四話、学園祭の下見と、新たな邂逅②
駅を通り抜けて、錆びたポストのある交差点を左にまっすぐ。坂を駆け上って。右手側。
「ついた」
大きな校門に、黒い金属の柵。左に見える大理石の石柱に、達筆な字で「ジェードストーム学園」と刻まれている。
校門を挟んで、左右に広々とした森が広がっている。葉が落ちきっている木もある。奥に、建物が堂々と立っているのが見える。
鴉羽が通っている学校だ。
通い始めて、二ヶ月近くが経っていた。
この学園は、十一月から約四ヶ月間、特講というものがある。色んな種族が集まる場だ。その中での生活に慣れるため、そして将来社会を支える人材となるために、特講をする。と言っても、ほかの学校より始まりが早いと言うだけで、別に大したことはしていない。
宿題はちなみに、この四か月間は死ぬほど多いという。
最初は新しい環境で緊張していたが、最近は、色んな人と触れ合えて、楽しい。
……と、心の中ではそう思っているが。
「……私は元気な子、私は元気な子……よし」
ひと息吸って、なんとか頑張ってスキップしながら学校の中へ入っていく。
通りすがりの校長先生。元気な鴉羽を見て、ほほほと笑う。
「鴉羽くん、元気そうじゃな」
「はいっ、わた、あたしはすっごくすっごく元気でぇす……」
最後まで元気(?)の子を演じ切れず、語尾が萎む。が、校長先生は気づいていない。
「ほっほほ、若い
「えっえっへへ、じゃあ、行ってきまぁす……」
語尾が萎む。
自分が出来る最大限の元気さ(?)でお辞儀。よし完璧。
いそいそと、教室へ向かう。
教室の前。今日は月曜日。
「月曜日と言えばぁ、あたs……」
「お前なにしてんの……」
「びゃあっ!?」
自分なりに「元気な子」を演じる鴉羽。後ろから誰かの声が聞こえてきて、思わず変な声をあげてしまった。
背後に、ミズーリより少し低めの身長の男子が一人、鞄を肩に乗せて立っていた。顔は少し焼けてかつ整っていて、髪はぼさっとしている。制服を着ても、運動部のような体つきがくっきりとみえる。
「いっつも思うけどよ。まじでその演技、似合わねぇぞ。いつまでそれやってんだ」
「……赤鬼、キライ」
それだけ言うと、彼に背中を向けて、ズタズタと教室の中へ入っていった。……いつの間に、素に戻っていた。
別にあいつの言葉を気にする事はない。自分らしさの演技だ。だが、どうもこう、言われると腹が立って、演技がしにくくなる。
もういいや。
教室の中くらいは普通に過ごそう。疲れるし。と、思う鴉羽であった。教室の中には既に十数人いた。
「……なんだあいつ」
いきなり嫌われて、意味がわからない、という顔をする男子。
彼は、赤鬼である。黒鬼とは犬猿の仲だ。
席に乱暴に座る鴉羽を見届けて、自分も教室に入っていく。
「おうおう」
「ひゅーひゅー」
二人の男子が、彼に近づいてくる。
「……なんだよお前ら」
「朝からラブラブじゃんか、
と、腰をくねくねさせながら、赤鬼、もとい攻角の肩を柔らかくポンポンと叩く低身長男子。髪の毛が尖っているので、ハリネズミくんとここでは呼ぼう。
「いえ、ここは恋愛の初期段階と見ていいでしょう。はい、間違いなく初期段階と言えますね」
と、眼鏡を背後の翼でいじりながら、手元に辞典を高速でめくる高身長男子。彼はドラゴンである。ここではドラゴンと素直に呼ぼう。
「ラブラブなわけねぇだろ。あいつ黒鬼だぞ!?しかもよ、胸も尻もデカくねぇのに」
「素直じゃないなぁ」とハリネズミくん。
「素直じゃないですね」とドラゴン。
「うっせ」
「えっじゃあ、正直な話よ、お前ら────いつ交尾すんの」
「こっ……!?」
聞くまいと脳内で音声をシャットダウンしていた鴉羽だが、さすがにこのどストレートな単語が聞こえては、黙っていられず大きな音をたてて立ち上がってしまった。
ちなみに彼らは、小声で話しているつもりである。
振り返る三人。
恥ずかしそうに座り込む鴉羽。心の中でイラつきと恥ずかしさの炎がつく。
ほんっと男子って。ばかよねー。エッチなことしか考えてない。率直に言うとかイミフ……という女子の声が聞こえてくる。今はそっちに賛成だ。
あの二人ってどこまで行ったの?ばか、まだ入学したばっかよ。いやほら、幼なじみ説。しーっ、きこえてるってば。……そっちの意見は、知らん。
「……」
さすがに無口になる攻角くん。
「で、どうなんすか?」
「……あほか、あんなヤツなんて魅力……ゴフッ!?」吹き飛ぶ攻角くん。
「いやいや、ちゅーくらいはゴヘッ!?」続いて吹き飛ぶハリネズミくん。
「ええ、一時期は発情期に合わせていましたが、最近は鬼百合の咲く時が一番ゴホッ!?」
続いて吹き飛ぶドラゴン。
三人仲良く廊下に這いつくばる男子たち。
鴉羽が何があった?と顔を上げると、目の前に一人の女の子がいた。左手を引き、右手を突き出して廊下の方、もとい三人の男子たちに向けていた。
「……」
静まる教室の中。
それに構わず、鴉羽の方を向き直る女の子。目の釣り具合からして、攻角くんとやらと、何かしらの血は繋がっていそうだ。
それにさっきのパンチ。遠くからでもこの威力だ。鬼の可能性はある。
