学園祭──中、休暇編

二八話、夏休みの計画と、乗り物酔い

 すっかり夏だ。

 正確にはまだ、夏には入っていないらしいが、森の中の塔の、二階まで伝わってくるこの暑さ。アピールは十分だ。

 ミズーリの家に、五人が集まっている。

 五人とは、鴉羽、ミズーリ、やえ、ぅと、えるにーにゃのことだ。


 夏休みは目前。特に控えている用事もない。やえの追追追追試も終わった。あとは休みを待つだけだ。

 夏休み後に体育祭、続いて定期テストを挟むから、毎日遊び暮れるということはできないが、計画して一週間くらいの旅行に行ってもいいかもしれない。

 そこで、せっかく五人になったんだから、やることのバリエーションを増やしたい、という鴉羽の意見が出たので、それに合わせて彼女らはお互いのスケジュール表を見合った。


 ……と言っても見合っているのはぅととミズーリとやえ。

 鴉羽はスケジュール帳を持っていないし、書く習慣もない。暇なのでそばで話を聞いている。

 えるにーにゃに至ってはスケジュール丸ごとぅとに任せっきりだ。同じく暇なので、ぅとのお団子を解いては結び直してあそんでいた。

「まあまずー、定番所で行くと海か、山か、だけど」ミズーリが選択肢を絞る。まとめ係がいるのはありがたい。

 行けるとして、夏休みの中旬らへん。お互い、用事があったり、実家に帰ったりと忙しい。やえにおいては部活がある。ちなみにぅととえるにーにゃは完全に家庭教師をお願いしているので、そこの調整はできるらしい。とはいえ他県に赴いて挨拶するので、暇は少ないという。お嬢様だ……。


 いや、それよりも……。

「やえって部活にいってるの!?」


 やえが「部活あるしなぁ、こことここ」と言って、当然のようにスルーしていくみんな。だが、鴉羽にとっては驚きの新情報だった。

 あの、やえが……!?

 部活!?

 摩訶不思議、とやえの顔を鴉羽が覗いていると、やえに「なによ」と睨まれた。

「なんか失礼なこと考えてるわね」

「イエ、トンデモナイデス」となぜか敬語で返す鴉羽。

「これでも部長やってるんだからね、僕」

「部長!?……何部!?」

「吹奏楽部よ」

「……楽器は何やってるの?」

「フルートね」

 意外な情報が重なっていく。ただ、フルートを吹くやえの姿はだいたいイメージがつくので、理解はできた。

 そっか、フルートか。

 鴉羽は特に楽器を習ってこなかった。

 そもそも楽器と触れ合う機会もそこまでなかった。あって、祭りの太鼓くらいだろうか。前、ミズーリのオカリナを借りて吹いたことがあったが、いい音は出なかった。ミズーリは笑って「鴉羽ちゃんらしい音ー」って褒めてくれたが、違う、そうじゃない。そういうのって普通、自分らしさとかは出てこないものだ。


「とにかく、海か山かで決めましょー。じゃあ、海派のひとー。……山派のひとー」

 結果。

 海派───鴉羽、やえ。

 山派───ぅと、えるにーにゃ(ぅとをみて手を挙げた)。

 同点だ。

 みんながミズーリをみる。

「お姉ちゃんは、何がいいの?海よね?行く機会ないし」鴉羽が乗り出す。

「いやいや、山がいい……ぅと君の汗だくが……見たいから♡」とえるにーにゃが乗り出すが、それには、ぅとを含め四人とも「それはない」と追い返した。

 ミズーリが答える。

「うちはねー、空がいいかな」


「「「空……!?」」」

 突然の意味不明な回答にみんなが聞き返す。

 空?

 空って行けるものなの?

 そもそも空って何かあった?

 地べたを踏んで生きてきた鴉羽にとっては、初めて聞いた選択肢だった。それは他の人にとってもそうで、精霊であるやえも目をぱちくりさせている。

 唯一例外がいた。


 えるにーにゃがにゅふふと笑う。

「ミズりん……お目が高い!」と親指立ててミズーリを褒める。ミズりんって呼んでるんだ……。

 そういえば、えるにーにゃと出会ったばかりのころ、「『がうがう』と呼んでもいいですか」と聞かれたな。


 忘れていたが、えるにーにゃは月兎である。月とついているくらいなのだから、空関連のスペックは高いのだろう。

 話によると、空の飛び方を一つ変えるだけで、別の次元に行けるらしい。

 えるにーにゃが指す「ふるさと」の月には、月兎の都があり、街があり、普通に過ごしている人がいるそうだ。基本的に地球と関わりがないので、数年に一度、大使が来るか来ないか、というところらしい。

 確かにそこまで言われると、行ってみたくもなる。

 どういうところなのかな。

 ただ、そうなると、一つだけ問題が発生する。

 月への行き方だ。

 鴉羽と、ミズーリと、やえにとっては初めての月である。


「私の隕石じゃ……だめ?……がうがっ、コホン。鴉羽?」

 あ、いまこの人がうがうって言いかけた。

 もう、別にいいけど。

 というか、なんで私に聞くの?

