四四話、廿の流転の門と、旅行二日目③
ーーミズーリ・カリンsideーー
外に出ると、霧に覆われていた。
地面を踏むと、しっかり返してくるこの感覚。もう時期、霧が消えてしまう。
カリンも、ミズーリも、この街は詳しくない。だから、地図を持たされた。だが、二人にとっては、そんなものは不要である。
「お姉ちゃん、楽器そろそろ使う?」
「うん、使ってみてもいいわねー。ただ、ここら辺はエルフも少ないし、ぅとちゃんも反応してしまうから」
「後でってことね」
エルフの特性、迷子探し。今回こそ、使う時だ(二話参照)。
二人は霧を灯篭に吸い込ませながら、街を進んでいた。街中に浮遊していたあの赤い袋。あれは天然の植物らしい。
風に任せて飛び、霧を吸収してその水分で生存する。地球では見ない存在だ。
「お姉ちゃん止まって。あたし、あれ、使うわ」
カリンがミズーリを見る。ミズーリが頷く。
「無理しないで」
「……うん」
カリンが目を瞑る。
そして口を開く。
「いるわ。ここからまっすぐ進んだ先。昨日の橋を渡ったところね。うん。見えるわ」
カリンは広範囲の探索に向いている。ミズーリがいる森なら、目を閉じなくても一望できる。エルフの中でも特殊な力加減だった。
二人は駆け出した。見つけたなら、話は早い。連れ戻せばいい話だ。
……が、そう上手くは行かなかった。
「霧が……濃すぎるわ、お姉ちゃん」
「手を繋ご」
「うん。……きゃっ!?」
「カリン!?」
突然倒れてしまうカリン。ミズーリがそのからだを支える。
「……冷たい……」
「どうしたの?冷たいの?」
「あれよ!……あの兎よ」
カリンが指さす先には、霧とともに、吹雪く景色がみえた。その下。僅かに存在が確認できる。
「カリン、何羽いるのかしら」
「十二……十三とか。今も湧いているわ」
「対処しきれないわね」
「お姉ちゃん炎の薬草は?」
「家も燃えてしまうわ、使えない」
悩んでいると、次々とうさぎが飛んできた。その強さはないが、ぶつかるとその部分が凍ってしまう。一度覆われたらアウトである。
カリンの右肩を薬草で軽く治し、避けられるうさぎは避ける。避けられないものは、受け止めて即治療。
うさぎの攻撃が止まったところで、カリンが指示を出した。
「お姉ちゃん、こっち!三つ先の十字路を右に曲がれば、ショートカットよ!」
「おっけー」
それ以上構ってはいられない。兎の群れに何かを放り投げると、ミズーリはカリンの後ろを追いかけた。
「お姉ちゃん何投げたの」走りながらカリンが訊く。
「雪を整形する薬と軽い爆薬ねー。二度と跳べない体にしてあげたわー」
そう言って併走するミズーリ。背後で爆発音が響く。
「……ちょっと、建物」
「大丈夫よー、そこまで強くないわ」
「……最初から使ってよ」
「わっすれてたー……ごめんなさい」
「お姉ちゃん……」
商店の裏の細い道や、水路。なんとか、アシュビニャがいるところに近づくことが出来た。
「あそこよ!」とカリンが指さす。確かに黒い何かが、雪兎の群れに埋もれかけている。危なかったのかもしれない。
「アシュ!!」
「あっ、カリン!」姉妹は霧を灯篭で払いながら、まっすぐ駆け出した。黒いなにかは、動かない。次第に、姿がみえなくなる。心臓の鼓動が、身体を押し潰しそうだ。カリンは顔をしかめた。
どうか、どうか。
生きてて……。
雪兎がカリンたちに気づく。
そして攻撃対象をカリンとミズーリに転換した。
「そこだー!」
ミズーリが薬を投げる。爆散する音にカリンが耳を塞ぐ。ボロボロに崩れて、粉状になる雪兎。しかし動こうとしても、ミズーリの薬で変形しているので、転がって風化する他ない。やがて周りに全ての雪兎が消えて、黒い服を着た小さな少年───アシュビニャが見えた。
駆け寄る。
「アシュ!」
「……」
カリンがアシュビニャの頭を持ち上げる。重い。自分じゃ、身体は持ち上がらない。
