七話、学園祭の下見と、新たな邂逅⑤

 一週間後。学校。

 職員室の前。


 コンコン。


 白樺先生を呼ぶ。

 するとすぐに、先生は来てくれた。

 真顔だ。バスの中で優しい心の声は沢山聞かせてもらったものの、やはりこうやって見られると慣れない、と思う鴉羽であった。

 相変わらず真っ白な肌だ。


「なぁに、相談かな?」

 心の声で届けてくれる。

 鴉羽は通常の声で返す。

「あ、いえ。……その、この間はありがとうございました」

「それはもう聞きましたよ」

 あちら側も通常モードになった。

 心の声のような、優しすぎる声だと、ついつい甘えてしまうかもしれない。だから、鴉羽にとってはたまに貰う「ご褒美」みたいなものになっている。

 いつまでたっても頼ってはいられない。

「……あの、どれくらい見学の案が出ていますか」

「今の所、ひとつもありませんね。正直なところ、集まらなすぎですね。普段ならもっと案で溢れかえるはずなのですが……」

 真顔でそう返す先生。ちょっと困っているようにも見えた。


「そろそろ、意見が出ないとまずいですね。素ノ丸さん、どうしたのですか。何か、案があるのですか」

「……はい。あります」

 鴉羽は頑張って、先週の夜自分が練り出した案を伝えた。紙にまとめたので、それを先生に渡すと先生は真面目に紙を眺めながら、聞いてくれた。

 ドキドキ。

 きっと大丈夫。大丈夫なはず。

 だってお姉ちゃんが、きっと行ける!と言ってくれたんだもん。だから、間違いない。


 鴉羽の案は簡単だ。


 もしも案が出ないのであれば、合成案を作ればいい。というものである。

 ちょっと内容は変わってくるため、さすがに独断とは行かないから、一週間待ったのである。

 合成案。

 つまり、持ち寄せをして、大きなパラレルワールドを作るのだ。

 このクラスの生徒、というよりこの学校の生徒は基本的に色んなところからやってきている。中には違う次元からやってくる子もいたりする。

 ある程度大きな場所を丸ごと借りて、世界観を上手く組み合わせる。それだけでも、賑やかになるし、一応知らない所を知れるし、お互いを知れるし、安全も確保できる。


 予算が足りない?そんなことは無い。

 そもそもこの代替案は、「その後の学園祭を加味したもの」。つまり、一挙両得の案件だ。元々色んなところに散らばって見学ができる程の予算はあるので、そこの問題はない。

 それに、鴉羽としては、やるなら徹底的に作りたいのだ。

 パラレルワールドっぽいところを作るなら、それなりの成果は欲しい。準備期間は長い。

 珍しく意欲に燃える鴉羽であった。




 こんな案を出したのには、理由がある。先週の夜、ミズーリと(随分と遅い)晩御飯を楽しんでいた時のことだった。


 鴉羽はやえに言われた通り、せめてミズーリには自分の故郷のことを伝えることにした。ミズーリは期待していた通り真剣に聞いてくれた。ほっとした。


「そっか。鴉羽ちゃんのふるさと、そんな風になってたんだ」

「うん。だから、危険だって言ったの」


 素ノ丸 鴉羽のふるさとは、遠い地の山の斜面にある。見渡す限りの、鋼鉄の屑山と、消えかけたランプと、黒い煙を吐き出し続ける煙突。由緒ある工業団地である。

 しかし今はその栄華もなく、ただ歴史が腐っていくだけの炭鉱都市のような場所になっている。言ってしまえばスラムだ。

 今にも崩れ去りそうな、それこそ旅行としては行く価値がない場所だ。少なくとも鴉羽はそう思っている。そもそも鴉羽一家は、この環境の悪さに耐え兼ねて、都市に移った訳だが……。

 え、鬼の要素はどこへ?

 そんなものが、残っているはずがなかろう。

 特に黒鬼。

 この種族は戦いが好きだった。血を流してでも勝負に勝てたものが勝ちという、ほかの鬼とはまた一線を画す価値観を持つ種族だった。

 だから、戦いがある度に文化は失われ、ほとんどこれといった黒鬼らしい歴史はなくなっているのだ。そして鴉羽には、その全てが理解できなかった。

 戦争して、意味あった?

