二二話、夏休みの計画と、侵入者駆除②

 誰かに狙われている感覚。

「どこ狙ってるとかわかる?」


 ……ん?この声。

 やえ?

 鴉羽はやえを見た。

 彼女は気にせず、前をじっと見つめる。


 この、脳に響くような声。

 どこかで、体験した覚えが──あ、白樺先生か。あの人も、使っていた気がする。……なんでやえも使えるの?

 どういう関係?親子……にしては似ていないし、その話が上がった覚えもない。


「気にしないで。説明は後でするわ。どこを狙っているかだけ、教えてちょうだい」

「あ、うん」

 鴉羽が口を閉じたまま、受け取った念話を直接返す。

「首筋ね。やえがどうかは分からないけど」

「僕もよ」

「……殺すつもりなのかな」


 黒鬼は強い。大人の中には、銃弾をも弾き返す者もいるらしい。

 鴉羽は強くても、あくまでも子供である。

 すばやさがあっても、硬さはない。

 銃弾なんて脳天に受けてしまえば一発でご臨終だ。

 これでも肉体を持って生きてきた種族だ。精霊であるやえに聞いてみると、彼女もまともに受けたら死ぬそうだ。

 桜の木が傍にあれば、それを生贄にして、生き返ることはできるらしいが。


 とりあえず、軽い作戦をたてることににした。

 まず、条件と目的。


 ・相手を殺さない。(賠償を追求されたり、復讐をしに来たら困る)

 ・自分たちは怪我をしない。

 ・ミズーリの家は守る。

 ・彼らの目的を知る。(これはなくても良いが、あったらパーフェクト)


 そろそろ、というところで、やえが「三秒後、一緒にまっすぐ走るわ」と伝令した。賛成、と短く返す鴉羽。


 三。


 あっちの存在が一歩近づいた。左右に、一人ずつ。


 二。


 鼓動。やえの手を握る。手汗がすごい。


 一。


 トリガーを引く音が微かにした。


 ─────ゼロ。


 パァン!パァンッ!と二発、銃声が森の中に木霊する。が、それよりも一歩早く、二人は駆け出していた。


 やえの力なのか、体が軽い。どこまでも飛んでいけそうな感じがした。


 やがて、気配が遠くなる。


「どう?……多分まわりには、いないわよね」

 小声で聞いてくるやえ。

「うん、いない。……はず」

 いれば体温くらいがある。

 ……体温くらい。


「……やっぱり、追いかけてきているわ」

 今度はテレパシーで伝えてくるやえ。

 その気持ちはわかる。

 さっきまで離れてしなくなっていた匂い。

 この森では嗅いだことの無い匂い。

 老若男女、種族関係なく誰でも匂いはある。それが魅力のあるいい匂いなのか、刺激的な嫌な匂いなのかは別の話だ。

 これは、知らない男のもの。

 そして、火薬のもの。

 普通は気づかない。あちら側もその配慮はしている。敏感な鬼でも、そこまでの匂いは感知できない。ましてや森の中。警戒せずとも紛れ込むことはできる──とあちら側は思っているだろう。

 しかし鴉羽は別。

 鴉羽は────別だ。


 少しずつ、その匂いは強くなっていく。

 滲み出る額の汗を拭う。

 なんで?なんで位置がわかるの?

 監視カメラでも……あっ!

「監視カメラね」とやえ。どうやら彼女も気づいたようだ。


「この森はね、強い力で守られてるのー。一応うちは『エルフの森の加護』って呼んでるわ」

 ミズーリとの会話をやえは思い出す。

「ここはねー。変化を嫌う森なの。削るとすぐ再生して、燃やすとまたすぐに生き返る。すごいでしょー?」


 その時に、ミズーリはこう言って

 ───「持ち込むのもだめ」、と。


 持ち込み禁止だとすると、やえの持ち込み品だって、禁止だ。

 鴉羽から聞いた、えるにーにゃの隕石だって、持ち込み禁止なはずだ。


 だとすると、森の中に監視カメラを無数に設置したり、あるいは位置情報特定の装置をつけても、反発されることは無い。


 もしもそこまで理解していて、かつ実行しているのなら。

 ……この相手は、侮れない!


