五話、学園祭の下見と、新たな邂逅③

 そういえば、下見もあるもんな、と思い出す鴉羽。前にいる先生の説明を聴きながら、なんとなくそんな事を考えていた。


 この学園、ジェードストーム学園は、遠足をひとつの学園祭の種目に入れている。学校全員参加だ。


 内容はこう。各々行ったことのない場所、気になるところへ赴き、二日以内に帰ってくる。それだけだ。修学旅行に少し形式は近い。目標は、「お互いを知ろう」となっているので、ただ行きたいところ、ということではなく、この場合はお互いのふるさとの地や馴染みのある地などを指すだろう。


 それから学園祭を二日間やるので、この学校はほかの学校よりも祭りが長いので有名だ。


 ……正直、面倒くさい。


 何が面倒くさいかと言えば、また例のアレが来るのだ。

 ───そう、「故郷聞き放題祭り」が。

 当然行ったことのない場所と言えば、それぞれの故郷が話題になる。が、鴉羽は口を滑らしてしまっているので、何かと事態がややこしい。

 だからといって会話に参加しないのも違う気がする。


 これだから、素直になれないんだ、と悪態をついてみる鴉羽。


「……と、説明は終わりだ。お前ら聞いておきたいことはあるか」


 目の前に立っている男の先生が言う。

黙るみんな。


「とりあえずお前ら残りの時間しっかり話し合えよ。いいんちょに残りは任せたぞ」


 そう言って、男は教室から手を振りながら出ていった。


 ざわつき始める生徒たち。

 行く場所についてお話をする人が多い。

 鴉羽は疲れていたのか、完全に机に突っ伏していた。

「……あのっ」

 弱々しい声をあげて、メガネをかけた女の子が一人、壇上に上がってくる。クラス委員長だ。

 話し声は当然やまない。

 鴉羽はこれでいいやと思っていた。だが、ちょっとうるさすぎる気もした。

「皆さんお静かに……」

 一向に雰囲気のまとまらない、自由を尽くしたクラス。



 すると眼鏡の女の子は眼鏡をとって、投げ捨てた。眼鏡はその場で消えた。それから───。


 ───バァン!


 と、思いっきり教壇をひっぱっ叩いた。教室が静まる。


 委員長がメガネを外している時の顔は、男子たちが息を飲むほど───可愛かった。このモードになると、どうやら髪型も変わるようで、肩にかかる三つ編みも外れている。「おおかわええ」と空気の読めない声が微かに聞こえる。


 頬を膨らませる委員長。乱れるように逆立つ髪が赤熱した鉄みたいな色になっていて、両目から火花を散らしている。

 ……まあ確かにびっくりするものの、これは威圧感も何も無いよね。

 ただここで可愛いと言うのはどうかと思うぞ、男子。


 三秒間の沈黙。

 やがて普通のモードに切り替わる委員長。弱々しい感じに戻っている。


「では、お話しましょうね。行く場所は十個まで分裂していいそうです。その、……ただし分裂する場合の条件は


 1、指定期間内に帰って来れること

 2、安全を確保できること

 3、三人以上の希望があること

 4、行く意義を持っていること

 5、常識の範囲以内であること


 ……だそうです。とりあえず、七分間、話し合ってください」


 そのあとの学校生活を、どう送ったのかは鴉羽自身も覚えていない。

 まだふるさとを打ち明けていない人には素直に言った気がする。「そういえば素ノ丸さんのとこって……」と無意味に気を遣われるところは謝って「危ないからそう言っただけ」と訂正した気もする。が、それ以外はあまり覚えていなかった。


