八話、学園祭の下見と、新たな邂逅⑥

 その日の放課後。

 白樺先生と、委員長と三人で話し合おうという約束があった。

 正直、緊張している。

 さっきトイレいったばかりなのに、また行きたくなった。

 膀胱に、力が妙に入る感覚だ。



「失礼しまぁす……」

 多目的室のドアを叩いて、ガラガラと開けて入っていく。中に入ると、すぐに委員長と目が合った。


 委員長───の、気弱のほうの姿だ。

 一部の男子からは、この姿を「邪神のかりそめの姿」「鬼が天使のボディペイントをしている」「般若・第一段階」などと好き勝手言われている。

(……鬼はそんなに怖くないでしょ。と思う鴉羽である)

 とはいえ直接からかう者はおらず、どうやら先週の机バンの案件で何かを学んだようだった。


 委員長は鴉羽を見ると、優しく笑った。「こんにちは」と言う。

「あなたは、素ノ丸 鴉羽さんですね」

「あ、はい。そうですが……丁寧語、やめません?話しづらくないですか」

「わたくしはそうでもありません。もし気になるようであれば、鴉羽さんだけでも丁寧語を外して貰って構いませんよ」

「……じゃあ、そうさせてもらうわ」

「とりあえず荷物、おきましょっか」

 部屋の奥に導かれ、鴉羽はカゴに鞄を詰めた。そばには既に、ひとつ鞄が入っている。委員長のだろうか。


 委員長の対面に座る。

「とりあえず自己紹介を改めてしておきましょう。──親睦を深めるためにもこれは必要ですからね」

 一息吸う委員長。

「わたくしはシルノイアと言います。全称は長いので、覚えなくて大丈夫ですからね。このクラスの委員長をやっています」

 鴉羽に目を委員長、もといシルノイア。

「えっ、私?私は鴉羽。素ノ丸 鴉羽よ。普通の学生……その、シルノイア、あのもうひとつの姿って」

 鴉羽が聞きづらそうに話題をあげると、

「ああ、これのことですか」とシルノイアはメガネをあっさりと取った。すると見た事のある演出(?)が続く。


 メガネが消えて、シルノイアの髪が燃え上がるような明るい赤色に変わる。目の色も、まるで金属片でも入っているかのような、不思議な色だった。

「こっちはですね」と説明し始める彼女。


「言い忘れていましたね。わたくしはサラマンダーの血を引く者です。その関係で、このような髪になってしまっているのですが……」


 案外、あっさりと話してくれた。


 サラマンダー。火の精霊。

 その中でも、彼女が引いたのはその高位の種族のもの。

 体から絶えず高温の炎を吹き、近寄ってくる不埒者は問答無用で溶かし尽くせる。本気を出せば、太陽の表面温度にだって届くそうだ。

 太陽の表面温度って、どれくらいだっけ。

 ……ひいぃ。

 それを常に出していては、生活もままならないので、シルノイアは力を封印することにした。その封印、なんと全部で三段階。


 何かは秘密で、一段階目の全体封印。下着で、二段階目の部分封印。眼鏡で、三段階目の封印調節だ。


「……ずいぶんと気楽に話すね」

 この火の精霊といい、この間の粉雪と八重桜の精霊といい。性格は違うと言えども芯は似ている。

 どこか、高貴な意識がある。

「そうですね、自分に、自分の種族にプライドを持っているから、とでも答えましょうか。精霊は、みんなそうですよ。基本的に」

 プライド。

 私だって、自分の種族にプライドを持っている。黒鬼は、優秀だ。

 劣等感は、これっぽっちもない。

 でも、なんだろう、この差は。

 同じプライドなのに。

 どうしてここまで、シルノイアは気楽なんだろう。

 鴉羽は、少しむず痒い気持ちになっていた。


 ガラッ。

 その雰囲気を破ったのは、ドアの開閉音だった。

 入ってくる先生……と、誰?

