四五話、廿の流転の門と、旅行三日目

 最終日だ。

 さすがに、昨日の件もあって、みんな「観光したい」ではなく「休みたい」モードに入っている。

 というより、昨日は結局朝のうちに雪兎の件を解決してしまったので、それからはだいぶ暇で、お祭り状態(いつもそうだが)の住民たちに連れ回された。

 その時に、もう十分街は楽しめた。

 結局乗るの忘れていた船にも乗れたし、グルメもおなかいっぱいだ。

 鴉羽は自分が目立つ頃はなかろうと思っていたが、案外知られているもので、食べ歩きをしているとちょくちょく声をかけられお礼を言われた。

 話によると、月兎は目がいいという。昨日の隕石の上なら、遠く離れている門からでも見える人は見えるという。


 次の日の霧がかる前には門を出たいので今のうちに用意は済ませておく。

 だいたいの用意はできているが……。

「……だれの、これ」

 鴉羽がパンツを一枚、自分のシーツから拾い上げる。……まあ、犯人はわかっているが。

 大きな部屋畳に、下着やら、ブラやら、パンフレットやら、試験管やら、薬草やらが散らかっている。

 最終日の、最後まで絶っっっ対に片付けをしないのは、一人しかいない。

「あー、それうちのー……へぶっ」

 ミズーリがぅとに全身マッサージをしてもらいながら、手を伸ばす。鴉羽がその顔にパンツを投げつける。

「鴉羽ちゃんヒドイよぉ」

「こっちのセリフだい」

「ミズーリ動かないでください」

 ミズーリのお尻をぺしっと叩くぅと。「ぎゃっ」と悲鳴をあげる。よくやった。

 前よりも、距離感が近くなっている。会話もフランクだ。仲良くなっている証拠だ。


「えるにーにゃは?」鴉羽が思い出す。

「えるちゃんはあーちゃんとお話してるー」ミズーリが答える。

「月兎どうし、お話したいことは多いでしょう」

「カリンは?」

「アシュくんと一緒に街を回ってるー」

「……ほんと、よくあんな元気にまわれますね」ぅとが肩をまわす。オイルをひねり出して、ミズーリの背中に垂らす。

「ぅとちゃんおばあちゃんみたーい」

「次言ったらやりませんからね」

「痛ッ」


 そこに、ドリィネがやってくる。

「あら、もうみんなダラダラモードかしら」

「あ、お母様。そうですね。もう十分疲れました」

「ふふ。お疲れ様……はぁ」

「疲れてるねーお姉様ー」とミズーリ。

 ドリィネがそうなのよぉ、と苦情を述べ始めた。

 というか、お姉様呼びなんだ……。と、鴉羽は心の中でつぶやく。

 ……私もドリィネお姉様って呼びたいな。


 ドリィネが疲れている理由は、後始末にあった。


 今回の件、色々調べた結果、みんなが思っていたよりも内容が深かった。

 まず、雪兎が今までの騒動を起こしてきていた、というのは噂に過ぎなかったという。

 たしかに、雪兎がここ最近は暴れて回っているが、その本体はいつも「生物では無い雪兎」であった。その裏には必ず、操作している人がいる。

 考えればわかる事だが、雪兎のうさぎの仮面を被るのは───雪兎だけではない。

 今回の件は、とあるドラゴンが黒幕だと判明したという。夜な夜な、慌てて門のそばに向かって、雪兎発生源がなくなっているのを確認しに行ったために、そこでドリィネに捕まったという。

 調査をするとすぐに、そのドラゴンが、随分前の騒動、つまりあの時の異種族反発措置に対する抗議の中心人物そのものだということがわかった。

 動機は、異種族反発の、そのまた反発。

 おまえが抵抗するなら、おれだってやってやる。

 なんともまあ、個人的で、勝手な理由だった。

 もちろんドラゴンは捕まり、雪兎の誤解もドリィネが自ら行い、ついでに雪兎の故郷にも誤解をしたことへのお詫びのために、代表として行ったという。


「これで、異種族反発も減りますね。これもみんなのおかげです」と再度礼を述べるドリィネ。


 だが、鴉羽は既にほかのことを考えていた。

 こんなにも何十年、あるいはもしかしたら何百年もの間の騒動だ。これの裏幕が、たった一匹のドラゴンだという。

 素直に言えば、月兎もわかってくれたかもしれない。なのに、意固地になって、他人を巻き込んだ。


 なら、学校の件。

 ダンジョンだって、校長先生の勝手な理由なのかもしれない。……こっちは、どちらかと言うと良心っぽいが。


 一方で、そのほかの、転生者云々。あるいは、同じく異種族反発っぽい、森での事件。───これだって、校長先生の息子の、個人的で、勝手な理由なのかもしれない。

「おれは異種族が嫌い」。

 これだけで、全人間たちを盾にしているのかもしれない。……自分の種族ですら盾にできてしまうニンゲンが、鴉羽はよく分からなくなってきた。

 自分は迷惑をかけても、素直じゃなくても、そんな赤の他人までは巻き込んだりしない。

 もしもあの息子が、ただの「自分は素直じゃないから」という理由で全種族を巻き込んでいるのなら───。


 ……まあ、いいや。

 今は、旅行を素直に楽しもう。

 あれは、反面教師だ。


 鴉羽は考えるのをやめ、「皆さん下にお集まりください」という声を聞いて「はーい」と返事をした。


 いつも以上にだらけるミズーリ。

 嬉しそうに化粧品をしまうぅと。

 それを羨ましそうに見るえるにーにゃ。

 疲れているのにカリンと楽しげに会話するドリィネ。

 お互い話したいのに口をきかないカリンと(みんなを呼びにやってきた)アシュビニャ。

 みんなの輪に混ざりたいのに関係ない風に祝福をするやえ。

 そして、自分、鴉羽。


 ───素直じゃないのは、私鴉羽だけじゃ、ないのかもしれない。




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素直になれないキミへ かっこ @mokumetti1012

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