1−2「機会」
(お前は自分のやりたいように生きろ…俺と違ってな)
目を覚ますと、夕は自室のベッドにいた。
卓上のデジタル時計を見れば朝の六時。
(えっと…そうだ。俺は昨日づけで仕事を辞めて、それで)
ボンヤリしつつカーテンを開け、充電したスマホを手にとり階下へと降りる。
(兄貴の言葉を思い出すのも、久しぶりだな)
夕の三歳年上の兄は調理師の専門学校を出ており、今は就職先の料理屋で修行をしていると聞いていた。
(兄からの仕送りはあるけれど、今後のことを考えると不安だからな。当面の生活のためにも職業安定所に行かないと)
洗面所で顔を洗い、昨夜のうちに取り込んでおいたタオルで顔を拭う。
仕事に行く必要もないのに、出勤と同じルーティンを繰り返してしまう自分に夕は苦笑するも、歯磨きとトイレを済ませると朝食作りに台所へと向かい…
「おはよ、眠れた?」
モフモフの耳の着ぐるみに声をかけられ、夕は昨晩のことを一気に思い出す。
「ポムりん、スクランブルエッグはできたがー?」
「ぼくはケチャップかけておいてー」
「それぐらい、自分でしなさいよ!」
トンとケチャップの置かれた卓上には水玉型と犬耳の着ぐるみたち。
「…夢じゃ、無かったのか」
思わず食卓の前でつぶやく夕に「ほら、アナタもさっさと食べて」と厚切りのトーストの皿を押し付ける、ポムりんと呼ばれた着ぐるみ。
「それとね、チョロ助。いただきますを言わないうちにパンをかじらない!」
その言葉にチョロ助と呼ばれた着ぐるみはレタスとスクランブルエッグを載せたトーストをかじった跡を見せつつ「えー?」と文句を言う。
「いいでしょ。もぐん太もぼくも美味しいうちにご飯を食べたいもの!」
その口元には塗りたくったケチャップがべっとりとついており、ポムりんは「…だったら、せめて『いただいてます』ぐらいは?」と問いかけ、ついで二体の着ぐるみは「いただいてまーす」「ますがー」と口をそろえ一気に食べ進める。
「もー、いつもこうなんだから」
そう言いつつもポムりんも椅子に腰掛け「冷めるから、一緒に食べましょ」と夕もともに席に着くよう
それにつられて、夕も自分の席に腰掛けるのだが…なんというか。
チョロ助は口が汚れるのも気にせずムグムグトーストを食べ進め、もぐん太はアグアグと押し込むようにトーストを詰め込み、ポムりんはサクサクとバターを乗せたトーストを上品に口にする。
「…
考えていたことをズバリ言われ、ぎくりとする夕。
「そりゃ、仕方ないわよ」とポムりんはため息をつき、箸でトマトを取る。
「私たち生まれてまだ五年だし。発達具合はチョロ助たちのほうが順当なのよ」
「五年?」
思わず聞き返す夕に「そう、ぼく五歳!」と、手をあげるチョロ助。
それにつられるようにもぐん太も「俺たちは生まれも育ちもチョロん島だが」とトーストの最後のかけらを飲み込みながら自己紹介をする。
「チョロん島は日本の
「公にはされていないし地図にも記載されていない。日本の
「待て…それって」と夕は詳しく聞こうとするも、同時に時計を見たポムりんが「ああ、もう時間だわ」と言ってツイッと手を動かす。
「職安に行くついでに玄関先のゴミを出しといて。昼ごはんは適当なもの作っておくし、冷蔵庫に入れておくから」
同時に夕の体は立ち上がり、歯磨きに行くように洗面所に歩き出す。
(…そうだ。確か昨日も失神したあと、こんな風に体が勝手に動いていた!)
朧げな記憶の中で夕は着ぐるみたちと一緒に片付けを行い、濡れた廊下の掃除をし、風呂から洗濯まで当たり前のような生活をしていたことを思い出す。
(昨日の話では、スマホを介して操作をしていると聞いていたが…でも、なんでこいつらはわざわざ俺の家に?)
