四〇話、廿の流転の門と、旅行一日目④

 さて、自己紹介は終わり、アシュビニャも安堵の表情を浮かべた。雪うさぎと何かあったのだろうか。

「本当に世界は広いで御座いますね」とアケビナ。

 ここにいるメンツでも、

 月兎。エルフ。ハーフエルフ。黒鬼。精霊。

 ……と、多種多様だ。


 話しているうちに、外の霧も消えてきた。ようやく、旅行スタートということだ。


「本格派の地図が御座います。用意致しましょうか」

 アケビナが言う。ドリィネは「お願いするわ」と笑って返事をした。その動作ですら美しい。

 館の一階。

 先程の受付。

「チェックインとか、チェックアウトとかはどうなるの」と鴉羽が小声でえるにーにゃに尋ねる。すると「そんなもの……ない」と返ってきた。

 ……うん、文化の違いね。


「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 と見送られて、七人は館から出た。

 出際に、カリンがアシュビニャの肩を掴んで、何かを耳打ちして、アシュビニャが少し恥ずかしそうに「別にいいけど」と答えたが、誰もそこを追求することは無かった。

 ……若干一名(ミズーリ)が、によによと口角を釣り上げているのは、無視するとして。


「んー、やっぱり夜なのね」

 とやえが背伸びをする。和装(かは分からないが)がよく似合っている。

 霧が少々退いて、視界が広がったが、上を見上げると雲の隙間からは黒しか見えない。

 黒とは言ったが、よく見ると星が点々としている。

「まあ、実態は宇宙空間だから……」とえるにーにゃ。

 宇宙空間。

 そうだよ。

 ここは地球じゃないんだよ。

 普通に喋って、普通に生活をしているせいで、忘れていた。

 月兎だ。月だ。

 つまり、宇宙である。

 なぜ呼吸ができるのかって?……そこはまあ、深く聞くことではなかろう。

 鴉羽は改めてこの地の存在に感動した。普段見ている月は、どこか寂しそうな感じがした。が、実際にはこんなにも大きな世界を抱えている。次元は違えども、存在は確かだ。

 鴉羽は一歩一歩地面を踏んだ時、伝わってくる反発を感じながら歩いていた。


 歩いていると、まあまあ注目を浴びる。

「あら大家族ねぇ」と通りすがりのおばあさんが話しかけてくる。えるにーにゃは否定することなく、「ありがとうございます……」と会釈した。

 確かに、今は全員白のリボンをつけている(ドリィネは例外)。家族と言われてもおかしくはない。

「本当にいいところねー」とミズーリが見渡す。

 赤い灯篭っぽい何か。串のように連なって、空を飛んだり、壁に引っ付いたりしている。その光は祭りを描いているようで、おかげで街全体が明るい雰囲気に包まれていた。

 ところどころ出店があった。えるにーにゃとドリィネは話し合いながら、「あら、あれなら好きになるんじゃないかしら」「そうですね!質もばっちりです」と買ってきてくれる。そして奢りよーと言って、一人一つ渡してくれた。

 なにかの塩焼き。

 串刺しのなんか。

 あったかドリンク。

 グルメ旅の本質を語るような感じで、七人は街々を通り過ぎていく。


 出番がないぅとが串を持ったまま鴉羽の右ににやってきた。

「どうぞ」

 とあいた手を伸ばす。ミズーリがそれを見て、何かを思ったのか、鴉羽の左にやってくる。同じく手を伸ばす。

「はい、鴉羽ちゃん」

「えっ……え?」

 戸惑う鴉羽。

 えーと。握れってこと?