 鴉羽はずっと、自分の故郷について考えていた。


 自分の故郷。

 ある。

 あるにはある。

 でも、みんなが行って、楽しいって思えるところじゃないよ。ただ命を落とすくらい危なくて、つまらないところだよ。

 きっと失望する。

 だから私、言えない。


 あれを、故郷とは呼びたくない。


 私はこの学園がある。

 この学園はちょっと変な人も多いけど、今のところはなんだかんだいって楽しめている。


 私にはミズーリというお姉ちゃんがいる。

 おっとりしていて、優しいお姉ちゃん。頼れるお姉ちゃんだ。自分を、包み込んでくれる存在。


 だからあんな───

「クズみたいなとこなんか……」

 心の声が漏れていたみたいで、鴉羽が下を向いていると、「どうしたの」「お話を聞こっか?」と女の子がそばに群がった。


 耐えきれず教室の外に駆け出して行った気がする。曲がり角で、赤鬼の女の子──さあやとぶつかって、そのままキャッチされたまま屋上に連れていかれたような気もする。


 色々お話を聞いてもらったような 。ないような。


 兎にも角にも、気づけば、放課後だった。


 鴉羽は一緒に帰る人もいない。部活もまだ入っていない。だから、鞄にあれこれを詰め込むと、そのまま肩にそれを放り投げて、フラフラ学校から出ていった。


 夕焼けだ。

「……綺麗」

 紫色の空が視界いっぱいに広がっている。建物たちは、まるで影絵のように見えた。


 時々こうやって、空に吸い込まれてみる鴉羽であった。空は、疲れを、とってくれる。


 遠くから、学園の前の一本道にバスがやってくる。帰りは、考え事が多いのでバスを使うことにしている。


 バスに乗る。

 一番奥の、長い席に座る鴉羽。ここは私の居場所。私の領地。

「こんにちは」

 見上げるとそこには───白樺先生がいた。鴉羽のそばに遠慮がちに座る。

「……こんにちは」と返す。


「今日は、どうだった?」

 あ、これは念話かな。

「……」

 黙り込む鴉羽。内股になって、両手をモジモジさせる。

「言っていいのよ。これはわたしと、鴉羽ちゃんしか聞こえないようになってるの。だから、心置き無く話していいわ。無理はせずにね」

「……正直、辛かったです。恥ずかしいので、自分の故郷は晒したくないんですよ。……でも聞かれるから、どうしても」

「……そうね。鴉羽ちゃんのふるさと、色々あったもんね。そういう時は素直に『危ないので教えられません』って言うのよ」

「それ言いましたよ。……ふふっ」

 クスッと笑う鴉羽。


「どうしたの」

「あ、いえ。……私のお姉ちゃんと同じこと言ったなーって思って」

「みんな言うと思うわ。鴉羽ちゃんのことを気にかける人はみんな。……あれ、鴉羽ちゃん、お姉ちゃん居たっけ」

「ああ、誤解ですよ。実の姉ではありません。私がそう……呼びたいって思っている人なんです」

「なるほど。名前を聞いても?」

「……ミズーリです」

 苗字は一応伏せた。

「あら、もしかしてハーフエルフの」

「先生知っているんですか!?」

「ええ。鶴橋さんでしょう?彼女なら知っているわ。あの子も大変よね。色々と。……それにしても世間は狭いわね」

 そう言った白樺先生。揺れるバスから、窓の外を見つめていた。そこはかとなく、先生らしかった。

「……そうですね」

 鴉羽はそれをみて、こう答えるしか無かった。


 駅に着いた。

「じゃあわたしはあっちの電車だから。鴉羽ちゃんまたね」

「はい」

「本当はえらいえらいって撫でてあげたいところだけど、今はお触り禁止?みたいでスキンシップだめなのよ。こういう会話くらいだったら全然大丈夫だから、いつでも相談しにきてね」

「ありがとうございます」

 頭を下げる鴉羽。

 胸の中が、焚き火のように暖かい。そして妙に明るい。

 鴉羽はその火を守るようにして、胸の前で祈るポーズを作った。


 駅の中を無心で走り抜けていく。体がなんだか、軽くなったような感触がした。駅を抜ける。外はもう暗い。森の方へ向かう。

 途中で、小さな公園に入る。

 芝生の一本道を駆けていく。


 そして……立ち止まった。


 右手の噴水に立っている、女神像。

 上に、少女が一人座っていた。全身から、光をほのかに放っている。

 鴉羽を見つめ、鴉羽と目が合うと、にこりと笑った。

 それから軽やかに飛び降りて、鴉羽の前に着地した。桜の花びらが蝶々とともに舞って、空中に消えた。


「……ごきげんよう。今日の夕日は綺麗でしたね────鴉羽さん?」









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