二一話、夏休みの計画と、侵入者駆除①
ぅと達と出会ってから、二週間が経った。
それからもちょこちょこ遊びにミズーリの家に来ていて、次第に関係も良くなっていった。と言うよりも、鴉羽と、特殊なえるにーにゃを除けば、残りの三人は全員コミュ力の化け物(だと鴉羽は認定している)だから、出会って直ぐのころから友達のような関係になっていたのだろう。
やえと最初に出会った頃、どれほど友達という言葉を言い出したことが、難しかったことか。
思い出すだけで恥ずかしくなるし、いてもたってもいられなくなる。
……と、あれこれ無駄に頭を使っていると、下の階でノック音がした。
「はーい」と返事して、面倒くさそうに椅子から立ち上がり、階段を駆け下りる鴉羽。
「ん」
ドアを開ける。
思った通りの人物がそこに立っている。
やえだ。
「鴉羽、ミズーリは?」
今、鴉羽はミズーリの家にいる。
「ん、いない。上がっていいけど」
鴉羽が遊びに来た(とは言えずに手伝いに来たと言ったのだが)ところにミズーリが「ちょうどいい」と喜んでくれて、なんのことやらと思っていたら、「お留守番、できる?」と訊かれ、今に至る。
何を今更。もう何回目よ。
できるに決まっているじゃない。
……でもなんでお留守番?
それは教えてくれなかった。
「ちょっと会いたい人がいてね」と誤魔化された。まあ、深く聞くつもりはないけど。
「夜には戻ってくるそうだから、もし会いたかったらそこまで待ってて。……嫌なら、夜また来て」
「いや、上がらせてもらうわ」
「別にいいけど……あ」
何かを思い出す鴉羽。
「ご飯、どうしよう……勝手に漁っても大丈夫だと思うけど。……んー料理できないしなぁ」
「カップ麺じゃだめかしら?」
「ダメじゃないけど……他になんかないの?」
「んー。じゃあ外食する?」と提案するやえ。
「お留守番は……?」
外食をしたら、お留守番の意味が無い気がした。
他に案は……と考えていると、やえにぽんと肩を叩かれた。得意げに歯を見せている。
「……なによ」
「ここで僕が役立つってわけ」
鍵は一応閉めておく。
窓からも入れないようにしておく。
塔の外にやってくる。
やえが、両手を胸の前に組んで、祈っている。あとから聞いた話、これを『祝福』というそうだ。
何を言っているのかは分からないが、多分梵語といった、宗教的な言葉なんだろう、と鴉羽は予想した。
しばらくして、やえが手を下ろす。光もやがて消えた。
「……終わったの?」
「ええ、終わったわ。確認してみる?」
見た目では分からない。どうやって、大丈夫だと判断するんだろう。
「……どうやって?」
「鴉羽、『この塔から逃げたい!』と思いながら、逃げてみて」
その通りにしてみる。
すると、ガリンッと、手首が何かに引っ張られるような感覚がして、鴉羽は思わず後ろを向いた。
そこに見えたのは、一本の鎖。薄いピンク色の光を纏った丈夫そうな鎖が、鴉羽の手首と、家の中を繋いでいる。
家の中と言ったのは、家の外からでは、ただ鎖が不自然に壁をすり抜けているようにしか見えず、中と繋がっているとしか言いようがないからだ。
「……これ、どこと繋がってるの。あとこれじゃ、外食できない」
鎖を軽く引っ張ってみる。
「これは『誓い』というもの。外食したいけど、お留守番はしますって言う誓いから成り立つ魔法ね」
随分とイイカゲンな魔法だ。
「だから、繋がっているのは鴉羽ちゃんの身体と、塔の中の空間そのものね」
道理で壁をすり抜けるわけだ。
やえが続けて説明をする。
「『誓い』を破らない限り、いくらでも遠くまで外食に行っていいの。まあ、一日ぐらいしか持たないけど」
仮に家に、エルフの血以外の者が侵入した場合、その場で鴉羽にそれが伝わるという。場所、大きさ、ある程度の情報が桜の花びらで示されるそうだ。
ただ、侵入してからでは遅い。
向かっても、間に合うかは分からない。
だそうだ。
「……やっぱなんか、抜けてる魔法ね」
「ないよりはいいでしょう」
鴉羽が文句を言うと、やえが返した。まあ、そうだけど。ため息をついて、やえの方を見る。
「やえ、まだ力ある?」
「体力のこと?」
「うん」
「あるわ」
「……ん」
鴉羽が、そっぽを向いて手をやえの方に伸ばす。これは……?と疑問に思うやえだが、すぐに「何かやりたいのね」と察してくれてその小さな手を握った。
「……冷たっ」
「……うっさい。いくよ」
鴉羽は目を瞑った。
五秒くらいして、二人の目の前に大きな黒いドームが出来上がって、ミズーリの塔を呑み込んだ。
やがてドームは半透明になり、ついに見えなくなった。ポカーンとそれを見つめるやえ。
やえを無視し、鴉羽は小石を拾って、「ほいっ」と塔の上階の窓ガラスに向かって投げつけた。
ほいっという掛け声に比べるとその小石の飛行は素早い。気流の渦を描いて窓ガラスに突き刺さる───と、その直前に、小石は粉砕され、続いて赤黒い電気が全体に軽く走った。
「ん、よし」
「えっえっ」理解の追いつかないやえ。
「外食に行っくぞー……」
やえの手を引っ張って、鴉羽が人里に近い方の森の中へ向かった。
「ちょっとちょっと!……あ、あれなに!?」
「『
「鴉羽ってそんなことできたの!?……ちょっと、なんかドヤ顔しちゃった僕が恥ずかしいじゃない!」
少し顔を赤く染めるやえ。なんか、ごめん。防犯が、怪しかったから、つい。
「だって、鴉羽って見た目弱そうで、保護愛を誘う感じの子なのに!……ただでさえ、同年齢って僕が気づいたとき、驚いちゃったのに……」
思ったことを全部口にするやえ。それを申し訳なさそうに鴉羽が聞いてあげる。
さすがに自分で言うのは無理だが、腐っても黒鬼のリーダー格だ。弱くてたまるか、というところである。
「……いや、ほら」と弁解する鴉羽。
「これ、誰かと手を繋いでいないと、ダメだし、やえの功労でもあった。……じゃ、だめ?」
「あ、それでいっか」
「……」
……あ、いいんだ。
思ったことはさわやかに言い出すやえだから、これは本心なんだろう。
やっぱり不思議な子だな、と鴉羽は心の中で思いながら、やえの飛び跳ねる三つ編みを見つめた。
「……止まって」
「うん」
小走りをして、数分も経たない頃。
二人は、ほぼ同時に森の異変に気づいた。
顔を見合わせる。
風の音をよく聞けばわかる。
このいやな感覚。鴉羽にとっては、久しぶりに覚えた感覚。やえにとっては、勘で探り当てた感覚。
そう、これは────
「「……誰かに狙われてる?」」
家に三人が集まる
うとたちがやってくる
森を破壊しようとしている者がいる(工場の設計など、まあまあ進んでる)
ちょっとしたいたずらで、それを防ぐ
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