三話、学園祭の下見と、新たな邂逅①
鴉羽が迷子になった翌日の朝。
またまたお風呂で酔いつぶれた鴉羽は、昨夜ミズーリの寝床に運ばれた。
「あら、早起きね珍しく」
「今日は学校だい!そりゃ起きるでしょ……それに珍しくって、十分私早いわ!」
洗面所から出てくる鴉羽。可愛らしいパジャマを着ている。
「んー、そっかな」
「エルフが早すぎるの!……あ、いい香り」
「ふふ、サラダはもう用意してあるから食べててね。エッグドリアももうすぐ出来上がるわ」
手招きされて、食卓に座る鴉羽。
「いただきまー……」
その瞬間、端っこにある、写真立てと一緒に飾られている観賞用のサボテンがもぞっと動いた。それに反応して、部屋中に飾られた観葉植物が一斉に飛び跳ね始めた。
「……何回見てもこれは慣れない」
「そのうち慣れる慣れる」
エルフがいるところでは、たまに起きる。
歓迎されるお客が一定の行動をすると、主のエルフ(本当は主でなくても良いが)の意思を感じ取ってお客の世話をする。
その行動が活発であればあるほど、植物たちからの印象がいいということだ。
そして今、ハーフエルフであるミズーリがご飯を作り、鴉羽がサラダを食べているということは───。
彼らは全員そろってクルクル踊りながら、ミズーリの横に並んだ。
「お皿を運びたい!」という欲望だ。
(ついでに言うと、外の木々も「俺も俺も!」と反応して窓をぺしぺし叩いている)
「んー、相変わらず元気ねー」
と盛りつけをしながら植物の行列に目をやるミズーリ。どう考えても数が多すぎる。晩餐パーティじゃないんだから。
こういうのはエルフが一言言えば、話を聞いて大人しくなる。
(例えばこの前鴉羽が相談に来た時には、事前に不動指令を出している。理由は鴉羽が落ち着かなくなるから)
が、ミズーリが鴉羽と一緒にいる時は……。
「キミたち数が多すぎる!べつにそんなお皿ないんだから。あとそこのちっこいの達、キミたちはいてもお手伝い出来ないでしょ……私がやるから、どいて」
サラダを掴んだフォークをお皿に置き、仕方ないと立ち上がる鴉羽。
地面で駄々をこねる「ちっこいの達」を跳び越え、ミズーリの方に向かう。
途中で立ち止まって、肩越しに後ろを振り向き、
「……でも歓迎してくれたことは、その、感謝し──ていないわけではないからね?その、勘違いしないでよね!」
吐き捨てるようにそう言って、ドタドタとミズーリが作り終わったエッグドリア二セットを手に取って、運んでいく。
「……鴉羽ちゃん、ツンデレみたい♡」
「どこがよどこが」
ちょっと強めに音を鳴らして、机に料理を並べる鴉羽。
「んー、例えば、『勘違いしないでよねっ、フンッ……』とか?」
鴉羽のまねとでも言うように、料理を全部作り終わったミズーリはそう言った。両手を大袈裟に組んで、そっぽを向く。
「フンは余計だわ!!そこまで言ってないから!……あと、あ、あれはその場のノリよ、ノリ!」
「誰しも一線を超えるときが来るわ」
「なんの一線も超えてないから!……あ、ドリア美味しい」
「でしょう?今回の胡椒はね、いつもとは違うところのものなんだぁ〜。常春のどっかで手に入れたの。『精霊、龍、どの種族にとってもきっと大好物!』だそうよ」
「その言い回しはだいぶ信ぴょう性に欠けるけど、……むぐ。むぐ。味は確かね。……し、シェフがきっと良いにょよ」
「……ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
(あ、噛んだ)と反応するミズーリ。口にはもちろん出さない。自分の分の卵をナイフで一口サイズに切りとって、フォークで口に運ぶ。動作が自然で、それでいて優雅だ。
