三一話、夏休みの開始と、宿題の雪崩

 夏休みが始まった。

 その前日の全校集会のあとで、鴉羽は校長先生に呼ばれた。

 話があるといわれ、校長室に向かうと、そこには既にクラス委員長シルノイア副委員長カルノがいた。

 呼ばれた割には内容はシンプルで、夏休みは楽しめ、ダンジョンは気にするな、あとは君たちのクラスがやることだ、などということだった。

 ダンジョンのことは、元々あまり気にする気はなかった。そもそも気にしたところで、鴉羽は自分が何が出来ると思えなかった。ただ、いきなりもし、学園祭で自分のクラスだけがダンジョンを使うとなったら、ほかのクラスに怪しまれるのでは無いか、とは思っていた。そのことを相談してみたら、校長先生に「気にする事はない」と言われた。

 まず、ダンジョンは先に伝えておく。学校施設として公開するらしい。

 かつ、今回は別のクラス───鴉羽のクラスと同様、遠足の意見が出なかったところと組むことになったらしい。全三クラスの合同イベント。そうなると、あのダンジョンを独占するのも納得がいきやすい。

 さらに、学園祭で使用可能な施設を増やし、同意案件も増やす。そう、注目の浴びる量を減らす作戦なのだ。


 鴉羽が校長室から出ると、そこに攻角‪✕‬受川兄妹がいた。なんでも、夏休みの海遊びの誘いらしい。赤鬼も、黒鬼も、子供は気にしない……だそうだ。

 鴉羽もそこまで気にしていない。プライドがあるだけだ。だから受けても良かったが、ミズーリ達との約束もある。宿題もある。だから、申し訳ないと思っていながらも断った。すると受川が泣き崩れて、イチャイチャしたかったぁ……と駄々をこねはじめ、攻角がその後ろ襟をつままれて廊下の向こう側に連れていかれた。

 途中で振り返った攻角は何か言いたげな様子だったが、口をつぐんで、結局打ち明けてくれなかった。何だったんだろう。


 そして色んなことがあって、その次の日。冒頭に戻るが、今日から夏休みだ。

 とりあえず、宿題でもやろう。終わらせればあとは遊ぶだけだ。今年は暴れたい。


 そんなことを考えてやる気になった鴉羽は、宿題一覧をみた。


 ・よくでる単語帳(CHAPTER12〜20)(夏休み後最初の授業で小テスト)

 ・ワークブック(化学)、ワークブック(物理)、ワークブック(生物)ーー全ページ(「難」の部分はやれる人だけで大丈夫です)

 ・小説を読もう!

 ・保険の教科書を見ておくように!あと、運動をしましょう!

 ・自分が気になった事象を調べ、原稿用紙四枚以上でまとめる。(最初の授業の頭で回収。右上をステープラー(※)でまとめておくように)


 云々。

 だいたいは、問題なさそうだった。ワークブック系は、入学時に配られたもの。人によっては既に全部解き終わった人もいる。鴉羽もあと少しで終わる。

 そうなると一番問題なのは───。


「事象、どうしようかな……」

 ダンジョン?さすがに書けない。

 原稿用紙四枚は、現実的じゃない。

 では、あえて、エルフとか……?身近に二人もいるし。でも、何を書けばいいか分からない。

 悩んでいると、ミズーリの声が蘇ってきた。

 ミズーリの幼少期、突然現れた竪穴に落ち、そこで大男と出会っている。

 その大男に、言われたこと。

「お前は、転生者を信じるか」


 それを聞いて、鴉羽は改めて不思議に思った。


 大蛇を信じるか。

 転生者を信じるか。

 俺を信じるか。


 最後の「信じる」だけは、意味が違う。では逆に、全部最後の「信じる」の意味に合わせるとしたら?