「……」

「「……」」

「……む」

 少し、恥ずかしいけど……えいっ。

 目を瞑って、二人の手を握った。

「「……」」

 三人は最後尾で、手を繋いだまま歩いている。

 暖かい。

 左右から、体温を感じる。

 誰も、話さなかった。でも、それでも良かった。

 お互いの手の感触と鼓動に耳をすませながら、まっすぐ歩くだけ。

 鴉羽は少し、こそばゆさを覚えた。

「……これでひとつ、あなたの願いは叶いましたね!感謝しなさい」

 とぅとが白い歯を見せて表情を崩した。鴉羽はそれが、素直に、素敵だなと思った。

 ──そっか。

 私の願い、覚えていてくれたんだ。

 嬉しい。

 嬉しいな。

 ミズーリを見ると、ミズーリと目が合った。少し、潤う視界で、よく見えないけど、確かに笑っている。

「あっ、ずるい!」

 カリンが後方にやってくる。ミズーリの手を繋ぐ。

「遅かったー」とやえがぅとの手を繋ぐ。そしてえるにーにゃとドリィネがやってきた。


 その真ん中にいる、鴉羽。

 下唇を噛んで、涙を堪えている。

 素直に言えて、良かった。みんながいて、本当に良かった。

「……ちょっと広がりすぎかな」

 と鴉羽が頭を傾ける。きらりと水の粒が、目を伝って空に跳ねた。

 それを聞いて、やえが「たまになら、いいのよ」と言った。



 その後、背後から飛んできた隕石とぶつかりそうになり、さすがに手は離すことになった。

 一方で当然のように、ミズーリはその手を離さなかった。




 とまあ、色々あって、ようやくたどり着く「水潭」。

 言ってしまえば、沼である。泡立っていて、変な匂いがする。すかさず後ろに下がる鴉羽。木の幹に寄りかかった。

 渡された地図を見る。

「水潭」とは書かれていない。

 代わりに、「薬草潭」と書かれていた。

 んー。

 名前が変わったのかな。

 ドリィネ、カリン、やえ、えるにーにゃもいい顔をしていない。微妙そうな表情で、鴉羽のそばにやってくる。

 対照的に、ミズーリとぅとの表情は明るい。ぅとはともかく、普段は大人しめのミズーリもはしゃいでいて、リュックから手袋やら何やらを取り出した。「私が先ですよ!」「うちが先に掘るー!」とぅとと言い合っている。

「……」

 彼女ら二人を見守るみんな。

 鴉羽がカリンに訊く。

「……カリンはやらないの」

「ほんとよくわかんない。あんな臭い水溜まりのどこがいいのかしら」

 ……それでもエルフの妹か。

 だが、鴉羽も人のことは言えないので、突っ込むのはナシにした。

「ふふ、元気があるのはいい事よ」とドリィネがぅとたちに手を振る。

「じゃあ、お母様も行ってくれば」とやえ。すっかりお母様呼びも板についている。そして肝心なドリィネの返事は、キッパリとした「ノー」だった。


 一方で、ぅと・アンド・ミズーリ。

 ぅとはシャベルで沼の中をかき混ぜ、「よいしょっ」と持ち上げた。

 べっとりとついた泥。それを草むらのところに持ってきて、顆粒の一つ一つを検査しては、水潭に戻す。

「冷たっ……何でしょうねこの粒」

 時々触ってしまい、指先が針に刺されたような感覚に襲われる、そんな丸い粒。それが、もう二十は見つかっている。大きいものは親指サイズ。小さいものは本当にチリのようなものまである。