アシュビニャの鼻に、耳を近づける。周りの吹雪が収まらない。うるさい。よく、聞こえない。焦って、泣きそうになっていると、隣から声が聞こえた。
「生きてるわよー、安心して。お姉ちゃんを信じて」
ミズーリだ。カリンはもちろん信じる。ミズーリは、生命感知が得意だ。
薬草を液体に溶かし、アシュビニャの凍った手にまぶす。すると、アシュビニャの目がぴくんと動いた。ゆっくりと目を開ける。
「……オレ」
状況を把握していないようだった。
「アシュ!」
「……カリン?」
カリンはアシュビニャを抱きしめた。若干雪兎のせいで体が凍りつきそうなのも気にせず抱きしめた。
アシュビニャは不思議そうな顔をしていたが、周りを見て、「ああ、オレ、気絶してたんだ」と認識して、泣きすぎて何を言っているのか分からないカリンの頭を撫でてあげながら、
「ごめんな……ほんとごめんな」と言った。
「オレ……こいつらを捕まえようとしたんだ……ほら、一匹」
そう言って、アシュビニャが雪兎の欠片の山に埋もれている、ガラスケースを引っ張り出した。
中には確かに、一羽の白うさぎがいた。
「おまえの姉が」と言って、アシュビニャがミズーリを見る。
「試験管?に雪の粒を詰めているのをみてな。オレ、硝子に詰めたらおまえも持って帰れんじゃねぇかなって思ったんだ」
「……バカ」
「なんだよ、せっかく人が」
「ほんとアシュはばかね」
カリンはアシュビニャの両頬を温めるようにして、小さな手を添えた。
「女の子に心配をかけられてるようじゃ、まだまだね」
「すまん」
「許しを乞うなら、今度エルフの里に来ることね……ふふ……へへ」
「……なんだよおまえ……」
刺がなくなって、アシュビニャに懐くように身体を寄せるカリン。アシュビニャが顔を赤くしてそれを引き離そうとする。
「おまえも、見てないで手伝えよ」
ミズーリを睨むアシュビニャ。
ミズーリは地面に座ったまま、嬉しそうにニヤけていた。
「ふふ。もうすっかりラブラブね。最近の小学生は早いわね」
「なっ……」
言葉が出ないアシュビニャ。
「アシュ……」
としか言わず上半身だけ起こしたままのアシュビニャに、柔らかくしがみつくカリン。
「……こいつはどうしたんだよ」
「この子ー、心配事が解けると眠くなるのー。何かが心配なことがある夜を過ごすと、特にそうねー」
「……寒そうな格好してんな」
「カリンが着る時間がないって言うから」
「……オレでもコート着てんだぞ」
「それだけ、アシュが好きなのよ」
「出会って二日だぞ」
「カリンも学校では頑固姫で、ひとりぼっちだから……アシュくんが仲良くしてあげてね」
「……」
知らなかった。ああいうタイプだから、てっきり友達百人、みたいなやつだと思い込んでいた。
実際は逆だった。
だから、アシュビニャはこんなにも求められた。カリンは、悪口を言って、真正面で返してくれて、それで喧嘩でも、話でもしっかりできる相手が欲しかったのだ。
アシュビニャは照れくさそうに頭を掻き、「……まあこいつなら……まだ」と言った。
それから黒いコートを脱いで、カリンの体に被せた。
「……」
「……サイズがピッタリすぎて、ロマンチックじゃないわー」
それは思った。もっとこう、ガタイが大きければ、包んであげる感じが出せて、格好もついたのだが。
「うるさい、サキュバス」
「あら、カリンにチクっちゃおうかしらー」
「それでも姉か!」
「ならミズーリって呼んでね♡」
「……明日呼ぶ」
「いーま」
「おまえ、めんっどくさ」
「ふふ、いいからいいから」
「……ミズーリ」
「はいよく出来ました♪」楽しそうにミズーリがアシュビニャの頭を撫でる。「撫でんなよ、子供じゃねぇんだから」と抗う少年。
なんだか、昔の鴉羽を思い出した。最近は少し素直になったが、昔は完全にこんな感じだった。いや、アシュビニャはまだ、素直な方なのかもしれない───。
「「……!」」
お互い色々考えていると、横から何かがゆっくり飛んできて、三人の体はふわりと宙に舞った。そして、なにかの上に載せられた。
