十五話、夏休みの計画と、追追追追試②

 だいぶ会話が温まってきた(?)頃に、二人はミズーリの家に着く。

 ……普通に歩いた方が早いんだが?と心の中でえるにーにゃを呪う鴉羽。

 未だに、口の中に胃酸の苦い味がべっとり残っている。酔った。完全に酔った。


 ───コンコン。

「はーい」と聞こえて、足音が続く。

 ミズーリがドアを開けると、そこにはげっそりした鴉羽と、申し訳なさそうに涙ぐむえるにーにゃがいた。


「あら」とミズーリ。

「楽しそうねー!……どうしたの?──きゃっ」

 がしっと鴉羽に両肩を掴まれるミズーリ。「いたたた」と悲鳴をあげる。

「……はぁ……うぷっ……お、姉ちゃん。これが、楽しそうに、見える?眼科に……うぷっ……行った方がいいよ」

 恨めしそうな目をする鴉羽。

「えーそう?雰囲気が和やかよ?」

「ぜッッッッんぜんですが??」

 そう否定して、鴉羽はえるにーにゃを睨んだ。

「あっ」と声をあげるミズーリ。「鴉羽ちゃん服どうしたの?……吐いちゃったの?」

「……今更?」

「あーっ、ごめんなさい。喜んじゃいけなかったわね……お二人の距離が仲良しのお友達の距離だったから」

「もう……敵よっ」とセリフを吐く鴉羽。

 そうは言ったものの、友達が出来た、という感覚は鴉羽にはあった。なんだか、やえを友達にしてから、そういう関係が広がっていったような気はしている。

 ただ今は、そんなことより。

「……吐きそう……」

 と言って、ミズーリの胸に頭を埋める。

「ちょっ、えーっ。あ、ふ、袋用意するから!この洋服お気に入りだからっ……」と慌てるミズーリ。じっと後ろで頭を垂れて待っているえるにーにゃにも声をかける。


「……えーっと、たぶんあなた、えるにーにゃちゃんよねー?もう一人の子が先に来てるから、上がっていいわー。あ、スリッパは好きに取ってー」と言いながら、鴉羽を背中におんぶして、階段を登った。

 えるにーにゃがそれに続く。

 さっきの申し訳ない気持ちは未だに残っているものの、ミズーリの言葉を聞いてちょっと元気を取り戻していた。

「……もう一人……もしかして!」

 時々鴉羽の背中を擦りながら、二階に上がった。


 えるにーにゃが二階にやってくると、そこには既に先客がいた。(同時期、ミズーリは鴉羽と一緒にお風呂場に向かい、服を着替えていた。時々、「そこに吐いちゃだめーっ」という悲鳴が聞こえる)

「あぁあ……わぁんない……」

 と机に頭を乗せて泣きながら呟く三つ編み少女。やえだ。


 そしてもう一人。

 そのやえの背中を擦りながら、「大丈夫大丈夫、教えますから!」と笑う少女。彼女を見ると、えるにーにゃは目を丸くして、

「ぅと君!」と叫んだ。

「……お、えるにーにゃじゃないですか。どうしてここに?」ぅと、と呼ばれた少女が返す。

「……こっちのセリフ……よ。……その……もしかして、今夜は……できるの?」

 えるにーにゃが、うっとりした目で、ぅとを見た。また、息が荒くなっている。やえはそばで涙を浮かべながら、えるにーにゃを見上げて、


「……なに?」「この人誰?」と二人の会話を不思議そうに見ている。


 ……なに、この甘い空気は。


 ぅと。

 鴉羽より少し背が高いくらいの女の子。

 紫色のセミロングで、右側にお団子が結われてある。全体的に髪がふんわりとカールしていて、いかにもお嬢様、という雰囲気を醸し出している。

服装はというと、案外普通で、特に気取った雰囲気もなく、駅前の服屋で売ってそうなものである。


「ただいまー」

 という声が聞こえ、ミズーリと鴉羽が三人のもとにやってくる。

「おかえり」と無気力に返すやえ。

「全然進んでないじゃない……」と呆れた顔をして、ミズーリがやえのノートを覗き込む。

「やめてー。見ないでー」

 やえが必死に手で隠す。

「教えてるんですが、ちょっと……色々と大変で、はは」と苦笑いをするぅと。ひたすらに「ぅと君……♡ぅと君……♡」と呟くえるにーにゃ。


 鴉羽は、というと。

「何だこの集団」と突っ込んで、ジト目のままミズーリの腕を掴んだ。気持ちは落ち着いてきた。吐き気もない。

「……あの人だれ?」

「あー、ぅとちゃんのこと?」

「……う?」

 ……今、なんて?

 と?なに……と?うって聞こえた?聞き間違い?


 すると、ぅとと呼ばれた少女は立ち上がって、鴉羽のそばにやってきた。

「初めまして。エルフの『ぅと』と言います。ひらがなでこう書きます。……エルフの言語でこう書きます」と言って、二枚の紙を渡してきた。

「ぅと」と書かれた紙だ。

「決してハーフエルフではありませんよ?エルフです!」

 と高らかに宣伝する。どうやらエルフという純粋な「ブランド」にプライドを持っているようだ。


「……ほかはわかんないけど、お姉ちゃんのことを悪く言ったら、……容赦しないから」と、ぅとを睨む鴉羽。拳を突き出す。

 エルフのことだ。鬼が関われる話では無い。が、ミズーリが傷つくなら別。

 誰だろうと、ミズーリに傷をつけた奴は、全員問答無用で叩きのめせる自信がある。

「はは、大丈夫ですよ!そんなことしませんって」と両手をあげるぅと。「ミズーリには、色々助けてもらいましたしね」と続ける。


「私が言っているのはあくまでも、一般的に、ですよ!それに、別にハーフエルフが悪いとは言いません。エルフがすごい!それだけです」

 ハキハキしているなぁ。裏表がないというか。

 ……。気に食わないが、悪いやつでは無さそうだ。鴉羽は何となくそう思った。


 しばらく椅子に座ってダラダラしていた鴉羽は、現状をだいたい理解した。


 ミズーリの家に枯れかけたやえがやってきて、追追追追試の勉強を教えてもらう。

 そこにぅとと呼ばれるエルフがミズーリの家にやってきて、薬草の頼み事をする。

 そのままぅとが居着いて、流れでやえの勉強の面倒を見ることになる。

 ぅとを追いかけるように、えるにーにゃが森に突撃する。

 そこで鴉羽と出会う。

 そして今に至る、と。


 適応能力がバカみたいに高いミズーリ、やえ、ぅとの三人。ぅとになんかしらの「感情」を抱いているえるにーにゃ。

 その四人に囲まれる鴉羽。深くため息をついて、胃酸の味を和らげるためにと、ぅとから貰った棒付きの飴を舐めた。


 こりゃ……。

 ────夏休みが、ろくなことにならなそうだ。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る