三六話、廿の流転の門と、月兎の故郷

「みんな、揃ったわねー」

 ドリィネが声をかける。ドリィネが召喚した隕石に、六人が乗っている。

 上から、ぅと声をかける。

「お母様、行かないんですか」

「ちょっと呼ばれちゃったから、先に行っててちょうだい。すぐに追いつくわ。……あ、荷物はもう送ってあるわ。……行ってらっしゃい」

「「いってきまーす」」

 ドリィネに見送られて、隕石に乗ったみんなは上空へと飛んでいった。


 今日から、旅行だ。

 まだ日が出ていない。眠い。鴉羽が携帯で時間を見ると、まだ三時半もすぎていなかった。

「今のうちに寝ましょう!着くまでに一時間ほどかかりますからね」とぅとが言うので、みんなは大人しく寝ることにした。


 三十分後。

「……ぅとは寝ないの?」

「いや、その、みんながいつまでたっても寝ないので、ひとりで寝るのもなーって」

「だってぅと姉、どうやってその場所に行くか気になるんだもん!」とカリンが身を乗り出す。

「はは、見ようとしても、無駄ですよ!ほんと一瞬で景色が変わりますからね」

 そう言われたが、興奮状態のみんなは隕石の上で寝れる気がしなかった。ミズーリがリュックからお菓子を取り出してみんなに分ける。

 鴉羽も一つ受け取ると、「そういえば結局、なんちゃらの門って、どういう場所なの」とえるにーにゃに訊いた。

廿にじゅうの流転の門ね……いい所よ」

「いい所って、グルメ通りとか?」

「ん、正解!」

「どうやら、スイーツで有名な場所らしいねー」とミズーリが付け足す。雑誌を開いている。隕石のクレーターに載せて、みんなで見ることにした。

 ……暗い。

「『祝福』『先見の明』───これでいい?」

 暗くてあまり見えないねー、という話をしていると、やえが魔法を使った。隕石の周りを、淡い光が浮遊する。

「……やえ、使えるもの、増えた?」

 鴉羽が恐る恐る聞いてみた。なんだか、やえの魔法の使い勝手が良くなってきているような気がした。

「えへへ。秘密♡」

 うん、昨日間違いなく何かあったなぁ。

 だが、もう深くはきかないと鴉羽は決めていたので、ふーんとだけ言った。


 さて、明るくなったので、みんなで雑誌を覗く。

 雑誌のあちこちに付箋が貼ってある。

「あ、これ美味しそうですね!」とぅとが指さす。タルトみたいなものだ。

「あー、これ結構甘い……よ」とえるにーにゃ。どうやら昔、ひとつ丸ごと食べて、甘すぎて吐きそうになったらしい。一欠片くらいでちょうどいいそうだ。

「それなら、七人で分ければいいんですよ!」

「ちなみに、えるちゃんのおすすめは?」とミズーリ。餅は餅屋。月兎のことは、月兎だ。

 うーんとうなってから、えるにーにゃがページをめくっていく。「これしょっぱいんだよね。……あ、これご飯に合うけど……」「これ買わない方がいい」と呟いている。

 おお、月兎にしか分からない情報っぽい。こういう行き当たりばったりの旅行には、不可欠の存在だ。

 しばらくして。

「やっぱり……これとこれね」

 そう言って指さす二品。


 一つは「流転の餅」と呼ばれる特産品。そとはカリッと焼けた特上の餅で、中の具は決まっていない。というのも、その場でお願いをするらしい。これこれお願いと言えば、なんでも入れてくれるという。

 言い方を変えよう。これを売っているお店は、この世に存在するほとんどの味を揃えているのだ。ない場合は、調味してくれるそうだ。

 さらにさらに。面白さだけではない。餅と具が、異様に合うという。異様という言葉を用いるほど、その餅は「具材にモテまくり」だそうで、ここで「お前、流転の餅だな」と言われたら、「お前モテてんな」という意味に等しいそうだ。

 確かに、何にでも合う餅って、人で言えばハーレムをつくりそうなイメージがある。……チャラそう。


 そしてもう一つは「なんかの祭り」というもの。それを見た時、さすがの鴉羽も「は?」と言ってしまった。なんかってなに?祭り?食べ物なの?

 どうやら、しっかりとした食べ物だそうだ。メインディッシュに近いもので、値段もまあまあ高い。写真に映っているのはてんこ盛りのご飯だが、えるにーにゃ曰く、本物はこんなに大きくない。写真が古い。……らしい。

 白いご飯に、甘いタレをかけて食べるという。餡かけみたいな認識だろう。タレは自分でかけ、その後に見たい景色やら何やらを思い浮かべると、ご飯を左右に開いたときに中の空洞からその思い浮かべたものがたまに見えるという。

 見えた人はその日はラッキーだ。

 見た目の割に真ん中の空洞が大きいので(どうやって空洞を作っているのかは謎だ)量はそこまで多くなく、ちょっとした占いもできることから、月兎の女の子の層に人気らしい。


「……えるにーにゃ詳しいね。当たり前なのかもしれないけど」鴉羽が感想を述べる。

 今までにないくらいに、今のえるにーにゃはよく喋る。

「そうね……私、ツテがあるから」と彼女は言って、照れ隠しをするように両手を頬に当てた。

 ……訳ありかあ。


 と、その時。

「みんな、……そろそろだよ」

「……え、まだ日本……きゃあっ、なにこれ!?」

 突然、周りが霧に覆われた。

 みんなが騒ぐ。

 そして、しばらく霧の中を進んだ後、再度視界が開くと。


 そこは、すでに月兎の都だった。


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