三五話、出かけの前日と、各々の準備
ーー鴉羽sideーー
やえと一揉めあってから、一日。旅行の前日だ。
今、鴉羽は自分の部屋の中にいる。
昨日の夜、ふと目を覚ますと頭上にものすごく高い天井が見えた。驚いて起き上がると、そこは知らない場所だった。
「ここは……」と独り言を言っていると、傍から「ここは、曉様とドリィネ様───ぅと様、えるにーにゃ様のご両親の御屋敷です」との声がしてその方向を向いた。
看病人役の、召使いのような女性が一人、正座をしている。
「鴉羽様、お体の調子はいかがでしょうか」
「……その様っていう呼びは慣れないけど……はい、平気です」
「良かったです」と微笑む女性。
「私、えるにーにゃ様とぅと様が慌ててお屋敷にお入りなさったので、何事かと心配してしまいました。特に重症はなく、軽い中毒症状だそうです。寝ていれば治るとぅと様が仰っていましたので、鴉羽様も安静になさってください」
感謝を述べようとしたが、思った以上に強い眠気に襲われて、気づけば朝だった。そしてそのままえるにーにゃたちの屋敷で軽く朝食を取って、家に戻ってきたわけだ。
「……昨日のは、何だったんだろう」
考えれば考えるほど、不思議な出来事だった。やえの一つ一つの仕草が、鴉羽にとっては「初めて」であった。こんなやえが、今まであっただろうか。
だが、深くはもう、尋ねないと鴉羽は心に決めていた。
あそこまで泣くとなると、相当触れてほしくないのかもしれない。だから、それ以上は踏み込まない。
できるだけ、その話題は避けておはなしする。
「そういうの苦手だわぁ……」
荷物をトランクに詰め込みながら、鴉羽は大きなため息をついた。
とりあえず、今は、夏を楽しむことにした。
ーーミズーリsideーー
「お姉ちゃん、まだゴロゴロしてるの?片付けは?」
カリン──ミズーリの妹が仁王立ちして、転がるミズーリを見下ろした。
「大丈夫ーすぐ片付けるー」
「もう明日だよ!?旅行!」
「カリンは終わったのー?」
「とっくに終わったわ。だから手伝いにきたのよ」
得意げに鼻を鳴らすカリン。ミズーリが親指を立てる。視線は雑誌に吸い込まれたままだ。
「よぉし、まっかせたー」
「はぁ!?何言ってるの。お姉ちゃんの用意だよ?……もうっ、雑誌没収!!」
「あーぁー」
雑誌を取り上げるカリン。何呼んでるの……と見る。開いたページに、大きな地図が描かれていて、あちこちに吹き出しと、グルメの絵と説明があった。
ミズーリは、観光する場所を探していたのだ。
表紙を見ると、「廿の流転の門“本格派”グルメ巡り!女子旅はこの一冊にぎゅっ♡」と書かれている。
……。
そうなると文句は言えないが、どう考えても……。
「まずは片付けよ!片付け」
「えー」
「終わってから、一緒に見てあげてもいいわ」カリンはその雑誌を閉じて、机に置いた。
妹にこう言われては、仕方ない。
……片付けるかぁ。
のんびりと立ち上がったミズーリは、カリンの頭に手を載せた。それに対しては、満更でもない様子をみせるカリン。
「じゃ、やろっか」
「……やっと動き出したよこの姉」
「あっ、そういえばさっきカリンが好きそうな……」
その後、なんやかんやで雑誌の話に戻り、お風呂に入ったり、晩御飯を食べたりと色々ミズーリに振り回され。
カリンは夜の十時くらいに、結局片付けをしていないことに気がつき、ミズーリは再び妹のお説教を受けたという。
ーーやえsideーー
「鴉羽、鴉羽、鴉羽……」
鴉羽を守れた。
ぅと達の屋敷で完全治療を受け、元気になって帰ったやえは、完全に興奮状態だった。
壊れて、ほとんど原型を留めていない神殿の柱。その根元の土台に、やえはナイフで一本、傷跡をつけた。
これで一回目。
もっと。もっと。
もっと、守りたい。
「……ふふ。……あ、片付け」
ふと我に返って、やえは立ち上がって、奥に向かった。
そこには、大きな女神像が立っていた。頭は欠けて、左腕ももぎ取れて、ひび割れた床に転がっている。
この壊れた神殿こそが、やえの家なのだ。
やえはその女神像の前で正座をした。目を瞑って、祈る。
「……」
明日、用意するもの。何が、いるんでしょうか。
「……」
女神像が、答えるはずもない。
代わりに、脳内に声が響いた。