 ……なにか、方法を考えなければいけない。せめて、相手のうち一人くらいを、捕まえて尋問ができれば。

 鴉羽は考えた。

「……ん」

 そして一つの可能性を考え出した。

 とりあえず、確認だ。

「やえ」適当なところを見渡しながら、鴉羽が訊く。「やえの『誓い』の鎖って、実態ある?」

「鴉羽が誓いを破ろうとしたら、実態ある状態になるわ。さっきみたいに」

 先程、「逃げたい!」と思って塔から離れた。

 そしたら、突然鎖が現れた。


「それって、結構疲れる?」

「疲れるわね。あと二、三人が限界かしら。あとお腹すいたわ」

「どれくらい『祝福』に時間かかる?精度は?」

「同時にやれるから、それでも多くて二十秒くらいね。精度は髪の毛くらいまでかな。『存在』を僕が認識している範囲なら精度は任せて……なにかいい案あるの?」

 説明が面倒なので、頷くだけにした。

 鴉羽がやえに指示をする。

「やえ、男、感じる?」

「感じるわ。人間が二人ね。位置までバッチリよ」

 正解。

「存在」の認識は大丈夫そうだ。

「……僕は何をすればいいのかしら?」

「うん。ちょっと、試してみたいことがあってね」

 鴉羽がそれをできるだけ簡潔に、やえに伝えた。やえはそれを聞いて一瞬躊躇ったが、すぐにブンブンと頭を振って、「わかったわ」と頷いた。


 ────作戦、開始だ。




 森。

 迷彩色で、身体を完全に木々に溶け込ませることに成功している。

 が、念には念を入れる。

 監視カメラを、設置してある。


 ───標的、発見。


 トランシーバから、そんな声が伝わってきた。おれは返す。


「了解。二手に分かれる」


 ───了解。


 プツリと音声が途切れる。おれは腰を低くして走り出した。


 今回の標的は、鬼と、精霊だそう。


 どちらも子供らしい。

 正直、なぜあのじじぃがそんなことを言い出したのか、おれには理解ができない。

 ただ、「将来危険な存在になる。消滅せよ」という命令がある。「過去に戻ろう」という目標に座った命令だ。逆らうことはできない。

 おれの首と、おれの家族の首が飛ぶ可能性がある。

 随分と前の話だが、そうやってエルフの男女を殺したことがある。

 彼らには子供がいた。まだ、赤子だ。

 見れば、親に似て紫色の髪の毛をした、可愛らしい娘じゃないか。

 本当は、その子も殺さなければいけなかった。

 だが、おれは出来なかった。

 それにじじぃは、エルフの男女を殺せとしか言っていない。女に、「娘」を含めろとは書いていない。

 彼らには家族がある。

 おれにだって、家族はある。

 おれは妥協した。

 親だけにした。子なんてしらない、ということにした。


 本当は心臓がはち切れそうなくらいに、苦しかった。これは犯罪だ。これは、犯罪だ。

 今は、全ての種族が交流して、分かり合う時代。じじぃが言うような、混沌とした時代では無い。

 過去って何だ?

 どこまで戻る気だ?

 まさか、人間しかいなかった時代に戻る、とか言わないよな。

 じじぃが言う「転生者の野郎」という存在をおれは知らないが、おれはその「転生者」でさえ、じじぃには協力はしないと思っている。頭がおかしいと、言ってくれるはずだ。

 おれは見ている。

 あの、和やかな家族を。

 エルフが我が子に持つ気持ちを、おれが分からないと思うか?

 だが仕方ないのだ。本当に、すまない。

 おれは、トリガーを引いた。

 あえて、消音は付けなかった。

 一に、殺すなら、苦しむことなく一瞬で殺したかった。

 二に───もしもその音に気がつけば、逃げてくれるのではないか、と思った。


 が、甘い考えだった。

 銃弾は彼らを射抜いた。

 彼らは夢中になって、死ぬ寸前まで赤子を守った。


 おれは死にたくなった。

 ああ、もしも転生者が本当にいるのなら。

 ──どうかあのじじぃに、鉄槌を下してくれ。



 ……今回のことだって、おれは断りたかった。

 が、命令されたからには、やるしかない。

 今回の命令、子供を殺せ。

 種族から、年齢まで伝えられた。

 まるで十数年前の「指示のミス」を、補うように、詳しく伝えられた。今回ミスをしたら、家族の命はないという。


 ……抜け道を、おれは探すことにした。もう一人の男に、提案された。二手に分かれて仕留める。責任も、重圧感も、半分だ。

 正直、それ以外は思いつかなかった。

 おれは、渋々賛成した。

 本当に、すまない

 これが終わったら、妻と娘を連れて、この街、いや、この国からでも逃げよう。


 おれは、黒鬼のほうを仕留めることにした。子供とはいえ、鬼だ。

 強いはずだ。

 一発で、殺そう。

 痛みはその分減るはずだ。


「……これは」

 変な匂いがする。甘い香りだ。

 霧だろうか。

 白い煙が、遠くに見える。


 くそ、来た時期がまちがえていたか。

 早く標的を……!

 ……見つけた。

 位置情報で、黒鬼の子を見つけた。精霊の子と共に、こちらへ近づいている。


 ……バカなのか?なぜこっちへ来る!逃げろ。逃げてくれ。頼むから。

 だが、信号は、着実に子供の接近を知らせた。

 おれは、驚いた。

 はやい。速すぎる。

 鬼の子とはいえ、なんなのだ、このスピードは。

「……来た」

 おれは照準を合わせた。

 黒鬼の子が見えた。

 おれはトリガーに触れた。

 鬼の子の、脳天に十字を合わせる。


 おれはトリガーを引いた。

 ───早く、この森から逃げたい!!