「白樺先生、こんにちは」

 立ち上がって挨拶をするシルノイア。鴉羽もそれに続くようにして、頭をぺこりと下げた。


「ごめんなさい。会議で遅れました。早速始めましょうか」

 とファイルなどを取り出し始める白樺先生。「あのう」と口で止める鴉羽。

「なんでしょう」

「その生徒は……?」

 鴉羽は、白樺先生のそばで、ビシッと背筋を伸ばして立っている、筋肉質の男子を見た。制服を着ていなければ体育の先生と言っても信じるレベルで、身体が大きく、鍛え続けてきた筋肉の圧力というものを感じる。

 シルノイアが、鴉羽の質問を解消した。

「鴉羽さん、彼は我がクラスの副委員長にして、白樺先生の護衛団長の───カルノ・アースさんです」




 その後、カルノの自己紹介が始まった。

 そういえば、こんな人クラスにいた気がする。

 が、既に鴉羽の耳は情報でいっぱいいっぱいだった。


 とくに委員長シルノイアの説明。

 曰く、彼は護衛団長らしい。白樺先生の、だ。

 白樺先生って、護衛がつくほど、えらい人なの?

 というか、護衛とは?団長とは?

 この時代になっても、そういう概念が存在していることに、鴉羽は驚きを隠せずにいた。

 同時に、なんだか小説の世界にでも入ったような感覚がして、ちょっとワクワクしていた。

 じぃっと彼に見入る鴉羽。

 カルノはそれに気づくと、大きくお辞儀をした。

 おお、団長っぽい。

 団長が、なんなのか、未だによく分からないけれど。


 そういうわけで、先生(白樺先生)、委員長(シルノイア)、副委員長(カルノ)、一般人(鴉羽)の四人が揃い、会議は始まった。


 まず、全員に、行き渡る鴉羽の手作り資料。と言っても簡単なスケッチと、説明だけだ。改めて印刷物として出されると、なんだか恥ずかしい。


「綺麗な資料ですね。絵も可愛いです」と褒めてくれるシルノイア。

「……」無言で目を通すカルノ。時々笑みを浮かべて頷いている。ちょっと大人っぽい。


「説明をとりあえず、してもらいましょう。……鴉羽さん、どうぞ説明を」

「えっ。私ですか」

「当たり前です。事の発起人ですから」

「はい……」

 仕方なく、立ち上がる鴉羽。三人をみる。みんな真剣な眼差しで、こっちを向いている。それが、心臓の鼓動をはやめた。

 コホン、と咳払いをしてみる。

「……これはパラレルワールドをイメージして、考案したものです。ほかのクラスは知りませんが、私たちのクラスは、誰も意見を言わずに一週間がすぎているそうです。……そもそも」

 息継ぎ。

「自分の故郷を晒したくない人だっています。親睦を深めるのはいいですが、もし、私たちのような、意見が出ないクラスがあれば、合併をして、こんな企画で代替してもいいと考えます。いい加減な遠足で怪我をしたり、嫌な思いをするよりはいいです」

 意外と話してしまえばどうということはなかった。思った以上にスラスラ話せた。ただ、息が上がって、早口になってしまう。その度に鴉羽は踏みとどまって、息継ぎをした。

「これはあくまでも一案ですが、学園から遠くないところでいいので、大きな施設を借り、色んな『自分の伝えたい名所』を詰め込むのはどうでしょう。後の学園祭も、含めてしまえば、条件は満たせると思います」

「予算はどうしましょう。施設となりますと、結構かかる気がしますよ」とシルノイア。

 目を瞑ったまま黙るカルノ。

 鴉羽が返答をする。

「そこはまだ考えてませんが、旅行の手配をするのと比べると、総合の費用は抑えられる……気がします」

 語尾がしぼむ。仕方ない。だって、こんな緊張したのは初めてなんだもん。

 だが、言っていることは本当だ。

 この学園は教育の重点校でもあり、施設をびっくりするほど安く借りられる。旅行諸費よりは、安価だ。ミズーリと一緒に、計算した。

「ちなみに、素ノ丸さんは、どういう世界観を持ち込むつもりですか?もしもふるさとの組み合わせでしたら、効果は同じでしょう」

 白樺先生が訊く。

「それは……ふるさとに行くって言うことは、みんなに善し悪し全部さらけ出すことになります。でも自分が持ってくるとなれば、自分の見せたいものだけを掲示すればいいと思いますし……」

