二七話、夏休みの計画と、ぅとの作戦
トイレから戻ると、デザートがちょうど運ばれてきていた。季節のフルーツ彩るムースケーキ、パウンドケーキのカットが、シャーベットと共に載せられてやってくる。
シャーベットは選べて、ラムレーズンとバニラ、季節限定と三種類あり、鴉羽はセットを聞かれる時に季節限定を頼んだ。ワッフルコーンでさりげなく仕切られていて、十字の旗が横に刺さっている。
この建物の象徴だそうだ。
確かに、遠くから見た時に、そんな旗が見えた気がしなくも無い。
二種のケーキのほうはソースがはみ出るようにかけられていて、細長の皿に模様を描いていた。
「シャーベットは先に全部食べてね……美味しいよ?」とえるにーにゃ。言われた通りにするみんな。
一二分後。
「ではみなさんシャーベットはもう楽しまれたと思うので、大事なお話に移りますわ」
ぅとが手を合わせる。
仕草は可愛いよ、仕草は。
でも、なに?
大事なお話。
今までのは……全部、
鴉羽はお腹をさすって、デザートをみた。
今までのご馳走のコースが全部前菜だとして、これから重いものが来ると思うと、胸焼けがする。
……という冗談はここまでにして。
ぅとは自分のシャーベット(ちなみにバニラ)に刺さっている旗をとった。そしてそれを、高く持ち上げた。
……?
突然の意味不明な行動に、みんなが戸惑う。ちなみにえるにーにゃは例外で、ひたすらにケーキを頬張っては、「ん〜♡」と美味しそうな声を上げた。
だが、すぐに鴉羽はそういうことでは無いことに気がついた。周りの様子がおかしいのだ。受付嬢が、二三人部屋の入口にやってきて、両開きの重そうな大門をゆっくりと締める。少し地面が振動する。カーテンがジャラッと音を立てて開き、全てのガラス窓を覆う。
このタイミングを見計らったように、ほかのテーブルにまばらに座っている男たちが立ち上がった。よく見ると、女性もいる。固まって、ぅとの背後に集まった。ぅとが満足そうに立ち上がる。それに続いて、えるにーにゃが立ち上がって、ぅとの手を握った。
……?
なになになに?
何事?
これってあれだよね。食事をしていて、実は敵に囲まれてました、というやつだよね。……なんかぅと、嬉しそうだけど?えるにーにゃとぅとってそっちの人間だったの?ほら、ヤクザのドラマとかの、組長の娘みたいな……。
鴉羽は「な、なに?」と声を漏らした。男も妻子を守ろうと立ち上がった。
もちろん、そういうことでは無い。
ぅとが後ろを向いて、丁寧に一礼をした。軽く頭を下げる背後の人たち。
「この度はお誘いに乗っていただき、ありがとうございます。後日、皆様方へ説明などは送らせていただきますので、ご確認ください」
そして彼女は鴉羽たちの方を向いた。
本当に楽しそうだ。
「みなさん、彼らはこの都市や姉妹都市などから来てくださった、
どこかの会社の最高経営責任者に、護衛までいる。その会社の多くは、財閥関係であったり、商事関係であったりと、鴉羽にとっては馴染みのないものばかりだ。
いきなりボスがやってきた、という感じだった。
それにしてもぅととえるにーにゃ。この二人、一体何者なんだろう。
ここまで来ると、「曉家」の力も尋常でないような気がした。王様とか、そういう話以上にすごい存在な気すらしてきた。
ぅとが説明を続ける。
「みなさんが気にする事はありません。ただこれからしばらくの期間、この方々から、手紙が届いたり、歩いている途中に念話で話しかけられたりするかと思われます。その時に慌てることがないようにするために、一応の顔合わせをしておきたかったのです!」
これもお父様の指示です♡と嬉しそうに言う。
念話来た。これができる人多くない?
鴉羽も少し、学びたくなった。
「みなさんは普通に日常を過ごしていてください。特に訳もなく干渉したりはいたしません。……時期が近づいてきましたら、多少電話が増えるかと思いますが、その点はご承知おきください!」
嫌だよ。
ちょっと、何に巻き込まれてるの私?
校長先生のダンジョンといい。
この集まりといい。
……。
この二件ってもしかし……なくとも、繋がってる?
「ちなみにその期間っていつまでなのかしら?」
やえが手を挙げる。お皿のケーキはもうない。鴉羽もケーキを一口食べた。……変な緊張であまり味がしない。
「いい質問ですね!」ぅとが可愛げにウインクする。
鴉羽のそばにやってきた。
「……いやな予感がするんだけど?」鴉羽が思ったことを言ってみる。正解、と言わんばかりにぅとが彼女の肩を叩く。
「鴉羽、あなたの学園祭、いつですか?」
鴉羽は携帯を取り出して、スケジュールを開いた。ぅとに「ん」と見せる。
「……思った通りです。やっぱりあの人、バカですね。……期間は、ジェードストーム学園の学園祭が終わるまでとしています。それ以降は迷惑をかけることはないので、ご安心を」
……やっぱり繋がっているよ、これ。
もしかして校長先生、このことわかっていたりしない?