「ドリィネさま!?」とアシュビニャ。
「ちょうど終わったのよ、こっちも」とドリィネが返す。
「……アシュ君、元気そう……良かった」
「そうですね。少しは頭が冷えましたか?」
ぅととえるにーにゃが頭をつっこむ。特に反論の余地もなく、アシュビニャは素直に謝った。
ドリィネの隕石運転で、後ろにぅと、えるにーにゃ、アシュビニャ、ミズーリ、そして眠っているカリンが載っている。
三人が滑り落ちないのを確認して、ドリィネは高度をあげた。
「さて、あとは、残り物駆除ね」
「残りの雪兎ですか」アシュビニャがカリンの肩を撫でながら問いかける。
「ええ。これらが終われば、もう雪兎とは永遠におさらばね」
ドリィネが得意げにウインクする。えるにーにゃが付け加える。
「三人で、廿の門を全部いじってきたの……やっぱり、雪兎の発生源があったの」
雪兎は、簡単には門をくぐれない。
が、一度そこで発生源を作ってしまえば、何度でも発生できる。
それのひとつが、昨日、ミズーリ達が見つけた雪の粒だ。
それは霧の水分を吸って、兎となり、定期的に街を襲う。あとは一部を薬草や宝の方に向かわせ、火事場泥棒をするだけだ。
調べると、全ての廿の門の支柱裏にひとかたまり埋められていたみたいだ。ドリィネが管理しているほかの門にはない。管理していないところには連絡はしているので、あとは返事待ちだ。
これで、雪兎騒動は終わった。
が、残り物は存在する。特にここ、流転の門はなぜか霧が厚く、水分が多い。
雪兎にとっては最高の居場所になってしまっている。
そして、その処理は誰がしているかというと────。
ーー鴉羽・やえsideーー
「ほんとめんどくさいわね」とやえ。
無数の桜の花弁を爆発させ、雪兎を覆っていく。反抗して体当りをするが、無効だ。これは普通の花ではない。だから、凍ることもない。
「喋ってないでやって」
鴉羽はと言うと、ひたすらに雪兎を蹴って、殴って、投げている。腐っても黒鬼だ。これくらいは、耐えられる。
さすがの雪兎もこれを耐えることはできず、飛び散ってしまう。塊どうしでまた形を作るが、兎になる前にやえが桜で包む。
「早く終わらせたいわ」
「……やえ、いい作戦あるけど」
「……ふむふむ……いいね。相棒っぽい」と楽しそうなやえ。
作戦開始だ。
────「
大きな黒いドームが、やえと鴉羽を包む。
やえの周りには、粉雪を包んだ桜の花が浮かんでいる。ドームから、辺りに拡散するように雪蝶が飛ばされていく。
その途端、街のあちこちから、白い兎が跳びびだした。やえに向かって飛びかかるが、ドームに当たった瞬間消滅する。
再生をする暇もない。一方的な兎狩りだ。
「なるほどねー。合体の性質を利用するってことね」
そろそろ、霧は晴れる。
雪兎も原型を留めておきたいだろう。
合体の素材があって、ドームに閉じ込められた霧があって、飛び込まないことがあろうか。
おまけに知力がないうさぎだ。
やえの雪蝶が、数の暴力で兎をドームに押し込む。
二人が一緒だから、できる作戦だ。
「雪蝶のおかげ」
「違うわ、ドームがあるからよ」
「じゃあ、……二人の協力作ってことで」
鴉羽が口を尖らせて言う。照れ隠しだ。
やえが最後の意気とばかりに八重桜を街中に咲かせ、四方八方に散らす。
───もう、終わりだ。
ドームを仕舞い、雪蝶を消し、背中を合わせて座り込む二人。
疲れた。体が痺れる。これは、旅行であっていい疲れなのか……。
でも、一件落着だ。
息継ぎをする二人のもとに、大きな隕石が飛んでくる。二人をキャッチして、再び高く、高く飛び上がった。
既に、霧は散っている。
街中は、人で溢れかえっていた。特に、ドリィネの隕石の周りは人だかりができていた。
「ドリィネさまだ」「ドリィネさまではないですか!」「周りの子たちは」「あなた見てなかったの?あの子たちが雪兎を散らせたのよ!」「すげえ!」「月兎じゃないのにやってくれたのか」「粋だねぇ」
ドリィが手を挙げた。
