十七話、えるにーにゃと、ぅとの日常①
「お父様!」
ぅとはぱあっと明るくなって、四面障子の部屋を走って出ていった。後ろから「ぅと様!?」という声が聞こえるが、気にしない。
ちょっと走りにくい服なので、早歩きだ。
木の廊下がぼんやり照らされている。
正門に近い仕切り部屋に入ると、そこには四十過ぎの男が一人と、女性の使用人が数人いた。
男は筋肉質ではないが、しっかりした身体つきをしている。宗教のものらしき服装を脱ぎ、和装に着替えている。使用人はその手伝いをしたり、服を畳んだりしている。
「お父様」
その声を聞いて、男はぅとの方を見る。ぅとは嬉しそうな顔をして、正座をしている。重心が前に寄って、男──もとい、父の一言を待った。
「ああいたのか、ぅと……すまぬ、今朝の薬草の件は」
申し訳なさそうな顔をする男。
「もちろん、あります!ミズーリが快く、はいどうぞって」
そう言いながら、ちょっと興奮気味に、懐から小瓶を取り出した。中には、緑色の粘液がべっとり張り付いている。
「そうか。……ミズーリ殿には、また御礼を書かなくてはな」
「そういえばなんでミズーリ『殿』なんです?」
基本的には、ぅとの年齢の子には、呼び捨て、多くて君付けだ。
「ああ、彼女には……色々お世話になっているからな」
そう言って、着替え終わった扇はぅとに近づき、頭を撫でてやった。
その言葉に、ぅとがくすっと笑う。
「お父様もそうなんですね」
「彼女ら一家には……頭が上がらない」
「とはいえ、よく彼女らの悪口を仰るようですが?」
にしし、といたずらっぽく言ってみるぅと。
「それはそれ、これはこれだ」
そう言って、ぅとのお団子を畳んだ扇子の先でぺしっと叩くと、廊下の方に出た。
「えるにーにゃを呼んでくれ。そろそろ食事の時間だろう」
「はいっ、お父様!」
廊下。外はすっかり暗くなっている。
ちょっと、肌寒い。
ぅとは扇のそばに寄った。
「……えるにーにゃは今何をしている」
「多分妄想しながら、外の池を鑑賞していると思います!」
「……はぁ。いつになったら成長するんだか。……特に、操縦技術」
「まあまあ……そういえば、この薬草って何に使うのです?正直、名前も初めて聞きましたし」
ぅとは小瓶の蓋を持って揺らしてみた。
父に言われて貰いに行ったが、何なのかは未だにわかっていない。その面、「ああ、あれね」とすぐに取りに行けるミズーリはすごい。
どれほどのトレーニングや、勉強をすれば、ここまで覚えられるのか。
「……なんだと思う」
うーんと考え始めるぅと。それを微笑ましく見守る扇。
「中に入っているものを見ますと、単純な薬草ではなさそうですね!……エルフの見解ですが、これは……くんくん……組織再生のものですね!」
エルフとしてのプライドに任せて、そして勘に任せて、答えてみる。薬草はエルフの十八番だ。勘とは言ったものの、匂いなどで消去法的に消せる選択肢は多い。
「ほう」
感心したようにぅとを見る扇。
「どうしてそう思った」
楽しくなって聞いてみる。
思っていたことをその通りに答えるぅと。
例えば、と説明し始める。
「最初に、多分再生の類だと思いました! 生命再生の場合は、もっと色が薄く、かつ貴重なものなので、そこまで大盤振る舞いしてこないと思うんです」
歩きながら小瓶を揺らす。
「それから、色が基本的に近い、『組織再生』と『木質再生』と『水質再生』ですが、水質の場合は、匂いが強いので、小瓶では渡しません。普通、スポンジに詰めます。最近は冷凍パックとか、発泡スチロールに詰めたりして運送します」
「面白い。それで」
「組織再生と、木質再生で迷いましたが……」
そこまで言って、少し恥ずかしそうにモジモジして、小瓶を仕舞う。立ち止まって、床の角を見つめながら、
「お父様が、ちょっと急いでいたので、人助けかなって……あっ」
ぽんと、ぅとの頭に手を乗せた。
「……正解ですか?」
「正解だ。お前が言う、専門なことは、生憎分からないがな」
「やった!」
バンザイして、喜ぶ。
「今度、薬草について教えてくれないか。わたしも、調べながら名前を知っただけだからな」
「わかりました!ぅと、頑張って教えます!」
「ははっ、お手柔らかにな。……お前の教鞭、結構スパルタだからなぁ」
「それは、お父様を宇宙一すごいお父様にしたいから……」
「ははっ。この間まで、世界一だったのに、広がったな」
「来週には全次元一になります!」ぅとが、やったるで!という顔をしている。
「……プレッシャーが重いな」と苦笑いをする扇。
二人は、やがて例の池に辿りついた。
えるにーにゃが、整えられた石畳に座って、水面の一点を見つめている。
「えるにーにゃ」
父の声に、はっと振り返る。
「お父様!……ただいま」と駆け寄る。
「こらこら走るな。はしたない。……で、何を見ていたんだ」
「……
「それは知っている。また、妄想か」と笑う。
だが、えるにーにゃはえへへと笑い返して、
「いえ、『がうがう』のことを、いえ、『鴉羽』のことを……考えてました」と答えた。
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