お姉ちゃんも、このことわかっていたりしない?
分からないの、私だけ?
それは少し寂しい気がした。あまり乗り気ではなかった鴉羽だったが、ミズーリが今回の案件に巻き込まれている(あるいは参加している)可能性を見出して、少しやる気になった。
せめて。
せめて、お姉ちゃんだけは守りたい。
「……安心してください」ぅとが笑う。まるで鴉羽の心の中の動揺を、見抜いているようだった。
「あなたがたが怪我をすることはありません。そしてこちらのご家族のみなさん」
ぅとが三人家族を見た。
「あなたがたの、住居等の処理も大方済んでおります。……あとは、一部申請書が残ってはいますが」
「ま、待ってくれ、処理ってなんだ?」
男が慌てて尋ねる。
「要は」と初めて責任者のひとりが口を開いた。社長みたいな人だった。
「これからの住居、現在の住居の状況の確認や、経済面の小計は終わっているということです。……みなさんはもう、命を狙われることはありません」
それを聞いて、安堵した表情を浮かべる家族。相当、今までストレスが溜まっていたのだろう。
「……でも追手とかが来たら……?」リンネ、男の妻が訊く。確かに、それは気になる。すると、ぅとは、
「来ませんよ」と笑った。
あと来たら処分するだけです、と、「あとはレンジでチンするだけです」のノリで付け加えた。……怖!……怖!……怖!
「……殺すの?」マリー、娘が問うた。
「……あなた達は殺されたいんですか?」
そこまで言われたら、さすがにわかる。
要は、その人たちを確保して、家族を連れて、どこかへ移住させるということなんだろう。
……随分大掛かりな計画だけど、人足りるの?予算足りるの?……と考えてみたが、あまりにも想像がつかなかったので、鴉羽は考えるのはもう、やめよう、と最後の一口のケーキを口に含んだ。ん、美味しい。
……。
「少し、交流会としましょうか」
ぅとがそういうと、責任者および護衛たちは散って鴉羽たちのところにやってきた。立ち上がるみんな。
……そういえば、念話って言ってたっけ。
念話って人も使えるのかな。
そんなことを考えていると、鴉羽の目の前に一人の男がやってきた。頭が寒そうな髪の生え方(死んでもハゲてるとは言えない)だが、服装はきっちりしていて、品がある。
「こんにちは。私は、こういうものです。以後お見知りおきを」
男はそう言って、一枚の名刺を取り出す。
……やっぱり、社長かぁ。
「……こんにちは。……その、鴉羽です。名刺は無いです」
あ、苗字をすっ飛ばしちゃった。
「あはは、いいんですよそれは。……ちなみに苗字を聞いても?」
訊くよねー。
「素ノ丸です」
「ああ、黒鬼の」
「よく知ってますね」
「まあ、仕事柄、と言いましょうかね」と男が嬉しそうに返す。
その言葉、言ってみたい。「鴉羽ちゃんすごーい、なんでこれできるのー?」「ま、仕事柄、ですかね」……みたいな。相手がどうしてもミズーリの声になってしまうのは許して欲しい。
その後も、わちゃわちゃと人が近くにやってきたりやってこなかったりした。鴉羽が帰る頃には夕方になっていた。手には重量以上に中身が重い名刺がどっさり乗っていた。
ちょうどその頃に、完全に忘れていた手首に着けている「誓い」の鎖が反応し、鴉羽の手首まわりに桜の花がポンポンポンと咲きはじめた。
何事!?と急いでミズーリの家に戻ってくると、そこには大きなイノシシが二三匹、角が折れて倒れていた。
軽く処理して、ミズーリの帰りを待つ。
夜。
ミズーリが楽しそうに帰ってくる。鴉羽ちゃん会いたかったぁと抱きついてくる。
今日はこってりとしたものが多かったらと、晩御飯は軽く食べることにした。
鴉羽は今日のことを思い出した。
言おうか迷ったが、言わないことにした。そもそも、彼女のほうが詳しそうだった。
「……お姉ちゃん、何者なのよ」
鴉羽が訊く。ミズーリが頭を傾げる。
「ハーフエルフのお姉ちゃんだけど?」
「……そういうことじゃない」
鴉羽はお椀を持って、お肉の出汁スープを一口飲んだ。
イノシシ肉の残りは……今度の夏休みに使おうかな。
バーベキューの具材になるし。
今年も、お姉ちゃんと一緒に過ごしたい。
その時は
あと、ぅとと、えるにーにゃも誘って……。
「お姉ちゃん、……きいてくれる?」
「うん、聞くよー?」
「そのぅ、夏休みなんだけど……」
心にやりたいことのあれこれを描いた鴉羽は、その全てをミズーリに打ち明け始めた。
(……なんだか、鴉羽ちゃんも変わったわね)
ミズーリは微笑ましそうに、鴉羽の(分かりにくい)説明をメモ帳にまとめた。
メモ帳は、すぐに鴉羽がやりたいことでいっぱいになった。
※上編はこれで終了です➡NEXT中編
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