 自分で言ってて、不安になる。足元すくわれないかな。変なこと言ってないよね。

 白樺先生が、容赦なく追い打ちをかける。

「それは、展示会に等しくなるでしょう。大きな施設にする必要はなくなりますね?」

「ええと……」

「それに、素ノ丸さん自身は、ふるさとを見せたくないんでしょう。場合によっては効果が変わりませんよね?」

「……」

 痛いところをつかれて、鴉羽は顔を真っ赤にして下を向いた。座ろうとするが、その力も出ない。完全に気圧されたのだ。

「……」

 だが、白樺先生はそれ以上追求しなかった。

 ニコッと笑って、立ち上がる。鴉羽の前に、静かに、一歩ずつやってきた。

 怖い。

 ……怖い。

 心臓が潰れそう。なに、この感じ?


 ────ぽん。


「……?」

 目を瞑っておしおきでもなんでも覚悟して待っていると、白樺先生の手が頭に乗るのを感じた。


 目を開ける。

 白樺先生が、自分に向かって笑っていた。

「……先生」

「よく出来ました。ごめんなさいね……ちょっと無理のある質問をしちゃって」

「……いえ、ごもっともだと思います。私が甘かったです。ごめんなさい」

「そんなことないですよ。ね、カルノさん?」

 話を振られたカルノは資料を再読しながら、頷いた。そして、立ち上がった。

 残りの一人、シルノイアも立ち上がる。


「えっ。えっ」

 謎の動きに、鴉羽が戸惑う。緊張が少しとけ始めたのか、さっきまで我慢していた涙がじわりと目尻に浮かんでいる。


「聞こえる?カルノくん、シルノイアさん、そして───鴉羽ちゃん?」

 この幼い声。呼び方。白樺先生のテレパシーだ。


「……」「聞こえます」「はい」と首を縦に振る三人。念話なので、多目的室の中はあくまでも静かだ。


「準備はいい。後ほど校長先生にこちらに来ていただきます。彼が揃ったら、本題に入りましょ」


 ……。

 なになに。

 なにこれ!

 鴉羽は校長先生という言葉を聞いて、背筋を凍らせた。

 もしかして……大事おおごとになっちゃった?


「やあ、聴こえるかね」

 白樺先生よりも、大きい音量で、脳内に渋い男性の声が響く。思わず鴉羽は眉をしかめた。

「ほっほほ。ちょっと大きすぎたかね。済まないのう」

 そう言いながら───正確には念話を飛ばして来ながら、この学園の最高責任者──校長先生は入って来た。


 先生は未だに揃って白い歯を見せて笑った。


「何かと思えば、楽しいことが始まりそうじゃないかね。腕が鳴るのう───……おっと、鴉羽くんかね。今回はありがとうな。校長としては今年で締めるつもりだったんが、こりゃ盛大な締めになりそうじゃの」

 そんなことを言いながら、校長先生は鴉羽をみた。鴉羽は引きつった笑顔を、彼に恐る恐る向けた。


 あれ。いつも校門で挨拶している校長先生とは同じ人よね。

 ……雰囲気だいぶ違くない?


 というか。

 私は一体……何に巻き込まれているの?

 どう考えても自分だけが場違いだ。


「諸君。これより、学園改革を始める。わしの人生最後の劇場じゃ。良かったら付き合ってくれ」


 校長先生はそれだけ言うと、頭を下げた。


「それから鴉羽くん」

「……はい」

「君は、わしを動かした。その責任と、栄光を感じたまえ。ほっほほ……。言いたかっただけじゃよ。気にせんでええ。───こう集まったものの、やることはシンプルじゃ」


 興奮の表情を浮かべて、校長先生はポケットから鴉羽の計画書のプリントを取り出し、丁寧な折り目をゆっくりと広げる。全員に見てもらうように胸の前でそれを移動させ───最後は鴉羽に止まった。


「──異次元ダンジョンを……再開させようか」


 鴉羽のたった一計画が以後何百年にもわたって使われ続けるようになるとは、彼女自身は予想も出来なかった。



















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