四二話、廿の流転の門と、旅行二日目①

 早朝。

 部屋の扉が開けられていた。

 鴉羽が起き上がると、そこにはアケビナが体を震わせて立っていた。

「……どうしたの」

「……鴉羽さま……あ……」

「なになに……」

 やえも気づいて目を覚まし、ついでにほかの人も起こした。


「あ……アシュが……」

 吃るアケビナ。

 その様子のおかしさに気づくみんな。

 カリンが最初に飛び上がった。アケビナの両手を握る。

「アシュがどうしたの!!」

「……いない」

「「え」」

「アシュがいない……どこにもいないんです……!」

 そこに、なにか思い当たることがあるのか、カリンが突然外に向かって駆け出した。

「カリン!」

 ミズーリが止めようとするが、カリンは止まらない。鴉羽がカリンを前から抱き抱えてようやく落ち着いた。

 と思いきや両目に涙を含んでいて、「……あいつ……バカなの!?」と声を漏らした。

「何かあったの」

「……」


 カリンは昨日あったことを話した。


 夜、カリンがアシュビニャを呼んだこと。

 二人でお話をしたこと。

 髪をアシュビニャにやってもらったこと。


 話終えるとミズーリに向かって、「ごめんなさい」と言った。ミズーリが「うちのことは気にしないで」と返す。

「じゃあ、アシュは白いうさぎを探しに行っちゃったのね」とアケビナが崩れ落ちる。それを支えるやえとえるにーにゃ。

「アケビナさん……ごめんなさい」カリンが深々と頭を下げると、アケビナは頭を弱々しく振った。カリンさまは事情を知りません。アシュもカリンさまのためですから、誰も悪くないのです、と言った。


「その白いうさぎって、どっかで聞いたような」

「はい、おそらく、『雪兎』のことかと」



 アケビナは隠さず説明をしてくれた。

「雪兎」。

 それは月兎の天敵である。

 月兎は特に何もしなくても、あっち側はしょっちゅうちょっかいをかけてきた。

 そのタイミングもまた、いやらしい。

 霧が晴れるか晴れないか、言い換えれば月兎の都の「実体があるかないか」の間隙を狙ってやってくる。

 ちょうど、こちらも出ていきたくない時間帯かつ、出ても問題が無い時間帯だ。


 が、やってくるのは生物では無い。

 雪兎は名の通り、雪を操る。

 そのため、彼らはかれらの土地に残ったまま、生物でない「雪うさぎの傀儡くぐつ」を送り出して侵攻させるのだ。

 一方的にやられて、嫌と思わないかと言えば、嫌だとは思う。が、高貴な存在である月兎が、雪兎ごときのイタズラを気にしてはいられない。

 しかも期間は短く、中途半端な嫌がらせばかりだ。

 悪く言おうと思っても言えない。言い訳はいくらでもされてしまう。

 だから無視してきたのだ。


「……その雪兎ってどんな特徴があるのです」ぅとがリュックを漁りながら訊く。

「やってくる個体は白い雪の粒で作られております。その一粒一粒が冷たくて、直で触ると指先が凍ってしまうほどと言われています」

「……これね」ぅとが試験管を揺らす。中には、雪の粒がぎっしり入っている。

「……これだねー」とミズーリも肯定する。

「……それは……?」

 アケビナの疑問に、二人が答える。

 昨日水潭に行ったこと。そこで白い粒が大量に見つかったこと。そこには薬草が生えていなかったこと。


「そういうことですか。……本当に、何も薬草がなかったのですか」

「……?はい、私たちが行ったときにはありませんでしたけど……何かあるんですか」

「話してちょうだい、力になれると思うわ」とドリィネがアケビナの肩に触れた。アケビナが申し訳なさそうに一礼して、カウンターへと降りていった。みんなが続く。

「ええ。……この期ですから、皆さまがたには伝えておきましょう」


 カウンターに、地図を広げた。

「昨日くれた地図ね」

「ええ。しっかりご覧になりましたか」

「そういえば、『水潭』じゃなくて『薬草潭』って書かれてたわ」と鴉羽が手をぽんと叩く。

「ええ。あそこは、薬草の宝物庫で御座います。……本来は月兎の来賓にしかお渡ししない地図なのですが、今回はサービスするつもりでお渡し致しました。お店の名前、場所が全て本来のままにしております」


 この街は、言ってしまえば宝の山である。

 どこをとっても、薬や調味料になるという。隕石を使うようになったのも、地面に生える草花への損傷を減らすためだ。

 それを外部に公開することはできない。

 だから、嘘はつかない程度に、地名を変えてある。(薬草潭は水を含むので水潭ではある、など)

 もしミズーリたちが興味を持つことがなかったら水潭には行かなかったように、名称ひとつでも人の目が変わることが多い。


「それなのに、空っぽだったんでしょう。……なら、謎は解けましたね」

「なんのですか」ぅとが試験管を弾いた。


 アケビナはカウンターの木机を力無く殴って、吹雪く窓の外を見た。

「……雪兎が妙な嫌がらせを繰り返してきた理由ですよ」


 室内が沈黙に包まれる。

 ここまで来たら事態は明白だ。

 月兎の都、廿の流転の門。

 この付近には、大量の薬草がある。

 それをなにかの機に知った雪兎。

 ちょうど、実体が見えてくる頃に都にちょっかいをかけ、大量の雪兎を送る。

 対応に暮れる月兎の住人の影で薬草をもぎ取って、転移かなにかで持ち帰る。

 そして金儲けかなにかに使う。


「うわぁ」

 めんどくさそうな話に、やえがしかめっ面をする。

「私が対処しましょうか?」とドリィネが提案する。

「いえ、ドリィネさまのお手を煩わせる訳には」

「それなら私もやります!」

 ぅとが手を挙げる。

「えるにーにゃの故郷がやられっぱなしは気持ちが良くないので!」

 それを見てえるにーにゃがときめく。すぐに呼応するように頷いて、

「そうだね……やるなら……みんなで!」

「手伝いくらいならーできるかなー」

「お姉ちゃんがやるならあたしも!……アシュのやつも探したいし」

「そうね……僕に手伝えることがあれば」

 そして鴉羽。

 完全にやる気になっているみんな。さすがに自分だけやりませんは、通らない。ため息をついて、「まあ、できることなら」と口を尖らせた。


 そんな七人をみて、アケビナが目を潤わせて、跪いた。

「……本当に……有難う御座います」

「いいよいいよ……あーちゃんにはお世話になってるし」えるにーにゃがアケビナの身体を持ち上げて後ろから抱きしめた。

 アケビナが恥ずかしそうにする。

「では……その、作戦はどうしましょうか」





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