「皆さん、雪兎の騒動は、こちらの不注意でした。申し訳ありません。門の管理、施設の管理はしっかりするよう指示していきます……さあ、今は今までの鬱憤を忘れてしまいましょう!もう、雪兎はやってきません!次万が一来たら、潰し返してやりましょう!今日は宴を開きましょう!そして勝利を祝うのです!」
ドリィネの声はよく響く。見えない彼方から、足元の街から、轟くような歓声があがる。
「そして……」
ドリィネは後ろにいるみんなをみた。
ドリィネのすぐ後ろに立つぅととえるにーにゃ。鴉羽、やえは疲れてクレーターに座っている。カリンはようやく起きて、アシュビニャと喧嘩している。それを見守るミズーリ。
「この子たちは、皆さんの平和を守り切りました。雪兎の発生源を見つけ、対処し、片付けまでしました。今日は、この子たちの勇姿を称えましょう!そして色んな種族を受け入れる、幸せな月兎の街を作っていきましょう!」
鼓。笛。讃歌。
慣れない雰囲気に、鴉羽は少し体が浮いた感覚がした。別に、大したことをしたつもりはなかった。
ただ、えるにーにゃの故郷を守りたかった。
潰されて。
───炭色の街には、したくなかった。
それだけだった。
でも、それと、これとは、別。
自分の名前が知られるかは別にどうでもいい。でも、こんな世界の片隅で、大爆発、大躍進ができた。
そして、称えられた。
それは、素直にうれしいこと。
「照れくさいね」とやえが目を細める。冷たくなった手を、ギュッと握ってあげた。「うん」と返す。
「みんな、本当にありがとう……実を言うと、巻き込見たくなかったのだけど……でも、それでも助けてくれた。あなたたちには本当に感謝しきれないわ」
ドリィネが頭を下げる。同じく月兎であるえるにーにゃと、アシュビニャが頭を下げた。
しばらくは、隕石の上で音楽を聞くことにした。
えるにーにゃが、ぅとのそばにやってくる。
二人並んで、街並みを眺める。
「……ぅと君」
「?」
───ちゅっ。
えるにーにゃは、ぅとの頬に唇を当てた。
「……えるにーにゃ」
「ほんとにありがとう」
「それは聞きました」
「違うの……ぅと君、覚えてる?アシュ君を助ける時に、ぅと君が言ってくれたこと」
『えるにーにゃの故郷がやられっぱなしは気持ちが良くないので!』
堂々と、そう言い放ったぅと。それが、素敵だった。トキめいた。
ぅとは、えるにーにゃとしての自分だけじゃない。月兎としての自分も。あるいは、プライド高い自分まで。
きっと、包み込んでくれたんだ。
そんなぅと君が。
ぅと君が。
「───大好き、ぅと───」
涙を頬に伝わせ、頭を軽く傾けるえるにーにゃ。灰色の髪に、黄色い光が塗されて、ほのかに薫る。溶けるような笑顔。
ぅとは固まってしまった。
───言ってくれた。
大好きって言ってくれた。
本当に言ってくれるとは、思っていなかった。
しかも、ぅとって。君付けじゃない。その違いは、分からない。でも、「ぅと」という呼び名は、この一時に花開いてくれた。
普段は、「君」のままで、いいからね。
ぅとは唇を結んだり、開いたりした。それから「私もです」と零すと、えるにーにゃの方を向いた。
二人の目が合う。ぅとが遠慮しながら口を開く。
「……姉妹だけど、……していいですか」
「……家族愛ってことで」
「ふふ……えるにーにゃらしいですね」
えるにーにゃが身体を屈める。ぅとが体を伸ばす。一秒、また一秒の刻みが、お互いの鼓動が、体の中を巡りあう。
長い。
完全に二人は、残りの六人の存在を忘れていた。もちろんそこで囃し立てるようなメンツではないが。
「ちょっと、あれ、あたしもやりたい!」
「おまえは寝てろ」
「な、なんなのよ!お姉ちゃんとしたいって言ってるの!」
……と、カリンとアシュビニャが口喧嘩を交わしていることには、勿論気づいていない。
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