十二話、いつもの日常と、ダンジョン④

 次の日の朝。

 朝起きて身だしなみを整えて、食卓に向かうと、そこには既にミズーリと……やえがいた。

 当然のように居座っている。さすが精霊。適応能力がすごい。昨日のプチパジャマパーティーを考えると、今更か。

 観葉植物たちはというと、最初の方は嬉しそうに動いていたものの、やえが大丈夫よとやんわりと断ると大人しくなった。

 ……というか。


「……なんでいるのよ」

「いちゃダメかしら……あら、これ美味しいわね。」

「いや、別にダメってわけじゃ……何食べてるの」

 色とりどりの朝ごはんが、食卓に並んでいた。鴉羽の分ももちろんきちんとある。

 ミズーリが催促する。

「今日も学校あるんでしょー?ほらこっちに来て。好きに食べ始めちゃっていいわー」

「うん。……いただきます」

 熱々のミート&チーズトースト。色とりどりのサラダに、スッキリレモンドレッシング。その他マリネなどの副菜が二品。美味しそうなジュース。いつ見ても完成度の高い料理だ。


「そういえば、お姉ちゃん。ダンジョンって知ってる?」

「知ってるわー、あの、洞穴ねー」

 肯定するミズーリ。

「ああ、そんなものあるわね」

 やえも頷く。


 二人は知っているようだ。

「……どこで知ったの?」

「「んー」」

 考え始める。

 先に答えたのは、ミズーリだった。

「鴉羽ちゃんと出会う前だったと思う」

「結構昔の記憶なのね……むぐ」

「うん。森の奥にね、なんか変なものが転がってて。近づいたらー、ぐわって開いてね」


 森……?変なもの……?なんか既視感……?


 幼少期のミズーリ。

 森で仲間と遊んでいたら突然穴に落ちたらしい。

 が、落ちて潰れちゃう!と身体を丸めていたら、その穴のおかしさに気づいたという。

 まず、すぐには落ちない。落ちても、ゆっくりだ。重力が、おかしなことになっている。

 ミズーリ曰く、「一瞬、記憶が消されそうになった」らしい。


「……それって、記憶自体の『存在』を消されそうになった感じ?」少し言葉を選びながら、前のめりになる鴉羽。

 しかしミズーリが「え?どういうこと?」と頭にハテナを浮かべたので、まあ、いいやと追究するのを諦めた。


 続けるミズーリ。

「それでね。穴の底までたどり着いたらね、なんと!」

 人差し指を立てて、緊張の顔持ちをする。


 穴の真ん中に、大男が寝っ転がっていたらしい。その姿勢は、そう、まるで……昨日の鴉羽の寝姿のよう。


「一緒にしないでちょうだい!……誰だか知らんけど」と横はいりする鴉羽。「でも本当にそっくりよ?」と笑うミズーリ。その間、やえはトーストを美味しそうに頬張っている。


