二九話、夏休みの計画と、各々の想い

 その後、ミズーリが恐怖から「帰ってきて」、せっかくなので五人で食卓を囲むことにした。実は何気に、これが初である。


「それで、だいぶ話がそれたけどー、えるちゃんの月の都でいい?」ミズーリがサラダを取りわける。

 本当はここで大盤振る舞いしたかったらしいが、ぅとに「質素でいいわ、夏休みも沢山食べるでしょうし、太るわよ!」と釘を刺されてその通りにした。

 エルフは太りにくいんじゃないのかって?

 それは、太っていないエルフばかりが人間の雑誌に乗るからではなかろうか。

「月はいいけど、それだと、えるにーにゃは楽しめないんじゃないの?いつも行ってるだろうし」

「いえ、普段はお父様と一緒にいるので、……私も五、六年振り」

 それなら、鴉羽たちは旅行として、えるにーにゃは実家に帰る感じでもいいかもしれない。

 ただ問題は残る。

「結局、どうやって月に行くの?」

「……」誰も返事しない。えるにーにゃもさすがに懲りたのか、「隕石!」とは言わずに鴉羽とミズーリから目を逸らしている。

「……じゃあ、海と山、半分ずついけば?」鴉羽が提案する。

 それに対しては「ごめん、僕、そんな体力ないわ」とやえが手を挙げた。精霊って体力って概念あるの?と聞きたくなった鴉羽だが、やめておいた。

「うちもかなー。あと、どっちも行くのは時間もお金もきついわよ」とミズーリがやえに賛成する。

 みんな、結局はどこに行きたいのかということはなく、ただなんか、遊びたいなー、という感じだった。目的もなく散策するのは、何かと難しい。場合によっては夏休みが、何も出来ずに終わってしまう可能性だってある。

 計画は大事だ。

「私が、お父様に使えるビーチあるかなど、聞いておきましょっか?お金の面は一旦考えなくて済むでしょう。やりたいことができなかったら、無料でも嫌です!」

 キッパリと意見を述べるぅと。それは、間違いなくそうだ。とりあえず、やりたいことを書き出すことにした。

 が、それが意外と上手くいかないもので、

 ・かき氷

 ・夏っぽいもの

 ……で、止まってしまった。


 あ、そういえば、と思い出す鴉羽。前に、ミズーリにやりたいことをまとめてもらった覚えがある。それを見ればいい案も出るんじゃ……と思ったけど。

(恥ずかしい……みんなの前でそれを言うのはなんか気が引ける……)

 と、鴉羽は頭を抱えて悶え始めた。それを見て「どうしたのです?」とぅとが訊いて来るので、「いい案がゴニョゴニョ……いっぱいあるはずなんだけどゴニョゴニョ……」と誤魔化した。


 言いたい。

 言いたいけど、言いづらい。

 うぅ……素直になれ、私ぃ……。


 ミズーリはしばらく鴉羽の動きを見つめていたが、あー、なるほどねー、と勝手に何かを納得してくれた。

「いい案があったあった。うちからの提案なんだけど……」

 そういって、適当に裏紙を取ってきて、なにかを箇条書きし始めた。


 ・海辺で五人でバーベキューしてみたい。お肉多めがいい。

 ・みんなでしっかりとしたパジャマパーティがしたい。しゃべり明かしてみたい。

 ・きせかえ遊びがしたい。

 ・山行くなら温泉に行って、背中洗いっこしたい。

 ・不思議な場所に行きたい。

 ・みんなで手を繋いで歩きたい。


 云々。

 それを見てやえが「なになに」と笑う。

「なんで全部語尾が『したい』なのです?あとすんごく可愛い提案ばっかりなんですけどー!」とぅとが感心する。

 いざ書き出されると恥ずかしい。鴉羽が、むぅと頬を膨らませてミズーリの腰をつんつんと突っついた。

 ミズーリがウィンクしてくる。

 ……違う、そうじゃない。

 自分が言えずにいたのを、うちの意見と言って助けてくれたのはわかるが、せめて書き方どうにかならなかったのかな。

『それじゃ、私の案だってバレバレよ』と耳元に囁くと、ミズーリがほっぺを指でふにっと押してきた。

『大丈夫大丈夫。あと、こうでもしないとうち、忘れちゃうから』

 鴉羽が言ったことを、頑張って全部覚えてくれていたのだ。これ全部覚えるの大変だったんだろうなー、私も抑えておけば……などと鴉羽は考えていた。

 一方。

(鴉羽ちゃんがやりたいこと、うち、叶えてあげられるかな)