混乱する夕に「安定した暮らしは私も望むところだからね」と、テレビの周りに積まれたDVDを物色するポムりん。
「おたがい仲良くしておきましょう、今後のためにも」
(…いや、だからなんで俺が!)
そのままゴミ出しを済ませ、体は勝手に車へと乗り込んでいく。
(くそ!なんで、俺がこんな目に…)
悪態を内心つきながら職業安定所まで車を走らせる夕。
その日の空は冬にしては珍しいほどに晴れ渡っていた。
*
「こちらの備考欄『受付としての適正が無いため』と記入されていますが、正しいですか?」
夕はその一言に胃が重たくなるのを感じる。
そう、その一文は館長が夕の
(…真面目に仕事をこなしているつもりでも、相手にはそう捉えられていない)
思い出されるのは、今までかけられた言葉の数々。
(アナタにはガッカリしましたよ)
(育てかた次第でどうにかなるかと思いましたけれど、期待外れでしたね)
(どんなに
できていない、適性がない。
最後は
そんな理由で、繰り返した転職は今回で三回目。
(…なんか、年を重ねるごとに自分の生きる道が狭まっていく。ずっと、こんな感じの人生を俺は送っていくのだろうか?)
いつしか、胃の
「というわけでして、このお兄さんはウチの職員になってもらいますので。これ、その関係の書類です」
そんなことを思っている中で隣からかけられた声に夕は思わず「は?」と声を上げる。
そこにいたのは封筒入りの書類を職員に手渡す黄色と黒縞のマフラーをつけた制服姿の少女。
「ちょっとお話し良いかしら?」
ついで、彼女は夕の手を取るなり職業安定所の外へと歩き出した。
*
「…連中、元気?」
職安近くにあるドーナツ屋。
開口一番、そうかけられた言葉に夕は思わず「は?」と声をあげる。
「いや、知っているっしょ」とホワイトチョコのかかったドーナツをかじりつつ、少女は夕の目を見る。
「水玉に犬顔。それにモフモフの耳を持つ女の子っぽい着ぐるみたちのこと」
「え、あ…!」
夕はそれに応えようとするもなぜか口はうまく動かず、少女は「ははん?」と、何かに合点がいったようで、すかさず夕の頭部へと手を当てる。
バチンッ
瞬間、目の前に火花が走り「な、何するんだよ!」と思わず少女の触っていたあたりへと手を当てる夕。
それに少女はずっとはめていた
「え?」
「ごめんね、あの子たちまだ子供だからね」
ついで少女は「私はベル。あの子たちの監視役だったの」と手のスマホをいじりつつ、そう答える。
「あの島は政府の機関によって管理されている土地でね。島で育った彼らも見ての通り、少し特殊な外観で変わった特徴を持っているわ」
「変わった特徴って…ん、ちょっと待て。確かにあのポムりんとかいう着ぐるみも自分たちのことを島から出てきたとか言っていたが」
と、そこまでいったところで、夕は自分がようやくあの着ぐるみたちのことを話せていることに気づく。
「あ、俺…」
「うん、これでつつがなく話ができるわね。じゃあ、スマホを出して」
そこにベルと名乗った少女は間髪入れずに手を差し出し、夕もつられて自分のスマホを出す。
「ほいっと」
ついで、夕のスマホにスマホをかざすベル。
その画面に浮かび上がるのは
「…『
「そう、特務機関『
「たち?」
思わず顔をあげる夕にベルはニコリと微笑む。
「さっき言ったじゃない。アナタはウチの機関に勤めることになったって。もちろん、辞退することもできるけど。今後めちゃくちゃ死ぬほど後悔するかもね」
まるで脅しのようなベルの言葉。
同時にガラスの外側にボタボタッと何かが落ちていくのが見えた。
「【何もしない以上の
降ってきたのは
手や足にヒラリとした赤黒い布に似た
「そして、今の君に必要なのはこの世界の仕組みを知ること」
そう言いつつ、夕に微笑んで見せるベル。
「知ると知らないとで世界は大きく変わる。悪い条件ではないはずよ…この世界の真実を知り、映したいとひそかに願うキミにとってはね?」
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