 話しかけようと近づいた幼少期のミズーリ。が、いきなり彼はノシっと起き上がった。


「わっ」

「……」


 大男はミズーリを見る。

 その顔からは表情が消えていて、顔は真っ白だった。それは、血の気がない白ではなく───本当に真っ白なのだ。


「あの、だいじょうぶ、ですか」

「……」

 話しかけても、答えてくれない。


 むう、と不満げな顔をするミズーリ。しかし大男はそれを気にする事はない。


 ずん。一歩、ミズーリに近づく。

 ずん。ずん。二歩。三歩。


「え……あ……」

 怖気ついて、座り込んでしまう彼女。細い両腕で、視界をガードする。

 男の影が、ミズーリを包む。ミズーリはその場で固まったまま、震えていた。


「そ……そのっ……もしたすけてほしいなら、い、いってください!ちりょうなら、できます」

「「……」」

 辺りは静まり返っていた。

 大男の動きが止まる。

 耳元に、野太い声が轟く。

「……本当か」

「……はい」

 話せる人だとわかって、少し安心するミズーリ。「どこがいたいのですか」と訊く。


「お前は……誰だ」

「ミズーリです」

「……ミズーリよ。お前は、大蛇を信じるか」

「おおきいへび」

 大きい蛇なら、どこにでもいる。対処は小さなミズーリでも可能だ。ミズーリは頷いた。

「……うん」

「違う。この森を囲めるほど、大きい個体だ。もう一度訊く。信じるか」

「……いるんですか?そんな子」

「……信じるか」

 壊れた機械のような質問をする男。「……信じません」とミズーリは意図を読み取れずにとりあえずそう答えた。


「なら……」と大男が続ける。「転生者を信じるか」

 てんせい。てんせい?

 ミズーリは、小さな頭をこてんと傾げた。

「てんせいってなんですか」

「死んだ者が……違う次元で生き返ることだ……新しい命を持ってな」

「……そんなのできるわけないです。できたら、おもしろそうだけど……あなた、その『てんせいしゃ』なんですか」

 初めて聞く概念にワクワクするミズーリ。目の前の大男はもしかしたら、すごい人なのかも、と思った。だが、大男の答えは……。


「……違う」

 どこか遠くを見つめて、彼は低い声でそう呟いた。


「ならお前は……」大男は竪穴の壁に歩み寄り、それに触れたまま、振り返ってミズーリを見た。

「───俺を信じるか」


 ちょっと「信じる」のニュアンスが違う気がするけど。あまり人を疑ってこなかったミズーリは、はっきりと返事をした。


「あなたがへんなことをしなければ、しんじます!」

「それは何故だ」

「しんじても、しんじなくても、みらいはかわらない。それならしんじたほうがしあわせなことだってある」

「……!」

 驚く男。


「……ってパパママがいってました」と自信満々に付け足すミズーリ。その顔をまじまじと見て、大男は地面を見た。

「……そうか」

「……?」

「なら────お前は、俺を

「どうしてですか?」


「出会いを信じろ」

「……あなたもであい、のいちぶですよ?」

「……そうか」

「はい!」

「────甘いな」


 大男はそう言葉を吐き出すと、壁に向かって構えた。「下がっとけ」と言う。大人しく男から離れるミズーリ。


 男は両拳に力をこめた。壁に、ぴたっと当てる。

 そして、次の一瞬。轟音とともに、洞穴が大きく振動した。不思議なこの穴はたちまち崩れはじめ、男の拳を震源にしてヒビが入った。


 その一部始終を、ぽかーんと見続けるミズーリ。開いた口が塞がらない様子だった。


 穴が、ゴゴゴと音を立てながら崩壊していく。が、落ちてくる瓦礫はどれもミズーリと大男をすり抜けていった。不思議な現象だった。


「……これは」

「よく聞け。これは俺の最後の良心だ。去れ。二度と来るな」

「……!」

 何か言いたげなミズーリ。が、すぐにめまいが体を襲い、彼女はばたりと倒れ込んでしまった。気づけば家のベッドに寝ていて、周りは一緒に遊んでいた仲間で囲まれていた。

 やがて時間が過ぎ、鴉羽と出会い、それからは大男との出会いを完全に忘れて、今まで過ごしてきた。



「「……」」

「でも……こうやって思い返すと、あれは本当に不思議な体験だったわー……あれ、鴉羽ちゃんどうしたの?」


 朝ごはんを食べ終わり、用意も全て終わらせて椅子に座っている鴉羽。

 その顔は微妙なものだった。


「どうしたの?つまらなかったかなー」

「ううん。面白かった。……ちょっと引っかかるだけ。……じゃあ、私、行ってくる」

 鞄を背負って、ミズーリの家から急いで出ていく鴉羽。階段を降りていくその後ろ姿を目で追った。

 やえはというと、既にお皿洗いをしていた。窓の外を見つめている。

「やえちゃんもどうしたのー?」

「ううん。なんでも。懐かしいなって思っただけ」

 その一言にミズーリは引っかかるものを感じたが、深くは尋ねないことにした。













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