十三話、いつもの日常と、ダンジョン⑤

「素ノ丸さん。どうしましたか?そんな慌てて」

「……はぁはぁ……」

 職員室の中。白樺先生と、鴉羽。

 鴉羽は膝に手をつきながら、息継ぎをする。

「いえ、……ちょっと聞きたいことが。……その、忙しいなら後ででもいいのですが」

「いいですよ、今聞きましょうか」

「その、ではあれを……」

 あれとは、念話を指す。何かあったのね、と立ち上がる白樺先生。

「ここでは目立ちます。階段のところに行きましょう」

「はい」



 ものの五分。鴉羽は今朝ミズーリから聞いた事を、名前と細かい場所を伏せた状態で先生に伝えた。もちろん、念話だ。

 先生は驚いた顔をしている。

「鴉羽ちゃん……」

「なんですか?」

「喋るようになったね」

「え?」

 うーん、そっち?驚いたの、そっち?穴や、大男の話は?

「ほら入学当初、自己紹介のとき、なんて言ったか覚えてる?」

「……蒸し返さないでください」

「しないしないってば。ふふ。あれは目立ったわね」

「先生っ」

「ふふ、ごめんなさい。……それで、お話のあれなんだけど」

 やっと、本題ね。

「……あれは聞いたことないわね。校長先生があれを持っていたのは、知ってるの。でも、同じものがあったとは……」

「じゃあ、先生もしらないと」

「……ええ。校長先生にわたしから聞いてみるわ」

「助かります」


 その日、クラス全体に、委員長からの話として、ダンジョンの使用が伝えられた。

 驚きや興奮、不安など色んな声が上がったが、委員長が、危険はありません、と説明するとみんなは何となく納得して落ち着いた。

 委員長、シルノイアは鴉羽の名前を伏せた。

 鴉羽にとってもそれは嬉しいことなので、心の中でシルノイアに感謝を述べた。

「自慢できる」と喜ぶ一部の男子生徒に、シルノイアが釘をさして、

「これはクラスの機密事項です。学園祭で一位を獲るためです」

 と言うと、自慢より機密事項という言葉が嬉しかったのか、クラスは一致団結して「言わない、言わされない、言う環境を作らない」の「非暴露三原則」を立てた。

 校長先生の許可もあるということで、反対する生徒もおらず、無事、このクラスはダンジョンを使用することになった。

 席に戻っていくシルノイア。鴉羽と目が合った。「ね、これでいいでしょ」という風な顔をするシルノイアに、鴉羽は照れ隠しのつもりなのか、左手で口を抑えるようにして頬杖をついて、目線を逸らした。


 あー。

 これは大事業になるぞ。


 あまりこういうことには関わって来なかった鴉羽にとっては、ちょっとしたストレスであったことは否めない。


 昼休みを挟んで、最初の授業は白樺先生だ。「ごめんなさいね。放課後来てくれる?話したいことがあるわ」と言われた。

 それが気になってしょうがなく、その後の授業もあまり集中できなかった。

 放課後、職員室。

「素ノ丸さん、やっと来ましたか」

「すみません。……別にお腹すいて、ご飯を食べてたわけではゴニョニョ……」

「シャキッとしなさい……それで、聞きたいことがあります」

「……はい」

「部活に入るつもりはありますか?」

「……ないです」

 正直に答える。

「アルバイトなどは」

「してませんね」

「……」

 黙る白樺先生。


「……どうしたんですか?」

「良かったです。……いえ、気にしないでください。色々巻き込んでしまって、それであなたの活動に支障が出たら良くないと思いまして」

 色々。

 色々だなぁ確かに。

 しかし嫌という訳ではない。だから、特にやめるつもりは無い。むしろ、あのバカ三人衆(攻角くん、ハリネズミくん、ドラゴンのこと)と出くわす確率が減りそうで嬉しい。


「……それは大丈夫です。それにほら、言い出したのは私ですし」

「それは誤解ですね」

「えっ」

 誤解?どういうこと?

「あなたが作ったのはきっかけ。それだけです。しかし実行したいと思い始めたのは校長先生です。あなたは、悪目立ちすることはありませんよ」

「つまり」

「全部あの人がやりたくてやっただけ。あなたは協力人。それでどうでしょう。少しは安心しましたか?」

 なるほど、白樺先生は自分の心の奥底にある不安を拭ってくれているのだ。それに乗らない手は無い。

 ありがとうございます、安心しましたと言った。

 これなら、プレッシャーは少ない。

 私はただの生徒。

 ただの生徒だ。……協力人というのも結構すごいことなのだが、鴉羽は気づいていない。


 それで、大男って……などと聞こうとしたところに、後ろから男子───副委員長カルノの野太い声がして、会話が途切れた。



 そのことに白樺先生がほっとした顔を浮かべたように見えたのは、気のせいだろうか。

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