「わたしは受川(うけがわ)さあや。さあやと呼んでくれて構わないわ。さあちゃんでもおっけーよ。あなたが噂の鴉羽ちゃんね」
……ぐいぐい来るなぁ。
少し、ミズーリと似ているところがある。特に、性格が。
切りそろえた長い銀髪、ハーフアップで整えている。肌は少々焼けている。
「……噂かは知らんけど、素ノ丸 鴉羽です」
「あははっ、丁寧語はいらないよー。あとあのバカ兄たちは気にしないで」
「バカ兄たちってことは、あのバカって、家族?」未だに床に寝っ転がっている男子三人をじろりと見る。
「ええ、一応ね。私はほとんど白鬼から血を貰っているから、バカとは苗字は違うけど」
「でもバカと同じ教室なの?」
「んーん、バカとは違う教室よ。遊びに来ているだけ」教室に誰もいなくて、暇だったそうだ。
その時声が廊下の方で上がる。
「お前ら二人バカバカうるせぇ!」
あ、三人とも起きてる。
何かを抗議したいようだ。ほう、まだやるのかな?と喧嘩腰のさあや。
「君たち三人何をしているのですか。早く席に着きなさい。ホームルームが始まります」
「「!」」
廊下の方で、低い女の人の声がして、騒いでいた男子トリオも大人しくなった。教室の中にとぼとぼ入ってくる。一緒に、胸が大きい女性の先生も入ってきた。
途端、くすくす笑っていた生徒たちも、拳を構え直していたさあやも行動をやめた。
恐ろしいほどに白い肌。艶のある黒髪が、地面まで届く。表情はなく、立ち姿はキリッとしていて抜け目がない。が、色気はある。(これは多くの男子たちが話を聞く理由でもある)
白樺先生だ。
鴉羽たちのクラスの、担任の先生である。
ちなみに彼女が一体、正体が何なのかは、誰も分からないという。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
「……さあやさん、教室はあっちでしょう。戻りなさい」
「ほいほーい」
「ほいは一回です。……間違えました。はい、わかりました、でしょう」
「ほいほーい。じゃあ、鴉羽ちゃん、まったねー」
白樺先生の話も聞かずに、ダッシュして教室から出ていくさあや。「相変わらず言うことを聞きませんね、あとで罰則と行きましょうか」と冷淡に言う白樺先生。「後ろのドアを閉めなさい」と言うと、一番近い生徒が恐る恐るドアを閉めた。
「……」
凍りつく空気。
白樺先生は、来ている生徒全員を舐め回すようにして見た。
(未だになれない、この空気……!)
まだ、うるさい攻めなんちゃらって奴の方がいい。と、心の中で思う鴉羽であった。
「みなさん、もう学校生活には慣れましたか?慣れていない人は、無理をせずに。……出席は取り終わりました。……連絡事項は二点」
口を一瞬閉じる白樺先生。
「一点目、最初の二コマは、学園祭の準備をします。まだ先のことですが、例の『下見』があるので、早めに進めろとの指示がありました。……二点目」
そこまで言って、彼女はじろりと三人の男子生徒───攻角くん、ハリネズミくん、そしてドラゴンを睨んだ。ビクッと反応する三人。
「今睨んだ三人はホームルーム終わったらすぐに職員室に来るように。話があります。───攻角さん、トイレにこもった場合は引きずり出すので、覚悟をしておいてください」
「そんなぁあああ!!!!」
「ああああ俺の人生があああ」
「これは深刻な事態ですね。巨乳が近場で摂取できるというメリット云々……」
と、反省していなさそうに叫んでいる。
「ざまあ」と心の中をスッキリさせる鴉羽。
「それから素ノ丸さん」
「はひっ!?」
自分が呼ばれるとは思っていなかったので、意表を突かれたように鴉羽は立ち上がってしまった。
どうしよう。怒られる。
「……」
下を向いて、雷を待つ鴉羽。だが、予想は華麗に外れた。
「鴉羽ちゃん。あなたも素直に『いやだ』と言いましょう。ダメなの?」
「えっ、それは……」
そこで気づく。
今、彼女は白樺先生と話している。が、ほかの生徒たちは「?」という顔をしている。
そう、白樺先生は今、自分の脳内に声を直接届けているのだ。ほかの生徒からすると彼女は口を閉じたままなのだから、意味不明だろう。……本当に何者なんだろうか。
それに、鴉羽はもうひとつのことに気がついた。
この声。
さっき教室全体を黙らせた、厳しい女性教師の声ではない。
脳に届いているのは、もっと可愛らしい、少女の声───そう、優しい女の人を通り越して、これは、十歳くらいの子供の声だった。
「……難しいのね。ならいいの。何かあったら、頼ってちょうだい。頼れないかもしれないけど、頑張るわ。わたしなりに」
脳に優しく響く声。口調も変わっている。
ちょっと慣れないが、嬉しかった。素直に嬉しかった。少しほっとした。
「……ありがとうございます」とだけ言った。口を閉じているはずなのに、しっかり喋っている。不思議だ。
「ホームルームは終わりです。さっきの三人は来なさい。今すぐ」
あ、声が戻った。
ずっとあの可愛い声だったらいいのに。
訳ありなのかな。
そんな事をぼうっと考えながら、鴉羽は謎だらけの白樺先生と、為す術なく連行される三人の男子達を見届けた。
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