二三話、夏休みの計画と、侵入者駆除③

 一言で今の状況を表すと「修羅場」だ。

 タイミングがいいのか、悪いのか。


 鴉羽たちが男二人(他に追手はいないらしい)を捕まえ、白状でもさせようとしたときに、隕石に乗った月兎───えるにーにゃと、純エルフ───ぅとがやってきてしまった。


 やえの、「あなたが、ぅとの親を殺したの?」という質問に男は答えない。下を向いている。


 イエスという意味だ。


 ぅとは、じっと黙ったまま、男の前に堂々と立っている。

 泣きもしないし、怒りもしない。

 ただ黙っている。


 怖……。と思う鴉羽だった。ここからでは、ぅとの表情は分からないが、様子からして「虚無」という言葉があっていそうだ。


 実際、ぅととその男以外の人は、この話には無関係だ。だが、みんなの顔が緊張していた。いつもヘラヘラしている変態(?)えるにーにゃも、今は心配そうな顔をしている。

 自分の親を殺した者だ。

 人によってはその場で引き裂いている。

 それだけの事をした。

 男もおそらく、そのことは承知している。

 鴉羽は思い出していた。

 男が自分に銃口を向けた時、少し迷っていた。

 その時から、あ、もしかして後ろに黒幕がある系のお話かな?と予測が立っていた。……この場合は「お話」という生ぬるいものでは無く、「現実」なのだが。


 そして話を聞いて、嘘は感じられなかったし、挙動の不一致も感じなかった。演技が上手いだけ、という可能性はあるが……。

 これだけの人数を相手にして、この男が何か妙策をひねり出して逆転できる気がしない。

 鴉羽は周りをみた。

 月兎。エルフ。精霊。そして自分──黒鬼。

 ……なんか、過剰戦力だな。

 と、思った。

 少し男が惨めに思えてきた。

 彼も妻持ち子持ちだ。様子からして、脅迫かなにかをされたっぽい。


 それをぅとは、丸で最初から承知しているようだった。

 何故ならば、彼女はもう男と向かい合って十分は経っているのに、ただ黙ったままで、特に暴力も振らないし、暴言も吐かないからだ。

 親殺しを恨んでいるという前提に立てば、残る可能性としては───事情を知っている、それに限る。


「やえ」ぅとが呼ぶ。

「なに?」

「もう一人の方、どんな状況ですか」

 彼女がさしているのは、先程白目を向いてしまった方の男だろう。そういえば、彼のこと、忘れていた。

 やえは嫌そうに倒れている男に近づく。

 そのまわりを一周歩き回って、鴉羽をみた。

 ──いや、私を見ないでよ。知らないよ。

「普通に答えたら?」と鴉羽が目線を返す。

 やえは言いにくそうに、口を開いた。

 鴉羽は、嫌な予感がした。

 そして、その予感は当たる。

「もう、息はないわ。中毒ね」

 男はそれを聞いて、「あいつ……!勝手に……!」と目を丸くした。どうやら独断行動らしい。


 息がない。

 言い換える。

 その男は、死んでいる。


 その事実に、空気が重くなる。


 その時だった。

 ぅとが、「……そっか」と呟いた。

 それから、一歩、二歩と男に近づいた。男は放心したように、目を瞑った。

 死を覚悟した顔だった。

 えるにーにゃが彼女に駆け寄ろうとする。その手首を、やえががしっと掴んだ。やえが頭を横に振る。

 鴉羽も覚悟をしていた。

 ぅとも、最初から男を殺すつもりでいたのかもしれない。まあ、普通はそうでしょうね。


 一歩。

 二歩。

 やがて男が、ぅとの影に入った。それくらい、二人は近づいている。

「あなたは、死なないのです?」

 ぅとが訊く。

「……君が殺してくれ……謝っても、無駄だろう……」

 半分諦め状態の男。

 はあ、とため息をつくぅと。ズボンのポケットから、ナイフを取り出す。

 そして。


 ────ザクッ。


 ……。


 ……?


 予想を外した。

 ぅとの握るナイフが、男が縛られている背後の大木の幹に刺さる。

 ぅとは、男を殺さなかった。


「……なぜだ」

 不可解、という表情を浮かべる男。

「なぜ殺さな……」

「お詫びは、許して貰えるかどうか関わらず、するものです」

「……」

「そうでしょう?」

「……すまない」

 ぅとに、一人の少女に説教をされて、こうべを垂れる男。

 おお、ぅと、かっこいい。

「……と、お父様が仰っていました」と付け加えるぅと。嬉しそうに口角をあげている。すかさず反応する男。

「……!?まて、君の父がおれが」

「私は、いま、新しい家族がございます。今はとても幸せなのです」

「……」

「過去を忘れるつもりはありません。が、過去に囚われるつもりもありません。これは今のお父様の教えであり、私の矜恃でもあります」

「……すまない」


 と、この時。

 きゅるるるる……。


 ……ん?何だこの間抜けな音は。


 くるるるる……。


 見ると、えるにーにゃと、やえが恥ずかしそうにお腹を抑えている。

 二人が弁解をする。

「そ、その……お腹がすいたわ。エネルギー不足よ」

「……わ、私も。……えへへ」

 完全に場違いな音に、鴉羽とぅとがジト目になる。

 ……まあ、私もお腹すいたけどね。

 と心の中で思う鴉羽。


 ぅとが、あっと声を上げる。

 男の顔を覗き込む。


「いいこと思いつきました」とぅと。

「な、なんだ……おれを食うのか」

「なわけないでしょ!」と思わず突っ込んでしまう鴉羽。慌てて口を抑える。

「……ねえ、あなた、お金はありますか?」

「ある」

「ここの五人と……あと二人のランチ代は足りますか?」


 ……え?


 ぅとの質問に、その場の全員が「?」を浮かべた。もちろん男も例外では無い。


「……?どういうことだ」

「簡単に訊きます。七人分のランチ代、あなた出せますか?──お腹がすきました」

「……?ああ。クレジットカードを、持っている……妻に預けてはいるが」

「ああ、そうでしたね。なら、立ってください。……皆さん、ランチに行きますよ」とぅと。


 あの、と口を挟むやえ。

「この人、僕が縛っているんだけど」

「大丈夫です。外してください。何かがあったら私が責任をもって殺しますので」

 その言葉を聞いて、迷いながら、やえはピンクの縄を解いた。それはすぐに空気中で霧散した。

「さあ、行きますよ。お父様が勧めてくれた、レストランがございます」

「ちょっと待ってくれ」と男。

「おれも……行くのか?」

「当たり前です。あなたが払うんですから。……会わせたいお二方もいらっしゃいますしね」

「……!その二人って!まさか!」

「さあ、行きますよ」と再度言って、えるにーにゃの手を引っ張っていくぅと。そこに、他の二人が続く。男が最後にオロオロしながらついてくる。



 男は、心の中に、笑っている妻と子を思い浮かべた。

 二人。

 合わせたい人。

 どう考えても、あの二人しかいない。

 男は前を歩く、少女たちをぼんやりと見つめた。

 ───この娘たちなら、あるいは。

 あるいは、あのじじぃを潰せるかもしれない。

 家族を、救ってくれるかもしれない。自分だけじゃない。家族を人質にされている奴は多い。

 じじぃが潰せるなら、家族が守れるのなら、何万円、いや、何十万円だって、払ってやる。

 男はそんな希望の炎を、胸の奥底で燃やし続けた。












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