十四話、夏休みの計画と、追追追追試①
その後の三ヶ月は、鴉羽もダンジョンのことを忘れてのんびり過ごしていた。
特に、事件が起きることもなく、定期テストがやってくる。
鴉羽は勉強が得意だったので、直前に単語や計算をやり直すだけで、テストは十分に乗り越えることができた。
これが終わったら、しばらくしてあとは夏休みが待っているだけ。
今年は何をしようかな。
お姉ちゃんと過ごそう。
あ、でも多分やえも来るから、三人で遊ぶことになるよね。全然いいけど。
鴉羽にとって、お姉ちゃんと友達、その関係は異なるものの、ミズーリとやえはどことなく似た性格をしていた。
ミズーリはおっとりしている。やえはさっぱりしている。が、二人とも優しくて、包容力がある。そして、適応能力が鬼だ。……なんか、この表現は違う気がするが。
さて、テストも無事に終わったし。結果も悪くないし。帰ろう。……お姉ちゃん家に。と、意気込んで、森の中に入る。
「……ん?あれ?何この匂い」
いつもの木々のものとは違う、嗅ぎなれない芳香に鴉羽が眉を寄せて手を鼻に当てた。
いや、嫌いな匂いではない。
これは……香水の匂い?駅前でそんなお店があった気がする。
少し警戒心を高めながら、周囲を見渡しつつ木々の間を進んでいく。
「……?あれは……?」
少し開けたところに出た鴉羽。そこに、変な物があることに気がついた。
まず、第一印象、丸い。それから、大きい。凸凹している。隕石みたい。
そんな森と似つかわしくない物体が、土壌に半分くらいめり込んでいる。あちこちから水蒸気か何かの白い煙が立っている。
そしてその上に……人影が横になっていた。
「……」
うん。変な人だ。逃げよう。
と、第一印象が悪く、咄嗟に逃げ出そうとする鴉羽。が、すぐに別の可能性を見出して、やっぱり、と声をかけた。
「……大丈夫ですか」
煙が熱く、近寄れない。少し離れたところで、声をちょっと張ってみた。
すると人影は反応して、むくりと起き上がる。周囲の煙をぱっぱっと散らせる。
そこに現れたのは、身長高めの少女。やえくらいだろうか。
灰色のおかっぱヘア。大きな白いリボンが、頭の後ろで結われていて、前から見ると頭を中心にしてバツ印のように見える。
目はトロンとしていてまつ毛が長い。苦しいのか、絶えずはぁはぁ言いながら、お尻に敷かれた謎の丸い物体を撫でている。
服は和装で、袖の長い着物を着ている。
……なんだこいつ。
やっぱり声をかけなければ良かったかもしれない、と後悔する鴉羽。
が、既にあっちは彼女に気づいているので、今更逃げるなどということもできない。ただじっと立ったまま、変な少女を見ていた。
そういえばさっきの匂い。
どうやらこの白い煙の匂いのようだ。が、正直これがなんの匂いなのかは、いまいち想像もつかない。
ただわかるのは……
「はぁ……はぁ……ほら、ぅと君……お願い、ここは恥ずかしいよぉ……はぁ……ほら、ちっちゃい子の前よ?……ダメよっ……」
「あの。……ちっちゃい子じゃあ、ないんですが?」
「えっ……」
ようやく話しかけられたことに気がついたのか、少女は飛び上がって驚いた。少し身体が震えている。
「もう、高校生なんですけど」
「あ……えと……ごめんなさい……」
「いいですけど……それ、なんですか」
ジト目で丸い何かを指さす鴉羽。
「これは……月です」
「嘘は良くない」
「いえ、本当ですよ!」
「……はぁ」
もういいやと、無視して森の奥に入っていこうとする鴉羽。呼び止められる。
「だって、ここは……宇宙でしょう?ここ月ですよ?……ほら……このクレーター……可愛いと思いません?……ああ……気持ちいい……寝心地最高……」
……なんだこいつ。
「ここは森です。宇宙じゃないです」
「……」
「もり!もーーり!」
「……っはっ!そうでしたか。……森ですか」
「……なんなんですかもう……」
現実に戻ってきたような顔をする少女。悲しそうに項垂れる。
疲れた。早く帰りたい。
あー、お姉ちゃんが待ってるのになー。
「あの、……名前、なんですか?」
「……」
ここの場面だと、何となく、人に名を聞くときは自分から名乗れ!とでも言いたくなるが、さすがに現実でやるのは何か違う気がして、鴉羽は素直に名前を言った。
「鴉羽ですか。……『がうがう』と呼んでもいいですか……?」
「
「えぇ……その……ごめんなさい……」
そこまで悲しい顔をされるのは困る。苦手だ。「好きに呼んでください」と言ってやった。
「私は『えるにーにゃ』です。よろ……しくお願いしますね」
そう言って、笑みを浮かべる少女。
「える?」
聞き取れなかった。
えるにーにょ?らにーにゃ?なんかの気候現象にあった気がするが……?