 大蛇(の話)を信じるか。

 転生者(の話)を信じるか。

 俺(の話)を信じるか。


「……転生者。よし、面白そうだし、これにしよ」

 大蛇は、嫌な予感がしたから、やめた。その大男は出会える気がしなかったので、調べるも何も無い。そうなると、調べられる人はただ一人───そう、転生者だった。


 これがどう転がるかは分からない。

 が、自分がそこまでたくさんのことを調べられる気がしない。クラスのみんなが、各々のことを調べる。そこまで悪目立ちすることは無いはず。

 それに、鴉羽はなにかの引っかかりを感じていた。

 入学してから今まで、色んなことがありすぎだ。


 全ては突然の、やえとの出会いから始まった。

 その後、校長先生の計画に参加することになる。未だにその正体を知らない。

 その後、ミズーリから聞く、竪穴の存在。

 転生者の存在。

 そしてこの間の、森での襲撃。

 打ち明けられる、校長先生の息子の悪事の噂。

 ぅとと、えるにーにゃという異質な存在。超大型財閥や会社の介入────。


 鴉羽は、脳内のピースの組み合わさっていくのを感じた。

 だが、なんだか大きな、いや、大きすぎるピースが───どこか抜けているような気がした。



 とりあえず、図書館に行ってみた。

 今日は、自分の家からの出発だからそこまで遠くない。ミズーリが忙しいから、邪魔する訳には行かなかったのだ。なにで「忙しい」のか、少し聞きたいような、聞きたくないような……。

 鴉羽は家から出た。出際に、家の中から母親の声がした。

「がうー、早めに戻ってきてねー」

「ん」

「聞こえてるー?宿題まだあるんでしょー?」

「わかってるってば!」

 ────ガチャリ。

(その宿題とやらのために出かけるんだけどなぁ)

 どう考えても、母親よりも、ミズーリの方が自分のことをわかってくれているような気がした。親の心子知らずというものである。

「ほんとよくわかんないんだから、マミーは」

 ちょっと不機嫌になりながら、大股で図書館へと向かっていく。夏休み初日なのに、モヤモヤする。


 そしてたどり着く。

 あまり大きいところでは無いが、コンビニがそばにあったり、駅から近かったりとなかなかの良物件で、鴉羽は昔からよく利用してきた。

 入ると、視界いっぱいに本棚が整列している。奥の、あまり行ったことのないスペースへと向かった。赤い表紙の過去問の類を抜けて、そのまた奥だ。

 そう、ここ。のれんをくぐった、中。

 ────「大人向け雑誌」。

 ……。

「ち、ちがう!ここじゃない!」並ぶ本のタイトルを見て、少し赤くなる鴉羽。ちょっと、場所を間違えてしまった。

 そう、その、右のスペースだ。別にああいう雑誌を見に来たわけじゃないんだから。

「……あった」

 ────「怪奇現象」。

 これだ。

 意外と、色んな本がある。

「エルフママ向け!エルフの赤ちゃんは育てるのが大変?」(これは育児だよね?)

「種族別処刑の歴史」(重いなぁ。)

「精霊の檻」(……?)


 探してみると、しばらくして欲しい本が見つかった。


「『転生者、ここに記す』……。これだ」

 とりあえず、借りることにした。家に帰る。母親が昼食の用意をしていた。卵をたっぷり使っているときの、いい匂いが部屋に充満して、勉強する気になれない。

 ワークブックはあとでもできるので、とりあえず借りた本を読む。


「転生者、ここに記す」。

 表紙が剥がれかけた、いかにも俺すごいアピールをしてきている本だ。

 めくってみると、だいぶ古い本のようで、虫食いもいくつか見られた。この古本の匂い。これは、アタリかな?

「まず、この本について。これは筆者が自己出版で出したものである。……(中略)……私は死なない。死にたくても、死ねないのだ。なにせ、私は転生者なのだから。老いても、仲間が居なくなっても、ただ私だけがここにいる。今は、立派に仕事をしている。最近は、楽しいと思えるようになった。……(中略)……だが、ある日、私は家族の悪事に気づいてしまった。止めたくても、私には人を動かす力は無い。私は、テイマーだ。転生してきて、ほかの人よりちょっとだけ強くなれた『万能テイマー』だ。しかしそれだけだ。私に何も求めるな。私の家族は人を殺している。しかも、嬉しそうに笑いながら報告しに来た。私は、何も出来なかった……二章、ことの始まり、私は転生した。前世は……」


 ……。

 ───パタン。

 鴉羽は本を閉じた。

 んー。

 あー。

 これは、ちょっと、なんというか。

 小説だよね?だよね?


 んー。

 ちょっと、主題変えようかな。

 これは、関わっていいものじゃない気がした。


 鴉羽がそんなことを考えながら、顔を枕に沈めてベッドに寝っ転がっていると、部屋の外から「ご飯よー」という声が聞こえた。

「はーい」と返事をして、そそくさと部屋から出ていった。

 出ていく前に、鴉羽は机に置かれた「転生者、ここに記す」を見た。


 ───今日のうちに……返してしまおう。






※ホッチキスのことです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る