十六話、夏休みの計画と、追追追追試③
「やえちゃん、どう?」
すっかり居座るかと思っていた、ぅととえるにーにゃがいなくなって、部屋の中には今鴉羽、ミズーリ、やえの三人だけになっている。
ミズーリが萎んだやえのそばに座る。
「無理……むりぃ」
珍しい。いつも爽やかなやえなのに、こんなにも萎えてしまうこともあるんだ。
意外だな、と鴉羽は思った。
やえは勉強が苦手だ。
覚えが悪い訳では無いが、なぜかテストの点数は一向に伸びない。頑張ってはいる。頑張ってはいるのに、伸びない。
こればっかりは練習するしかないわー、とミズーリが笑う。それを見て、鴉羽も「私も教える」といってやえの右側に椅子を持ってきて座った。
が、すぐに恥ずかしくなって、
「いらないなら、いい」と言って席を離れようとした。袖口をやえに摘まれる。
「そこにいて……まじ、死にそう」
「はい、これあげる」
「……?」
「ご褒美よー」
顔をあげるやえ。ミズーリはやえの前に、氷水が入ったグラスを置いた。
「……水?」疑問に思う鴉羽。
「だけじゃないわー。これはね、ぅとちゃんがね、常春のどっかで見つけたらしいの。なんでも、『精霊、龍、どの種族にとってもきっと大好物!』だそうよ」
「なんかデジャブ!というか久々に聞いた」
前、胡椒かなにかでも、同じ宣伝があった気がする。
鴉羽はそのグラスを揺らした。カランといい音を立てて、中の氷がぶつかり合う。
「鴉羽ちゃん飲みたいのー?」
「いや、別に。気になる……だけ」
「もー、素直じゃないんだから……やえちゃんもいい?」久しぶりに素直じゃないと言われた。結構成長したと思ったんだけどなぁ。
「ミズーリがいいなら、僕は構わない」
という訳で、一口飲んでみることにした。
「!」
「「どう?」」ミズーリとやえの声が重なる。
「……甘い。美味しい……ごくっごくっ……」
「おー、いい飲みっぷり」と手を叩くやえ。
いや、これは間違いなくいい水だ。今まで飲んできた水と比べ物にならないくらい美味しい。
ほんのり甘い。が、コンビニに売っているような、香り付きの水とは違って、自然の味わいっぽい。
「……ぷぁ。ご馳走様」
「いえいえーお粗末様ー」と空になったグラスを運んでいくミズーリ。
……あれ、何かを忘れているような。
「あのう、僕の分はないんですかね?」
「「……あっ」」
やえの助けを呼ぶ声を聞いて、ようやくこれがやえ用のものだと、二人は思い出したのだった。
謝る鴉羽。いいよー大丈夫、とやえ。
「……ま、まだ残ってる?」ちょっとやえが可哀想になって、鴉羽が慌てて聞く。
するとミズーリの返事はこうだった。
ぅとがくれたのは、小さいペットボトル一本分。
やえに渡しておいて、と言われていたので、ペットボトルのままだと見栄え良くないし、今のやえを救いたいと思ったミズーリ。
その結果、ペットボトルの中身を全部グラスに注いだという。
……簡単に言おう。
「……ごめんねー。もう、ない」
ミズーリが両手をヒラヒラさせた。
「ほんとごめんなさい」深々と頭を下げる鴉羽。
これは、やえにも、ぅとにも頭が上がらなくなる案件だ。
……今度謝ろう。
一方、ミズーリの家から出たえるにーにゃと、ぅと。
二人は、えるにーにゃが操縦する隕石に乗って、ものすごいスピードで森を通り抜けていた。
背が小さいぅとが後ろで、えるにーにゃの腰をつかんでいる。
(※自転車の二人乗りは危険ですので、控えましょう)
えるにーにゃの操縦技術は鬼を倒すレベルだが、ぅとだけはそれについていける。ぶつかりそうになったところに、「おっと危ない」と言って、えるにーにゃの太ももを触る。するとえるにーにゃは「ひゃっ……♡」と声を上げて、隕石の軌道を横に曲げる。乗馬方式だ。
「面白い人たちでしたね!また遊べたらいいんですが」
「そう……ね、ぅと君……その……」
「なんですか?」
「今夜は……できるんですか」
恥ずかしそうに訊くえるにーにゃ。ぅとはふふっと笑って、
「今日はとことん付き合いますよ!」とさわやかに言った。
二人は家につく。
大きな屋敷である。
まるで平安の上位貴族を思わせるような、広い中庭、渡り廊下、母屋等々。
周囲は森に囲まれ、夜も近く、静まり返っていた。屋敷の中に入ると、使用人が一人やってきて、ぅととえるにーにゃの前で正座になった。
ぅととえるにーにゃは、共同で、この屋敷を使っているのだ。
使用人が礼をする。
「ぅと様。えるにーにゃ様。お二人の帰りを、お待ちしておりました」
「いいですよ、そんな固くならなくて!ちょっと恥ずかしいし」と頭を搔くぅと。えるにーにゃはというと完全に意識ここに在らず、という感じで、「ぅと君……♡ぅと君……♡」と妄想モードに入っていた。
「すぐに御食事のほうはお召し上がりいただける様になりますので、暫し、お召し物の方を。……今宵は、旦那様がお帰りになると承っておりますので」
旦那様。
それを聞いて、ぅとが「おー」と喜びの声を上げた。
彼は、えるにーにゃの父である。月兎ではない。が、この御屋敷の主人である。
基本的に仕様というものの美しさに厳しく、本人も超がつくほどお金持ちでありながら、「酒!女!権力乱用!」というマネはしない。「すきずきしからず(風流でない)」と吐き捨てる。
じゃあ、彼女二人にも厳しいかと言えば……そういう訳では無い。むしろ、甘々である。「親バカ」とはこういうもの、の模範となる人物だ。
甘やかしてあれこれなんでも買ってあげる、という訳ではない。というより、彼女ら二人の方があまりにも欲がない(えるにーにゃは「ぅと君がいれば♡」としか言わない)ので、あげたくてもあげるものがないのだが。
民衆の模範となるように、と礼儀作法には厳しく、口うるさく言うが、その他娘の事情あれこれや、乙女の事情あれこれには基本的に甘く、いらないほどに献身的だ。
ぅとの両親が早々と亡くなってしまってからは、ぅとをえるにーにゃと同じく娘のように扱っている。決してどちらかを贔屓をしたりはしない。
ぅとにとっては、「二回目の人生」で、もう一度、一番の幸せを得たような感覚だった。
「……では、着替えてきます!ほら、えるにーにゃ」
えるにーにゃの手を取って、ぅとは屋敷の奥に入った。
ちょうど、ぅとがえるにーにゃと同じ和服に着替えた頃。
一人の使用人がやってきた。正座、一礼。
「どうしましたか?」と訊くぅと。召使いが口を開く。
「───ただいま
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