析かいせきした結果ね」と、落ち着いた様子で画面に目をやるポムりん。


「内容は頭に入ってるし、カメラに戻しておいて。こっちはもぐん太と同機どうきして抑制剤よくせいざいを作成して、チョロ助に落下地点から逆算した座標位置ざひょういちを指定させて…」


「ちょ、ちょっと待て…!」


 思わず叫び声をあげる夕。


 しかし、その足は空中に踏み出しており、気づけば三体と一人は雲を見下ろす高所にいた。


「アレが、チョロん島から流れてきた胞子ほうしの成長した姿」


 ポムりんの視線の先には巨大な赤黒いかたまり

 無数の人間がおり重なってできたグロテスク極まりない造形物ぞうけいぶつ


 みれば、それらの人々の衣類や体からは無数の布に似たキノコが生えており、連結し、空中に浮かぶその姿はいびつなバルーンのように見えた。


「ふーん、バルーンね。良い例えじゃん」


 ポムりんは夕の心を見透しつつも感心し、チョロ助やもぐん太は「浮いてる」「すげーが…」と放心したように声を上げる。


「チョロ助は位置エネルギーを操作できて、もぐん太は対象の分子配列ぶんしはいれつを自由に入れ替え別の物体にすることができるの」


 三体と一人は透明な球体の中におり、その中でポムりんは話を続ける。


「二人ともまだ幼いから、今のところ私が補助ほじょしないとまともにコントロールもできないのだけど…さあ、話はこれくらい。ちゃっちゃと済ませるわよ」


 ついで、もぐん太の指先に球体の一部がぐにゃりと付着ふちゃくすると、そこから細やかな粉が散布さんぷされ、キノコの集合体へと降り注ぐ。


 そこから先は効果てきめん。

 赤黒いキノコは見る間に収縮しゅうしゅくし、折り重なった人々がバラバラにほどけていく。


「あ…智也。それに昨日ドアを直した社員さんまで!」


 視線の先には気を失った状態の友人の姿。彼らも落ちていく人の群れに加わるも、そのスピードはなぜかゆるやか。


「チョロ助の位置エネルギーを調整して、落下速度をゆるめているの」


 ポムりんの説明と共に落ちていく人々の先には数隻すうせきの船の姿。


「もぐん太の作った空気膜で周囲を覆ってあるし。速度も自動リモートにしてあるから、あとは地上でベルたちに回収してもらえれば、なんの支障もないのだけれど」


 と、そこまで言ったところで夕のスマホに着信が入り、画面をタップすると『ハロー』とベルの声。


『カメラ越しに見ていたわ。回収した彼らには順次じゅんじ精密検査せいみつけんさ記憶処理きおくしょりを行っていくから、あとのことは問題はないわよ』


 ついでベルは『いやー、それにしてもにしてはよくできたわね』と何やら不穏ふおんな言葉を口にする。


大気圏たいきけんへの移動に空気膜生成からの瞬間移動。あとキノコに効く成長抑制剤の合成と散布。機関がまともにやろうとすれば何週間もかかる作業を数秒で理解わかって行っちゃうなんて。行動力がマジ鬼レベね』


「…は、始めて?」


 本日、何度目になるかもわからないツッコみをしてしまう夕。

 それにポムりんも「ええ。そうなのよ」と大真面目にうなずいてみせる。


「今しがたの行動。マジでぶっつけ本番で予行演習も無しの完全出たとこ勝負。今、呼吸をして浮いているのも、キノコを縮められたのも、落っこちている人々をゆっくり下ろしたのも初めてのことだから」


(え、じゃあ。下手したら俺たち大気圏で窒息死ちっそくしして、真っ逆さまに落ちて、体に害かもわからないような薬剤を浴びて死んでいたかもしれないと…?)


 次々に思い浮かぶミスった際に起こる最悪の結末に『大丈夫よー』とベル。


、なんの支障ししょうも起きていないから。こっちの回収もつつがなくできそうだし、今日のところはみなさんお疲れ様ということで』


 それに「おつかれさまー」「おつかされまー」「おつかれがー」と声をあげる三体。同時に通話は切れ、夕は自身が自宅玄関に戻ったことに気がつく。


「何が起きたか分かんないけど、ただいまー」


「夢かもがー?お腹すいたがー」


「じゃあ、お昼は冷凍チャーハンにしておくからね」


 バタバタと何事もなかったかのように家の中に入っていく三体。


 それに夕は「…なんなんだよ、一体」とクラクラする頭をかかえつつ、靴箱へと寄りかかった。

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