『随分ト、イイ加減ナ使イ方ヲシマシタネ、ヤエ』
祈りを続けるやえ。
申し訳ありません。ただ、初めてこんな、楽しみなことがあったもので。つい。
『コノ間、部活ノコンクールデ賞ヲ得タ時モ嬉シソウデシタガ』
もちろん。嬉しいです。
ですが、今回は、特別です。
『ソレハ、十分ニ感ジマシタ。イイ友が出来マシタネ。褒美トシテ祝福ノ“質”、上ゲテサシアゲマショウ』
ありがとうございます。
やえが微笑む。するとやえの体がぼうと光った。
『感ジマスカ』
ええ。温かいものを、感じます。
女神さま、ありがとうございます。「祝福」致します。
『明日ハ天気ガヨイデス。ヤエ、衣服は多メニ持ッテイクトイイデショウ。カノ所ハ、霧ガ立チマスノデ』
女神さま。そこにいかれたこと、あるんですか。
『万単位デ、昔ノハナシデス。ガ、目ヲ閉ジレバ見エテクルモノデス』
そうですか。
では、ありがたくお言葉の通りに、服は多めに用意します。……その、と言っても服は恵んでいただいたものばかりです。その数も多くありません。
女神さまに「祝福」する身、多くを求めません。ですが、せっかく……。
『目ヲアケテゴ覧ナサイ』
その通りに目を開けるやえ。彼女は自分が、ファッション誌に載っているような、可愛い服を着ていることに気がついた。
その場でヒラヒラ舞ってみる。両手を合わせて、祈る。
いいのですか。
いただいてしまって。
『褒美トイタシマショウ。中身ハ変ワッテイマセン。祝福ガアル限リ、ヤエハ願ウコトガデキマショウ。……タダシ、今回ダケデスヨ』
はい。多くを求めません。
女神さま、ありがとうございます。
どうか僕の祝福を、お召し上がりください。
『……今日ハ早ク寝ルベキデスヨ』
その通りにいたします。
『ヤエ』
はい。
『コノ一生ハ、楽シカッタデスカ』
……ええ。いい友達も出来ましたし、楽しかったです。
もう少し、頑張ります。
鴉羽のためです。
『大丈夫デス。既ニ、“糸”ガミエマス。ツナガリハ変ワッテイマセン。次モ、同ジ場所ニナルデショウ』
わかりました。
ありがとうございます。
今日は、早めに寝ます。
女神さまも、おやすみなさい。
そして、最後の祝福をどうぞ。
ーーぅと、えるにーにゃsideーー
「……ぅと君……しよ♡?」
「今日はもう寝ますよ」
「その、月明かりがあると、身体がムズムズして」
「明日早いんですよ?」
「明日おねしょしてたら許してね」
「やめてくださいね。私は庇いませんよ」
「はぁ……♡お願い……身体が……我慢できない」
「アレ、結構体力いるの知ってます?」
「……じゃあっ、少しだけ……♡」
えるにーにゃが、ぅとの上に乗る。こうなったえるにーにゃは面倒くさい。ぅとは仕方ないですね、と頭を搔いた。
「わかりました。ほんと少しだけですからね」
と言って、えるにーにゃを払い除けて、部屋を出た。二三分して、戻ってくる。手には、小瓶を握っていた。
障子を開けると、えるにーにゃは既に用意ができていた。和服を脱ぎ、艶やかな肌をみせる。さりげない月明かりが一層、その美しさを引き立てた。
「……じゃあ、早く寝てください」
その通りにする。
ぅとは小瓶の蓋を開けると、えるにーにゃの体にそれを傾けた。中から透明の液体が流れ出て、えるにーにゃの腰に水溜まりを作る。
「上半身だけですからね」
「下半身は」
「それ以上文句言ったらやめます」
そう宣言して、両手で液体をえるにーにゃの身体に満遍なく広げていく。「……♡」とえるにーにゃが嬉しそうにしている。
背骨に沿って、指を当てる。
少しずつ、ゆっくりとえるにーにゃの身体を解す。
マッサージである。
えるにーにゃは事ある毎に、ぅとにマッサージを求める。そしてその欲求は、満たしてあげないかぎり収まらない。
ぅとにはその気持ちよさは分からなかったが、そのことをドリィネ──お母様に聞いてみた所、「あの子は特殊なのよ」と返された。
……そっかぁ。
「はい、終わりです」
「いつもより短い……」
「次文句言ったら……」
「おやすみなさーい」裸のまま、寝ようとするえるにーにゃ。ぅとは「ほんと世話の焼ける」とため息をついて、服を着せるのだった。
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