二六話、夏休みの計画と、様々な関係③

 高級なところは、トイレまでキレイだ。

 鴉羽は今、トイレの個室にこもっている。

 主菜やパンが胃の中でゴロゴロ転がっているような感覚で、少し気分が悪い。

 頭上に優雅な音楽が鳴っているが、今はやめて欲しいと思った。どちらかと言うと、無音の空間がいい。

 トイレットペーパーを少しちぎって畳み、両手で握る。お腹を太ももに当てに行くような感じで腰を丸める。……うん、少しマシになった。


「……校長先生」


「水の音」のボタンが点滅するのをじいっと見つめながら、鴉羽はため息をついた。


 あの校長先生は色々と謎が多いが、悪い人では無さそうだ。温和なおじいさんという感じだ。

 しかし同じことを息子に期待することは出来ない。それは鴉羽も重々承知していた。では、仮にその息子の悪事がバレて、裁判にでもなったとする。

 では、校長先生は彼を庇うのか?

 息子だ。庇ってやりたいと思うのが親心だろう。それがたとえ、重犯罪でも、だ。

 しかし社会はそんなに甘くない。悪事を働けば、それ相応の代償は払うことになる。その時、校長先生はどう出るのか?社会に、復讐とか、するのかな。……さすがにないとは思うけど。


 そして鴉羽は「あれ?」と気づいた。

 数百年前のこの次元の人間には、鬼が見えなかったと言う。つまり、その時までは、エルフだって、龍だって見えなかったのかもしれない。

 天上天下唯我独尊。

 人間の一人天下だったのかもしれない。

 もし本当にそうだったなら。

「……私たちって、嫌われ者なのかな」

 鴉羽が頭を抱えた。

 最初から嫌われ者だった。

 そう、その可能性は、無きにしもあらずだ。

 その場合、社会はあの息子と私たち、どちらを庇うのか?あの息子を庇ったら、私たちはどうなるのか。


 考えても疑心暗鬼になるばかりで、役に立たない杞憂だとは理解している。

 駅の人も、近所のおばさんも、学校の先生も、優しい。時々変人はいるが……種族を否定してきたりはしなかった。

 うん。きっと考えすぎね。高級なところにきて、変に興奮しているだけだ。収まれば平気。平気よ、鴉羽。


 そんなことを考えながら、用を済まして個室から出た。すると隣の個室から水を流す音が聞こえてやえが出てきた。


「……」

 気まずくはないが、特に話すこともないのでお互い困っている、という感じだった。

「そういえば、鴉羽」とやえが先に口を開く。


「……なに?」

「今朝、庇ってくれたよね」

「……いつのこと?……ああ、あれね」

 一瞬、なんのことか分からなかったが、すぐに記憶が戻ってきて、やえにもう一人の男が銃撃をしかけたところを、鴉羽が庇ったのを思い出した。

 ……あの死体、本当に放置なのかな。

 と、気になるところはあるが……。

「ほら、鴉羽が、ミズーリ専用の技って」


 そういう事ね。


「……あれはその、なんというか。……仕方なかったのよ」言い訳を考える鴉羽。咄嗟の行動だったから、正直に言えば、何も考えていなかったのだろう。

 いや、考えていたとしても、ちょっと恥ずかしいことで……言いづらい。

「いいの、無理しなくて。ただ、ありがとうって言いたくて」

 やえが笑う。

「ミズーリ用なのに、僕に使ってくれてありがとう」

「……あれは、その、や、やえ用よ!」

 実際その通りだった。やえのために規模は小さくした。やえ用ではある。

 だが、嫌だけど仕方ないから使った、という訳では無い。むしろ───。

「だ、だって」

「だって、なぁに?」

「ちょっ何!?」

 やえがにやにや笑いながら、鴉羽を後ろから抱かえた。頭を鴉羽の肩にのせる。


「親友って言ってくれるのかしら?」

「ちが、いや、その。……相棒よ!相棒!」

「……?相棒?」

 あまり考えずに答えてしまった。ただ、この判断は何となく正しいような気がした。

 ミズーリはお姉ちゃんという感じだ。

 包容力の塊で、自分の非を包んでくれる存在。

 だが、やえは少し違う。

 どちらかと言えばそう────。

「ほら、森の中の連携、良かったから……何となく相棒かなって。いやなら別に、いいけど……ぎゃっ」

 やえの抱擁が少しきつくなって、呻き声を上げる鴉羽。

「な、なによ、苦しんだけど」

「その『相棒』って称号、『お姉ちゃん』とどっちの方がすごいのかしら?」

「めんどくさっ」

(なに?なんなの?やえってそんなキャラだっけ!?)

 鴉羽はやえの「嬉しさに酔っている」という感情に気づくはずもなく、ただ訳が分からないというふうにもがいている。


「……怒ってる?」ととりあえず聞いてみる。

「怒ってないわ」

「じゃあなんなのよ。珍しく素直じゃないじゃない」

「……内緒。とりあえず───守ってくれてありがと、相棒」

 鴉羽を解き、お手洗いから出ていくやえ。

「……ま、いっか」

 相棒かぁ。相棒って何をすればいいのかな。

 とりあえず、いつも通り接してみよう。

 さっきまでのくらい気持ちはどこへやら、すっかり顔色も良くなった鴉羽はトイレから出ていき、やえに追いついた。







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