三〇話、夏休みの計画と、月兎の母親

「カリン!?」とミズーリが驚く。

「お母様!?」とぅとが驚く。


 食卓のそばに、小学生くらいの女の子が一人と、胸が大きくて雰囲気が爽やかな女性がやってくる。


 女の子の方は知っている。

 この間十歳になった、ミズーリの実の妹、カリン。二つ結びがよく似合う、元気な子だ。

 今日は薄色の肩出しTシャツにストライプ柄の長スカートと、女の子らしい服装をしている。

 鴉羽のそばにやってくると、嬉しそうに「がう姉」と呼んだ。「みんなの前だよ……」と顔を逸らす鴉羽。実は結構、慕ってくれるのは嬉しかったりする。

 昔からよく遊んであげていたので、いつの間にか好感を持たれていた。ミズーリが「そのスリッパ、鴉羽ちゃんの予備のもの……」と言うと、カリンは「がう姉が許してくれるからいいもーん!」と鴉羽をみた。

 ……いや、私を見ないでよ。

 お姉ちゃんに聞いてよ、と思う鴉羽であった。


 一方で大人の女性のほう。

 ボタンフロントのデニムスカートに、爽やか白の袖が開くTシャツ。シンプルな格好なのに、どこか上品さが滲み出ている。

 それもそのはず、彼女はぅととえるにーにゃの母だ。正確にはえるにーにゃの生みの親なので、彼女も「月兎」である。

 前に聞かされたが、彼女はどこかの大神殿の最高官職に当たっているらしい。つまり、実質トップだ。能力もあり、才能もある。ついでに美貌もある。

 完璧人間とはこのことだ。……人間では無いが。

 唯一残念なところと言えば、ぅととえるにーにゃを見ると二人の真ん中に立って、「ちゅー♡」と娘たちにキスを求めるほど、少し親バカなところだろうか。

 それに対してぅとは「お母様、見られてますよ」と慌てたが、えるにーにゃは構わず頬にキスしてあげた。

 微笑ましい。


 さて、突然やって来た二人。

 ミズーリがわけを尋ねると、「たまたまそこで逢った」と返ってきた。「ねー」と意気投合するカリンとぅとの母。なんだか、ここも親子に見えてきた。

 ちょうどいいので、ミズーリが今まで話し合ってきたことを打ち明けると、カリンが「お姉ちゃんバカね、あたしを呼べば一発で解決なのに」と胸を自慢げに叩き、母親は「あらあら、楽しそうねぇ」と左の掌を顔に当てた。


「そのー、そういえばなんて呼べばいいんですか?お母様?お名前は……」

 ミズーリが聞く。確かに、教えて貰っていない。ぅともえるにーにゃも基本的に「お母様」としか言わないので、名前を聞くのは初めてだ。

「私はドリィネ。これからもよろしくね。……ふふ、そちらは、左から鴉羽ちゃん、ミズーリちゃん、やえちゃん、で合ってるかしら」

「合ってます」と頷く三人。「家でいつも名前が上がるのよー」と打ち明けてくれた。こう話していると、普通の家族の、普通の母親にも見える。

 ドリィネが続ける。

「あと、べつにさん付けはいらないわ。お姉ちゃんでもいいし、ママでもいいわ」

「お母様でも?」やえが質問する。すごい、コミュ強というものを感じる。「ふふ、それでもいいわ、面白い子ね」と笑うドリィネ。

 優しそうな人で良かった。

 というか、お母様でもいいんだ。いつも呼ばれ慣れているから、一人くらい増えても、ということだろうか。

「じゃあ、お母様、月に行ってみたい」早速願望を打ち出すやえ。驚きつつも、「そうね」と考えるドリィネ。後ろのお団子が揺れる。

 ついでに記しておく。

 ドリィネは、紫がかった薄い銀色の髪で、えるにーにゃのおカッパヘアーをセミロング寄りにした感じで、後ろでふんわりとお団子が作られている。

 ぅととえるにーにゃを混ぜたような髪型と言えばいいだろうか。そもそも、本人もそれを意識しているのかもしれない。

「んー、月ってことは、月の都よね。何番の門がいいの?」

「なんですかそれ」とぅと。ぅとですら、初耳だったようだ。えるにーにゃが少し考えてから答えた。

「んー、十八の水の門、とかでいいんじゃないんですか……?よく私達も行きますし」

「でもあそこってただの市場よ?行くならバンッとドカーンとやりたいわよね」

 やえが鴉羽をみる。鴉羽が頭を振る。

 ……もう、何が何だか。

 専門用語っぽい会話が、飛び交う。「バーン」「ドカーン」が専門用語かは置いておいて。


 しばらくして会話が落ち着き、どうやら親子で意見が一致したようで、二人で口を合わせて「廿にじゅうの流転の門」と言った。

 はい、ごめんなさい、さっぱり分からないです。

「それは、ちなみに何ですか?」鴉羽が一応聞いておく。

「それは、着いてからのお楽しみよ♪」とドリィネがウィンクする。美しいウィンクだけど、そうじゃない。

「でも、持ち物の用意もしたいし。そもそも、空飛べないし」

「安心しなさい。持ち物は体があればいいわ。あと、あそこは隕石でしか行けないのよ」

「お母様、私……操縦できません」えるにーにゃが素直に弱々しく言う。すると彼女はえるにーにゃの頭を撫でながら、「気にしないで。これからよ、これから。……あと、」


「私が、操縦するわ」

 それはどうなんだろうか。

 えるにーにゃの前の自信と結果を見合わせて、ドリィネをみる。親子合わせてポンコツ……は、ないかあ。


 ちなみにそんなわいわい賑やかなみんなをみて、カリンは拗ねてしまい、一週間弱ミズーリと口をきかなかったそうだ。


 ついでに、その後ドリィネが召喚した隕石にちょっとだけ乗ってみたが、鴉羽はこれはすごいと思った。

 まず、召喚が丁寧。ゆっくりと着地して、霧を立てる。動作の一つ一つが、おもてなしのそれを感じる。

 そして、大きい。全員乗っても、余裕が持てる。

 さらに運転が安定している。不安だったミズーリと鴉羽も、これだったなんとか、と胸を撫で下ろした。

 そんなすごい母親をみてえるにーにゃはひたすらに「お母様すごい……かっこいい!」と叫んでいた。


 結果、一メンバーが増えて、保護者もついて、一週間旅行のスケジュールは立て終わった。

 やえが特に忙しく、バイトも後半にあるそうだ。……バイトもやってたんだ。

 だから、最初のとおり、夏休み中盤の一週間はみんな予定を開けることにして、前半の三日は月の都、真ん中の一日は調整日、後半の三日は海に行くことになった。






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