 ミズーリにとって、鴉羽のやりたいことこそが、自分がやりたいことなのだ。そんなミズーリの心の内を、鴉羽は知らない。




 ちなみに鴉羽とミズーリの耳打ちやら交わす想いやらを見て、やえが少し妬いていたことには誰も気づいていない。

(僕も参加したいけど……場違いよね)

 普段はハキハキしたやえ。思ったことはだいたい口に出してしまうタイプ。それで、吹奏楽部の部員と揉めたこともあった。

 だが、実は最近、鴉羽のこととなると、素直に言えない。鴉羽へのお誘いとなると、素直に打ち明けられない。

 相棒になった。

 マスターは今までもいたけど、あの人はもうきっと来ないから、今一番親密な関係にあるのが、鴉羽という存在。

 でも、相棒って、自力で何かをしなきゃ行けないのよね。僕は鴉羽に頼ってみたい。逆に、鴉羽にも全力で頼られたい。

 様子を見ると、ぅととえるにーにゃは気づいていないかもしれないけど、この箇条書はたぶん鴉羽のやりたいことなんだと思う。そしてミズーリはその一つ一つを、心の糸で紡ぐように書き下ろしていく。

 それが、その全てが、やえは羨ましかった。



 そしてまたまた一方で、ぅと。

 多分これ、鴉羽の意見なんだろうな、と思っていた。何よりもこの、心の中が金平糖みたいなキラキラした夢でいっぱいなのに、瓶の口が小さくて少しずつしか吐露できないもどかしさ。

 鴉羽ってかわいいな、と思った。

 がまんして、がまんして、こらえて、こらえて。それから、その欲求不満で膨らんだ巾着袋の緒を、誰かの優しい「接吻」で解いてもらう。

 鴉羽がそこに快感を覚えているかは分からないけど、ダレカを求めたくなる気持ちはわかる。自分だって、寂しくなった時は愛するお父様に求めてきた。

 ミズーリは立派な姉だ。実際に鴉羽とこうやって隣合って座っているのを見ると、一層仲良し姉妹にみえる。

 ……私って、えるにーにゃと、イイ姉妹になれているのかな。こういうのは内側からでは分からない。誰かが、それこそお父様や、お母様に「仲良しね」って言われてみたいかもしれない。

 よし。

 ぅとはミズーリの箇条書を見つめながら、この夏は、えるにーにゃに「ぅと君大好き」って言って貰えるように頑張ろう、と心に決めた。

 えるにーにゃはよく、自分にあれこれ求める。私も別に嫌では無いから、その願いを叶えてあげる。夜のアレコレの事を一緒にしよ?とか、がうがうに満足して欲しいから運転の練習つきあって?とか。

 でも、好きって言ってくれない。

 お父様には、お前は十分、えるにーにゃに好かれていると言われているけど、違う。

 言わないでとっておかれるより、嘘でもいいから、一言言って欲しい。

 ────私だって、巾着袋がいっぱいになりそうなんだから。




 さて、残りはえるにーにゃだが、彼女は特に何も考えていなかった。おそらくこの場で唯一、あの箇条書をみて「ミズりんって可愛い発想するね……」と感想を漏らしていた人だ。

 お金も、愛も特に困ってこなかったえるにーにゃは、友達があまりいなかった。

 ぅとという存在はもう実の妹と言っても過言では無いから、友達とはだいぶ違う。ぅとは自分をあまり求めてこない。だから自分から求めに行くのだ。

 だがこうやって、今は五人で集まれている。もう、おなかいっぱい。厚かましいかもしれないけど、願わくば、もっと友達ができますように。

 そう思いながらえるにーにゃが立ち上がって、「もう全部、やっちゃおー!」と言うと、残りの四人は各々の思いをそっと心に結びつけて、それに賛成してくれた。



 そんな時、タイミングよく誰かが二階にやってきた。

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