 結局、全部失ったじゃない。

 戦いには全勝している。うん、それは何度もエラソーに聞かされた。

 でも、相当な犠牲も払ったよね?

 文化、無くなったよね?

 ──そんな種族に、戦争は、意味があったのかな。


「そうね。健康にもあまり良くないもんねー。……んー、そしたら鴉羽ちゃんが意見を述べちゃったら?」と提案するミズーリ。

「えっ。どういうこと」

 フォークに麺を絡めながら、ミズーリを見た。

「自分が意見を言わないから、他の人は聞いてくるの。それなら心機一転ー!相手が満足できる提案をしちゃえばいいのよ。んー♪おいひい!我ながらに上手くいった!」

「うん、確かにすごい美味しい」とだけ言って、考え始める鴉羽。

 確かにそうかもしれない。鴉羽は、聞かれるのが怖くて、発言をしてこなかった。しかしそれのせいで、逆に注目を浴びてしまっていたのかもしれない。その場で言ってしまえば済んだことだった。

「じゃあ例えば……」

 鴉羽は自分の案をミズーリに言ってみた。

「あら、いい案ね。楽しめると思うわー。あとは予算と相談、先生と相談、かな。かなりイレギュラーなものになりそうだから、これは一週間くらい待った方がいいね」

「なら、もう一個代替案も用意した方がいいかな。口封じの」

「そうね。あった方が鴉羽ちゃんも気が楽になると思う」


 ……と、いう会話があったのだ。

 静かになる二人。白樺先生は鴉羽を見た。

 ドキドキ。

 ドキドキ。

 どう思われているのかな。

 賛成?反対?机上の空論だと思われちゃったかな?燃えているの、自分だけかな?

 沈黙が苦しくて、鴉羽はスカートの裾を掴んだ。代替案もある、とは言い出せない雰囲気になっていた。


 ……うぅ。お腹痛い。


「素ノ丸さん」

「……はい」

「放課後、お話をしましょう───委員長も誘っておいてください。今は教室に戻りなさい。授業が始まりますよ」


 鴉羽はそれを聞いて、慌てて「ありがとうございます」と頭を下げた。行けた。お姉ちゃん、行けたよ私。

「……まだ決まったことではありませんから、喜ぶのは早いですよ」

「うぐっ」

「……でも」

「?」

「……久しぶりに、今年は楽しいものが見れそうですね」

 そういった白樺先生はにこりと笑った。あ、初めて素の笑顔を見たかもしれない、と鴉羽はその言葉に感動を覚えた。



 昼休み。

 ご飯の時間だ。

 食堂に向かおうとした鴉羽は、ある男子の声に呼び止められた。

 あー、ええと。

「せめ……名前なんだっけ」

「攻角だ!!」と男子が講義する。

「で、その、攻角くんは私になんの用?」

「いや、その……」頭をわしゃわしゃ掻きながら口ごもる攻角。


 言い難いことでもあるのかな。

「食堂でも行きながらでもいいなら、話聞くけど」

 顔は合わせないが、頑張ってそう誘ってみる。攻角とは先週の件があって、ちょっと会話がしづらくなっている。

 それに、鴉羽も成長している。

 心底から赤鬼がキライでも、突っ放すようなことはしない。自分の品を自分から下げに行く必要はないからだ。

 あくまでも、あくまでも、自然体だ。

「どうするの?私、お腹すいた」

 意外な誘い(あくまでも会話の誘いではあるが)に目をぱちくりさせる攻角。ちょっと性格が丸くなった?と心の中で疑問に思いながら、「ああ、あざす」と言った。


「で、なに」

 歩きながら問いかける鴉羽。今出せる最大限の優しさだ。

「いや、その。謝りたくってさ」

「あやまる?」

 立ち止まる二人。

 気まずそうに話始める攻角。

「いや、さ。先週んとき、俺ちょっと言い過ぎたなって思って。───ごめん」

「ああ、あのことね」と気にしていないふうに空返事をする鴉羽。実は結構気にしている。特に胸とか、尻とかのお話は。ここは我慢だ。素直じゃない訳では無い。うん、そうだ。