 泥を退けると、白いものが見えた。

「多分雪の粒ねー」

 とミズーリが近づいた。彼女も粒を十数個手を皿にして持っている。

「あら、そっちもですか。でも、こんなところにあるはずはありませんよ雪の粒なんて」

「……そうねー。薬草は無さそうだし、これを持って帰りましょ」

 そう言いながら、ミズーリは常備の細い試験管にいくつか詰めた。一向に溶けない。普通の雪の粒では無さそうだ。ぅともそれを真似する。

 ちなみに、試験管。

 昔はエルフらしく(?)箱などに詰めたりしていたが、今は人間と交流もできる。使えるものは使うのが、エルフの主義だ。

 もちろん、自然を第一に考える、というのも矜恃である。


 待っている五人の元に戻ってくる。二人はそのまま、見つけたものを伝えた。白い粒。冷たい。ほかの薬草はない。

 なーんか引っかかる。

 鴉羽は色々考えていたが、特に繋がるものも思い当たらず、諦めた。

 ただ、この粒はまた後で見るんじゃないかとは予想した。



 水潭は終わって、次は念願の……恋の寺へと七人は向かった。

 くだらない会話をしていると、すぐに到着した。いかにも、寺院という感じの場所だった。少し濃い霧に覆われている。

 線香の香りだ。

 岩造りの門の前で一礼して、入っていく。

 ここだけをみると、地球とはあまり変わらない。

 静かだ。どこまで進んでも一向に人の姿はなく、場所を間違えたんじゃないか、と思っていると、遠くに人影がみえた。

 駆けつけると、そこには一人の老爺が、枯れ草の幹を束ねたような箒で石畳を掃いていた。

 老爺は七人の到来に気づくと、両手を合わせて一礼をした。

「珍しいですな」と目を細めた。長く白い髭が揺れる。

「何が珍しいのです?」

「……気にせんでいい。ただ、月兎にここまで好かれる鬼やエルフや精霊もいるものだなと思いましてな」

 一人一人を観察するように頭をゆっくりとまわした。

 鋭い。

 さすが、ただならぬ雰囲気を醸し出しているだけはある。

「今日は観光に来ました」とぅと。

「そうですかい。助かりますな」

「あの、お賽銭箱とかって……というか、お寺ってどこにあるんですか」と鴉羽が見渡す。あるものと言えば、斜めになった支柱が一本、奥に刺さっているのが目に入るだけだ。

 まさか、壊れたとか。

「はは、面白いことを言いますな。……いらっしゃるではないですか。……こちらに御本堂が」

 そう指さすのは、先程の一本の支柱。

「見える人も、見えない人もおります。無理をすることはありません。万物流転。理は無理をして見るものではないでしょう」

 つまり、鴉羽が見えないだけだ。

 少し、悔しい。

 老爺がその(鴉羽には)見えない寺院に合掌、一礼した。

 鴉羽は他の人をみた。ミズーリも眉を寄せている。見えないのだ。

 仲間がいる。……申し訳ないけど安心した。

 同じく、ドリィネも、ぅとも、えるにーにゃさえも見えないと言う。

 が、しかし。

「あ、確かにあるわね」

「「「え」」」

 カリンだった。当然のように、まっすぐ進んでいき、老爺の真似をして一礼した。

「そうですかい、どんなものが見えましたかな」

「んー、真っ白ね。柱がたーくさんあって。門が閉じていて中は見えないわ。あ、がう姉が言ってたお賽銭箱もあるわ。あと上から綱が二本ぶら下がってるわ」

「……ほう。御立派ですな……」老爺が感心したように言う。「して、そちらのお嬢は、何か見えましたかな」


 やえに声をかける。

 そういえばさっきから、彼女は静かだ。

 やえは、じっとその斜めになっている柱を凝視していた。その目はどこか、過去を見ているような気がした。


 やえは二、三歩前に出て、振り向かずにこう言った。

「────無数の死体と……マスターのが見えるわ。寺は……神殿に見えるわね」


 それに対してはさすがの老爺も開いた口が塞がらないという顔で、黙り込んでしまった。

 ふらつきながら、保護者っぽいドリィネに近づく。

「か、彼女はいったい」

「面白い子よ」

「いや、そうじゃなくて……」

 とは言ったものの客について深堀りするのもマナー違反。老爺は諦めて、「さて、せっかくですから、見てあげましょうかな」と話題を逸らした。

「やえ」と鴉羽に声掛けられ、やっとやえは「こっちに戻ってきた」。聞かない。深くは聞かない。


「じゃあまず私……」とえるにーにゃ。

 前に躍り出る。老爺の手を握る。彼は目を瞑って、はは、と声を漏らした。

「面白い。絶妙に良い因縁を重ねております。……出会いはもうじきでしょう」

「それって……いつ頃ですか?」

「『手首』には『流れ』が出ております。『胸』には『葉が降る頃』と出ております。……早くて明後年、というところでしょうな」

「……まだ先……」とえるにーにゃ。

「もうすぐじゃないですか」とぅと。


 次、ミズーリ。

「ふむ……こちらも良いですな。『首』が『待望』を強く出しています。……出会いはまだ先ですが、間違いなく来ることでしょう」

 それを聞いて鴉羽は少しほっとした。

「明日には来るでしょう」とでも出されたら、正気でいられる気がしない。もう少し、ミズーリといたい。ミズーリの未来は邪魔しない程度に、ずっと一緒にいたい。


 鴉羽は断った。カリンが最後にお願いした。

「……なるほどなるほど」

 老爺がカリンの手を握ったまま、目を瞑っている。

「……『胸』『下腹』『頭』がそろって『深み』を出しています」

「……どうですか?」とカリンが心配そうに聞く。今朝、アシュビニャを乱暴に扱ってしまって祟でも受けていないか心配なのは、心の中だけの話だ。

 だが、老爺の返事は違った。

「ふむ……お嬢、今夜にもすぐそれはそれは、深い出会いがありますな」

「「「今夜」」」

 思わず声を揃えてしまうみんな。


 そして当事者であるカリンはというと──。

 何か思い当たる節があるのか、すっかり茹で上がってしまって、お礼のお金だけ渡すと泣き叫びながら寺院から出ていってしまった。











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