 一連のツッコミを心の中で済ませて、鴉羽が大きく頭を振った。

「あれはもう二度と乗りたくない」

 あれは気持ちのいいものじゃなかった。暴走族にタクシー運転を任せている感覚。基本乗り物酔いしない鴉羽ですらこれだ。他人に乗らせたら、死人すら出るかもしれない。

 普通に山か海に……と切り出そうとしたが、ミズーリはその隕石に乗り気だった。

「そういえば乗ったことない!えるちゃん乗ってみていいー?」

「え゛っ」と鴉羽。

「が、頑張ってみま……す」とえるにーにゃ。

「お、お姉ちゃん。やめた方がいいよ?酔うよ?死ぬよ?」

「し、死なせないから……安心して!」

 安心できないってば。

 だが、鴉羽がなんと言おうと関係ない。一度興味を持ってしまうことは飽きるまで諦めないのがミズーリという少女。

「鴉羽ちゃん、一緒に乗る?」

「……

「無理は良くないもんねー。えるちゃん、今乗ってみていい?」

「いいよ……?じゃあ外にいこ」

 というわけで、五人は外に出た。鴉羽はミズーリに酔い止めをおすすめしたが、ミズーリは大丈夫大丈夫〜と言って手をヒラヒラさせた。

 嫌な予感がする。

 鴉羽は自分の腹をさすった。



 えるにーにゃがその場で隕石を召喚する。

 召喚と言うよりは、降ってくる感じだ。それをなんとかコントロールしながら地面へと近づける。が、やはり上手くいかないものは上手くいかない。地面に着く前にえるにーにゃが「あっ、ミスった……」と言い、続いて大きな音をたてて隕石は地面に深くめり込んだ。

 シュウと音をたてて、白い煙が立つ。

 いつも通り、甘い香りだ。

 いつか、何の匂いなのか聞いてみようと鴉羽が思っていると、同じことを思っていたのか、ミズーリが訊く。

「えるちゃん、この香り何?」

「?……ああ、これは……私のふるさとの、どこでも生えている草の香りね」

 片方の「当たり前」はもう片方の「初めて」。こういう世の中だからこそ、味わえるのかもしれない。

「よぉし……がんばるぞー」自信なさそうなえるにーにゃの意気込み。大丈夫大丈夫と平気そうにするミズーリ。激しいくらいが後のお食事が満足するってもんよーとまで豪語している。頑張ってくださーい、とぅとが応援する。いや、止めてくれ。



 そして、待ちに待った結果。

「……う゛ぇ……気持ち悪い……ぐすっ」

 えるにーにゃが、ミズーリを泣かせた。ついでに盛大に酔わせた。

「……鴉羽ちゃん……」と言いながら、ゾンビのように体をふらつかせながら、両腕をこっちに伸ばしてくる。

 腕を組んで後ずさり、「そらみろ」という顔をする鴉羽。

「ふーん、楽しそーじゃん」

「……ぐすっ。どこがぁ……?鴉羽ちゃん変なものでも食べた?……うぅ……」

「お姉ちゃんが前、言ってきたんでしょうが」

 仕返しだ。

「うぅ……ごめんなさぁい、お姉ちゃん反省してるー」

 すかさず鴉羽に抱きついた。叫び声をあげる鴉羽。

「やめっ……やめてよっ。反省するならひとりでして!近づかないで」

「反省してるってば……ぐすっ」

「あっ、まっ……だ、抱きつくなら、口拭いてからにして────ッ!」

 えるにーにゃが二人のやり取りを見ながら、ごめんなさい……ごめんなさい……と呟いている。やえの方を振り向いて助けを求めた(あるいは再挑戦を求めた)が、やえはただ笑顔を浮かべたまま、首を横に振った。

 隕石操縦は、ことごとく失敗に終わった。



 その後ぅとがえるにーにゃを上手くコントロールしているのをみて、改めてぅとという存在の凄さに感嘆する三人であった。




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