「それならもう気にしてないから。……ほんと」

「ほ、ほんとか?」

 少し戸惑う攻角。彼の方も、何かあったのか。少しトゲが減ったような気がする。あと、連れ(?)のハリネズミくんとドラゴンがいない。


「本当よ。しっつこいなぁ」

 半分照れ半分困惑で、攻角から逃げるようにして廊下を歩いていく。

 ───がしっ。

 振り向くと、攻角に手首を掴まれていた。

「またなによ」

「俺が奢る」

「え」

「奢るよ、……昼飯くらいなら」

 こっちを向こうとしない。

「……」

 鴉羽は攻角を見つめたまま固まっていた。親戚以外の男子に食事を誘われることは今までなかった。

 食堂というしょぼいところとはいえ、この誘いに乗るべきかどうか、鴉羽にはどうすればいいか分からなかった。多分普通は受けることだろう。しかし、そのまま受けては黒鬼の恥のような気もする……。

「……じ」口をもごもごさせる鴉羽。

「?」

「じゃあ、よろしく」言い切った。よくやった私。

「おう。……あ、ちょ、トイレ行ってくるわ。メニュー先に選んどけ」

 それだけ言って、攻角はダッシュしてトイレへと駆け込んだ。そんなに我慢していたのかな。


 あ、いっか。

 さて、何を食べようかな。と、考えながら歩いていると、突然視界が真っ暗になった。誰かの温度を顔に感じる。

「だーれだ」

「さあや」

「せーかい♪」

「そりゃ、一週間も連続でやられたらわかるでしょ……さあやも食堂?」

「そうよ、鴉羽ちゃんは?ぼっち飯?」

「ぼっ……!!」

 あまりにもド直球な言葉。鬼ってみんなそうなのかな。あ、でも、どストレートセクハラハリネズミくんもいるから、鬼という括りでは無さそうだ。


 たださあやよ、残念。今日だけは違うのだ!嬉しいような、悔しいような気持ちで、鴉羽は先程あったことをさあやに伝えた。

「てことがあって……さあやさん?」

 思わずさん付けしてしまう鴉羽。

 さあやは、ぷくうと頬をふくらませて拗ねていた。「あのバカ兄」と呟きながら、鴉羽を後ろからぎゅっと抱き込む。

「きゃっ」

「鴉羽ちゃん。あんな芯からのチャラ男を信じちゃダメよ。しっかり対象は見極めてから選ぶ事。いいわね」

 諭すように人差し指を立てるさあや。

「はあ」としか言えない鴉羽。何を言い出すんだか。

「例えば、優しそうでも、中身が魚の骨くらいのキャパしかない奴だっているし。逆に、バカそうでも、死ぬまで支えてくれる奴もいるの」

「へぇ」

「例えばね。こういう優良条件の子もいるのよ。高身長。端正な顔。清潔な髪。しっかりとした身体で鴉羽ちゃんを抱きしめてくれる。立派な腹筋のライン。心の底から鴉羽ちゃんを気遣ってくれる優しい奴」

「そんな人いるの?」

 一瞬ミズーリを思い浮かべる鴉羽。だが、あれは腹筋がある感じでは無い。スリムだが、そんなに割れてはいない。お風呂で確認済みだ。……しかも男でしょう。……攻角くんでは無さそうだ。ああ、となると、残りは。

「ほら、♪」

「……やっぱり」

 やはりそう来たか、とジト目になる鴉羽。そういう手は、自分の長所を並べていく人が多

 い。それにしてもさあやってすごいな。自分にここまで自信が持っているとは。羨ましいし、呆れを通り越して尊敬だ。

「やっぱりって、鴉羽ちゃん、わたしに気があるのね。話が早いわ」

 そう言って、鴉羽の首下に左手を伸ばしてくるさあや。右手はゆっくりと太ももに近づいていく。

 ……っ!?

 ちょっとちょっとちょっと。

 え。ここ、廊下ぞ?

「ひゃっ」と驚きの悲鳴をあげる鴉羽。

「いいじゃないの。ほらほら力を抜いて〜」と完全にお楽しみモードに入りつつあるさあや。


「……お前らなにしてんの」

 後ろから声がかかって、ふたりが振り返ると、怪物でも見たかのような、なんとも言えない顔をした攻角くんがハンカチで手を拭きながら立っていた。







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