十話、いつもの日常と、ダンジョン②
五人はゆっくりとある工場の横に降りた。
本当に人がいない。ただ、音はある。『存在』するものとして、この
「触ってみるといい」
言われた通りに、鴉羽は工場の壁に触れた。
埃っぽい。が、『存在』として認められていないのか、色だけになっている。
……これってもしかして。
ひとつの可能性を見出す鴉羽。
鴉羽は可能性を検証したくなって、壁に触れたまま心の中で呟いた。
───浄化。
……あれ、変わらない。
もう一度。今度は、しっかり綺麗になった工場を思い浮かべた。
あの頃。
どこに触れても、手が真っ黒になる。しばらくはとれない。食べ物すら、石油の味がする。
綺麗な街に、もし戻れるのなら。
……一体、どれほど素敵な街になるんだろう。
鴉羽はもう一度、呟いた。
───浄化。
目を開ける。
そして驚いた。
「どうじゃ。面白いじゃろ」
「……はい」
この目の前の工場だけじゃない。自分を中心として、半径数十メートルもの工場や道路が、綺麗な壁に、舗装したばかりの道に変わった。
工場だけじゃなくて、ほかの建物も欲しい。山はハゲじゃなくて、緑のあるところ。そう、ミズーリが住んでいるようなところの緑。
その願いが、そのまま現実となって、鴉羽の目に映った。目頭が熱くなった。
「言いたいことはわかる。……じゃが、ここはあくまでもパラレルワールド。そして、その一部に過ぎない。あの穴が、『存在を認める領域まで』しか入らない……もし故郷をこんな理想に変えたくば」
「?」
「金を稼ぐんだな!ほっほっほ」
おどけるように言う校長先生。ただ、言っていることは反論のしようがないくらいに正しかった。
そして、学園祭のことも。
「これなら、行けるじゃろ。都合が悪いこともない。危険もない。そもそも、危険が『存在』しないからのう」
「……はい。あの、校長先生」
「なんじゃ」
「これがあるのに、どうして今まで実行しなかったのですか」
ごもっともな疑問だ。普通は聞きたくなってしまうだろう。
「簡単じゃ。これはのう、使う人と、使い方を誤れば───この学園ごと、滅ぶこともあるものじゃよ」
あの水晶玉は、起動者によって、『存在』の認定が変わる。そして一度決めた存在は、変えることはできない。
そして一度作ったダンジョンは位置を変えられず、そして校長先生曰く、それを壊せる存在はほとんど居ないという。
だから、気安に使えなかった。
というより、使う場面がなかった。
だが、これだけの条件が揃い、そして「学園祭のため」という大変安全な存在設定があるので、これからは安全な穴となるのだ。
……という校長先生の説明だった。
確かに、これを使えば、学園祭も面白くなりそうだ。ゲームも作れそうな気がする。いくつかの世界を組み合わせることもできる。理想郷だ。
「ただし、これには欠点もある」と校長先生。
まあ、これだけの優良条件が揃えば、一つや二つ、欠点があってもおかしくない。
「というと……?」と鴉羽。白樺先生もはて?というかおをしている。
「わし、入り方は知っとるが───出方知らーん」
「「ええええ─────っっ!?」」
残り四人の叫び声が、残光が輝く夢想の街に響き渡った。
※五人で色々頑張った結果、なんやかんやで出られました。
夜。
今日は、ミズーリの家に寄ろうと鴉羽は心に決めた。親にも連絡してある。ここ数日は癒されたいから、と伝えた。
さすがに、色々ありすぎた。思い返してみる。濃厚な一日だった。
「お姉ちゃん、来たよ」
「あら、ちょうどいいところに来たわね」ミズーリが玄関に立っている。エプロン姿だ。何かを作っているのだろうか。
「……?」
ちょうどいいとは。試食かな。試食かな!?
とりあえず招かれて、鴉羽は部屋の中に入っていく。すっかり実家気分だ。
階段を上がる。
「三階に行くの?」
「そうそう」
「えでも三階って寝室よね」
「まあまあ♪とりあえず入って入って」
見せたいものがあるの、という顔だ。
ミズーリの言う通りに、三階まで上がって、閉まっている扉を横に開いた。
そしてそこにいた人物に驚く。
薄ピンクの髪。三つ編み。「ん?」と振り返ってこっちを向いたときの顔。
「あら、鴉羽じゃない」
「やえ!?」
そう、やえだ。あの、精霊の。
ドレスを着ていれば、完全にやえだ。
……ん?ドレスといえば。
「やえって、ドレス着てないとダメなんじゃないの?」
「ああ、それね!ミズーリが改善してくれたわ。ここの塔の中なら、精霊のままでいられるそうよ」
そう言って、やえは嬉しそうに自分のパジャマの裾を掴んだ。
あんなに悩んでいたのに、こんなにも簡単に解決してしまうものなのか。
……というかこの二人はいつ出会ったのよ。
やえはミズーリを見るとベッドに寝っ転がって、手を振りながら、
「ミズーリ、まだクッキーある?」
「あるよー。もう焼けたかしらねー」
「お姉ちゃん……」
ガシッと、鴉羽はミズーリのエプロンを掴んだ。顔をぷくーと膨らませている。
「なぁに?」振り返って鴉羽の頭を撫でるミズーリ。
「ここ……」
「「?」」
「ここ私のベッドなんですけど───っ!?」
涙目になって訴える鴉羽を見て、ミズーリは宥めながら、「いや、うちのベッドだけどね?」と苦笑いをしてツッコんだ。
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