「あ、……その、えるにーにゃ、です」
「名前?」
「はい」
「えるにーにゃ?」
「はい」
「そうですかぁ……」
そうですかぁ、としか言いようがなかった。うむ。名前はしょうがない。みんな、名前を持っている。誰かしらそういう名前をつけるだろうから、からかってはいけない。……うん。
そうして出会った二人。
とりあえずここにずっといるのもアレなので、と鴉羽が誘って、ミズーリの家に二人で向かうことにした。……お姉ちゃんは嫌がったりしないよね。
進みながら、何となく会話を交わしているうちに、鴉羽はえるにーにゃのことを知るようになった。
まず、えるにーにゃ。
彼女は、「月兎」である。
こことは違う次元の存在であり、かつての人間は満月の夜という期間に、彼女の仲間を月に見たそうだ。
そして先程の「月」。
あれは、月では無い。
ただの隕石だ。月兎は隕石に乗って動ける。そしてどういう訳か、それは次元をも越えて飛び回ることが出来るという、超ハイスペックな存在である。
……ただし!
えるにーにゃの場合は操縦が下手で、三回に一度は墜落するらしい。
つまり、もしもエルフの森の抵抗と、えるにーにゃの必死の減速コントロールがなかったら、ここら一帯大火事で焼けてしまっていた可能性だってある。
それに関しては、えるにーにゃも十分承知しているようで、その点を突っ込むと申し訳なさそうにした。
そして、このなんとも言えない、えるにーにゃの変態(?)チックな性格。
……これは素だそう。
もう、直せないらしい。
こればかりは許して欲しいと鴉羽は頼まれたが、正直な話、突然駅とかで一緒に歩いていて、「あぁ……気持ちいい……♡はぁ……はぁ……」とかやられたら、「この人知りませーん!」と逃げたしたくなる。
……一緒に駅を歩くつもりはさらさらないが。
鴉羽も軽く自己紹介をして、黒鬼であることや、お姉ちゃんがいることや、実家に妹がいることや、ちょっと変な学校に通っていることなどを伝えた。
さすがにダンジョンのことは伏せてある。
言えない言えない……。
途中で、隕石に乗るよう誘われて、断るのは悪いと思って前にえるにーにゃ、後ろに鴉羽という形で乗せてもらったが……。
あれは、人間が乗るものじゃあ、ない。と、鴉羽は思い返す。鬼が乗るものでもない。他の月兎が同じタイプばかりでは無いことを願う。
まず、あちこちにぶつかる。それから、速い。揺れる。鬼でなかったら、とっくに四肢が裂けて頭が吹っ飛んでいた。
エルフの森に歓迎されている鴉羽だったから、大木に当たりそうになった時に「ぎゃあっ」と声を上げると大木から大量の葉っぱが降ってきてクッションになり、死なずに済んだものの……。
もう「殺す気か」と何回言ったことか、と鴉羽は絶望を感じた。
途中で降りて、草むらに胃の中のものを全部戻してしまって、えるにーにゃに「次こそ!」と言われ……というのを三回ほど律儀に繰り返してからは、もう二度と乗るまい、と鴉羽は心に強く決めた。
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