十八話、えるにーにゃと、ぅとの日常②

 えるにーにゃは、鴉羽について説明した。


 森で出会ったこと。

 大丈夫?って声をかけてくれたこと。

 口調は厳しいけど、優しいこと。

 黒鬼であること。

 えるにーにゃの隕石操縦で酔わせてしまい、二三回吐かせてしまったこと。

 云々。


 聞いていくうちに、上の空になっていく扇。

「……これは謝っておくべきだな」

 と言って、和歌を書き始めようとする。

「いえ、謝りました……」と言うえるにーにゃに、扇は「ちがう、そうじゃないんだ……」と頭を抱えた。

「彼女はこれからも付き合っていく仲だろう?」

「はい、ミズーリのことをお姉ちゃんと慕っていましたし」

「なら、挨拶くらいはしておくべきだな。……加えて将来の数々の迷惑へのお詫びだ」

「将来!?」

「なら、お前はもう変なことはしないと約束できるんだな?」と訊く扇に、ぅとが頭を掻きながら「無理です……」と答える。


「家名は」

「苗字ですか?『素ノ丸』だったかと」

「すっ……」

 筆を落としそうになる扇。咳払いをして誤魔化す。もう一度言ってくれ、と娘に頼む。

「?……素ノ丸ですが?」

 ああ、聞き間違いじゃない。そう確認すると、慌てて何かを書き始めた。

「どうしたんですか」と、ぅとが尋ねる。苗字を聞いてからの父の様子がおかしい。

「いや、別に大したことではない。素ノ丸家は我が曉一家と、祖先の時代に手を組んで戦った歴史がある」

「「なるほどー」」と空返事をする娘二人。正直、なぜそんなことで慌てなければ行けないか分からない二人だった。月兎に、エルフ。人間の歴史は、ほとんど知らない。多くて、学校の勉強で習うくらいだろうか。

「御恩云々を深く持つのを、素ノ丸家は嫌う。正々堂々と接することを好むからな。……そういえば、娘がいる話をしていたな。うっかりしていた」

「……はぁ」

「それなら、その手もいらないのでは?」

「いや、和歌は特殊だ。特に黒鬼。彼らは───和歌を大変好む。損はしない。そこは信じてくれ」


 特に信じない理由もなく、娘二人は「信じます」!と口を揃えて言った。それを見て、「それにしても、随分と顔が広くなってしまったな」と心の中で呟きながら、ぅととえるにーにゃを愛でた。




 少し遅くなった食事。

 火鉢などの周辺物も揃っている。

 古風な貴族っぽい暮らしぶりとはいえ、現代だ。さすがに強飯や干いわしを頬張ることはしない。

 ましてや愛娘が二人の立派な家族だ。

 用意させるものも、当然……。


「このデザート美味しそうですね!」

「先に食べちゃだめ……ですか?」

 二人は最初にデザートに目をつけた。父が得意げに言う。常春のどこかの特産だそう。「お目が高いな」と、商人っぽい言い回しをした。

「これはわたしが、神殿の近くで見つけた店舗のものだ。いい値段していて、さぞかし美味いものなのだろうなと思ってな。試食があるから試したら、これがまた絶品でね。……一目惚れして、お前ら二人の分まで買ってきてしまったというわけだ。おかわりはできるが、他の人の分もあるから、ほどほどにな」


 扇が「娘にあげたい」と一目惚れした物は、食べ物であれば、大抵多めに買ってきて、使用人や護衛にも食べさせる。独り占めの時代は終わりだ、といつも言っている。


 二人は自分たちの目の前の小さな鍋が、グツグツ沸騰しているのを見ながら汁物を一口啜った。その動作があまりにも一致していて、扇は思わず笑って袖で口を抑えた。

 本物の姉妹みたいだ。

 髪色が同じだったら、もっと姉妹らしくなる。

 ぅとがそれを気にして、前に扇に相談したことがあったが、「無理をしなくて良い。そのままでも十分愛娘だ」と扇に言われ、満足した。

 この紫は、高貴な色だ。

 エルフの中でも、これは珍しい。わざわざ、それを払拭する必要はない。そもそも揃っていないからなんなのだ。血が繋がっていないからなんなのだ。そんなものがなくとも、わたしは二人の娘を愛せる。扇はその面については、自信があった。


 船を漕いでいて、えるにーにゃと、ぅとが溺れていて一人だけしか船に載せれないとしたらどっちを載せる?と前聞かれた時、前提など一切無視して「隕石に乗って三人で脱出する」という珍回答を残したそうだ。


 えるにーにゃは、隕石を召喚できる。だから、まず彼女の手を取って、隕石を召喚させる。


 ぅとはえるにーにゃのコントロールができる。だからえるにーにゃが慌てているところに補助として入る。


 そして三人で隕石にでも乗って、陸に上がる。


 どちらのこともしっかり理解していないと、答えられない。


 ちなみに、自分が飛び降りて二人を載せるという回答は?と聞かれたとき、扇は少し嫌な顔をして、「ぅとに再度親を失う感覚を思い出させる必要はなかろう」とキッパリダメだしをしたそうだ。



「そういえば、お母様はどうしているんですか?」

 下の蝋燭キャンドル(毒のない、安心安全八個入りのパック。いい雑貨屋には売っている)が消えて、ようやく食べられる温度になった鍋に箸を伸ばしながら、ぅとが尋ねる。


「ああ、『神殿』で『祝福』の行いをしている。もうすぐ、帰ってくる頃だろう」

「今日は帰ってくるんですね。いつもは神殿で寝るーって聞かないのに……はむっ」

 えるにーにゃは餅を頬張る。

「えるにーにゃ、あれは寝てるんじゃなくて、『お祈り』です、『お祈り』」

 ぅとが箸とお椀を持つ手を止めて、わかってないなぁ、とえるにーにゃを見る。「はは。いいじゃないか。彼女が聞いたら抱腹絶倒するだろうね」と父が宥める。


 細かいことは省くが、「お母様」つまり、えるにーにゃの母も、父と同じような感じだ。ただ、もっと周りに優しく、そして信仰心が強い。

 一日のほとんどを祈りと聖の行いか、愛娘二人を可愛がるかに費やしている。時々お祈りの神殿抜け出して、仮初の姿でコンビニでアルバイトをし、従者を困らせている。

 が、文句を言う者は誰一人としていない。

 理由はシンプル。

 彼女はこの神殿の、トップだからだ。最高権威を持つ聖職者にして、歴代最高レベルで「能力がある」と讃えられている。実力もあって、信仰心もあって、慈愛もある。文句を言えるはずがない。

 ただ少しお茶目な───月兎である、それだけだ。


「いつ帰ってくるかなー」

「もうそろそろですよ」

 という会話があって、まもなく。使用人がやってきて、母の到来を伝えた。


「「お母様!」」目を輝かせる二人。

 が、父と食事をしている時に立つのも……と遠慮して二人揃って言いにくそうにモジモジしていると、扇は、

「迎えに行ってやれ」

 と言って笑った。

 それを聞いて立ち上がって一礼すると、二人は我先に渡り廊下の方に走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る