「……いっ!?」

 突然、指に激痛が走った。音を立てて、おれは銃を落とす。まずい。気づかれた。

 おれの脳裏に、妻と娘の姿が浮かんだ。

 指を見る。

 指には、いつの間に、鎖が施されていた。

 それは銃とがっしり繋がっていて、そして森の奥のどこかとも繋がっている。

 鎖はピンク色に光っていて、まるで事態の異常さを知らせているようだった。


 おれは完全に動きを封じられていた。


「……ぐっ」

 なんとか引き剥がそうとする。が、無理だ。ビクともしない。


 逃げたい。逃げたい。

 早くこの森から逃げたい。

 しかしそう思えば思うほど、鎖は強く反応した。


 黒鬼の子はおれをみた。

 それから、横へと影がずれた。

 おれの後ろに回る。いや、前か?……どうなっているんだ?

 そして彼女がおれから離れるように走っていくと、おれは自分の体にもう一本のピンクの鎖が巻かれていることに気がついた。それは、黒鬼の子の手首に繋がっていた。

「ぐはっ」

 体が鎖に縛られたまま、後ろの木におれは背中をぶつけた。よろけて座り込む。

 おれの身体は、木に縛り付けられていた。


 一人の少女がやってくる。

 こっちは、精霊だ。

 おれを見ると、ニコッと笑った。


「……話を聞きましょっか」


 おれは────はめられた。



 ーーー



「話を聞きましょっか」

 やえはそう言って、ピンク色の縄を取り出した。

 これも力のうちだそうだ。

 効果は特になく、ただ縄が必要な時に使える、それだけだ。


 男を木にしっかりと縛り付けた。

「……『解除』」

 男の指につけられた、鎖が消える。

 男は驚いた顔をしている。力無く、項垂れている。


 鴉羽もやえも、それ以上追い打ちをかけるつもりはなかった。もしかしたら、やむを得ない事情があるのかもしれないのだから。


 鴉羽の作戦は簡単だ。

 二手にわかれる男たちの指と、ミズーリの家に張られた、鴉羽の障壁とを結びつける。

 障壁から離れない『誓い』をやえに立ててもらう。

 こっちに近づく男らはいずれ鎖に気づき、振りぬこうとする。そうすればあとは鴉羽が自分の『逃げたさ』で男を木に縛りつければよい。


「……なんで、そんなことをしてるのかしら」

 とやえ。少し怒っているような口調だった。珍しい。


 男は、抵抗しなかった。

「……おれは……」と話始める。

「ちょっと待って!」と鴉羽が遮る。


 その次の一瞬。

 銃声がした。それはものすごい速さで、やえの首筋に向かって来た。

「やえ!」

 鴉羽はすでに反応した。予測していたのだ。多分、来ると。


 ───「鬼灯ホオズキ(やえ用)」!!


 黒いドームがやえを包み、間一髪のところで銃弾は爆散した。驚いた顔をするやえ。何か言いたそうな顔だ。


 森の奥を見る。

「お前……っ!」と目を見張る男。

 そこにはもう一人の男がいた。

 体はピンクの縄で縛られている。が、口には銃を加えていた。息を荒くして、三人を睨みつけている。

 ガシャン。

 彼は白目を向いて、倒れこんでしまった。


「……」

 三人は黙った。

 数分後、こっちの男は語り始めた。


 とある、五十過ぎの男が仕切っていること。

 種族の統一を目指していること。

 やえと鴉羽を災いとみなしたこと。

 自分が失敗すると、妻と娘が殺されること。


 彼は、内臓を吐き出すようにして、全てのことを二人に伝えた。



「……ぁ……ぇ……っ……すまない……」

 嗚咽を漏らす男。どうやら、妻と子の名前を呟いているようだった。

 鴉羽はやえを見た。

 どうする?という意味だ。

 やえは男に近づいた。


「……もしかしたら、あなたの妻と子は助かるかもしれないわ」

「……本当か!!」

「ええ。ただその前に聞かせて。あなた、どれほどの者を殺してきたの?」

「……おれたちは部隊の人数が多い。おれは、これで二回目だ」

 一回前は、十数年前だそうだ。エルフの男女を殺したらしい。その子供は、紫色の髪の娘だという。


 ……娘?エルフ?


 なんか、引っかかる。


「……!!」


 その時だった。森になにかの爆発音が響いた。

 隕石だった。

 隕石は三人の前の草地にめり込んだ。

 しゅわぁと、いい香りの煙をたてる。

 人影が、ふたつ見える。

「わぁ……失敗しちゃった……」

 片方は、灰色のパッツン。白いリボン。

 そしてもう片方。


「ほんとに操縦下手ですね……」

 紫色の髪の少女だ。


「ねぇ」とやえが男に問いかける。

 男は、目の前で仁王立ちする一人の少女を見つめた。その目は、恐慌そのものだった。猛獣を見る目だった。


「あなたが殺したエルフ。……その子供。紫色の髪。十数年前。その子って───こんな感じじゃなかった?」


 男は、答えることが出来なかった。










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