「……うっさい。そういえば、さっきの『常春』で思い出したんだけど」
話題を切り替える鴉羽。
「?」
「昨日の桜の花びら、やっぱおかしいよね」
「ああ、鴉羽ちゃんの頭にのったあれのこと?そうね、そう言われると不自然ね……あっ、そういえば昨日のあの子に貰った新聞に……鴉羽ちゃん?」
慌てて立ち上がる鴉羽をみて、ミズーリは続きを話すのをやめた。
「どうしたの」
「今、何時?」
「……時計ならそこにあるけど」
「あああああっっ」
突然、狂ったように残り少しのドリアを口に運び、ジュースを一気に飲み干し、はちみつパンを鞄に詰める鴉羽。手に持てる分の食器をキッチンの水槽に運び、慌てて着替え兼歯磨きを始めた。
「……えっ!?なになにいきなり」
「ごめんねお姉ちゃん、晩御飯はちゃんと味わうから今は行くね」
階段を降りていく。
「えっ。あ、そっか、ここからじゃ遠いもんね……気をつけて行ってきてー」
───がちゃっ。
慌ただしい朝だ。
鴉羽がいなくなって、完全に静かになった室内。
「……」
頬杖をつきながら、ミズーリは窓の外を胡椒の瓶を眼鏡にして見た。
常春のどっか。パパに聞けば場所はわかるかな。昨日も色々あって、思うようにゆっくり出来なかったし、今度は長めの休暇をとって、旅行に……。
そういえば、鴉羽。鴉羽ちゃんの、ふるさとって未だにどこかを知らない。前にも相談された通り、危ないのだそう。ほかの種族を受け入れないところも多い。
……エルフなら平気だと思うけど。いつか聞いてみようかな。怒られない程度に。
最後の一口のジュースを飲み干し、お皿洗いに向かう。再びぞろぞろやってくる観葉植物たち───特に、ちっこいの達。
「手伝ってくれるのね」
ちっこいの達は葉っぱをピンと立てて、一列に並んだ。「はい!喜んで」という意味だ。
「気持ちだけ受け取るわ。あと、鴉羽ちゃんをあまり驚かせないで欲しいかな。……あの子───トラウマがあるから。……よしお皿洗い完了っと!……さあて何をしようかな」
───どんどんどん。
激しいノック音。拳と木のドアが喧嘩する音だ。
「カリンかな?入っていいよー。鍵閉めてないからー」
……。がちゃっ。
ドタドタドタっ!
木の戸が開く音。続く、強めの足音。階段を上がってくる!近づいてくる。近づいて……くる!
「きゃあ、食べないでーっ」
「は?何言ってんのお姉ちゃん。学校、あるんでしょ?お姉ちゃん用の!」
机にだらけるミズーリの目の前に、一人の幼い女の子が仁王立ちしている。短いツインテールが、なんだか怒った鬼の、角みたいだ。
「カリン、小学校は?」
カリンは、ミズーリの妹だ。
「今日は建校記念日だからないわ。そっちは学校あるでしょ、はい、いくよっ!」
遠慮することなく、ミズーリの尖った耳の先をつまみあげるカリン。
「痛い痛い痛い耳引っ張らないでー」
なんで同じ「お姉ちゃん」呼びの可愛い妹なのに、カリンと鴉羽でここまで姉に対する態度の差が出るんだろう、と肩を落とすミズーリお姉ちゃん。
「……じゃあ早くして。というか、お姉ちゃん早起きなのに準備いっつも最後よね。家族旅行の時もそうだし」
「あはは、ごめんごめん」
「まるで他人事ね。……そういえばさっき鬼が見えた気がするけど……。すんごいスピードで走っていったから誰だかわかんなかったけど、あれってあの人よね」
「うん、鴉羽ちゃんよ」
「あー、がう姉かぁ、どうりで」
何かを思い出すように、納得した顔をするカリン。
「どうりで?」
「誰かなーって、何してるのかなーって気になって、ちょっと探索をかけてたの。そしたらその鬼がひょいひょいトラップを越えてくし、護衛を倒すことなく森をすり抜けるし、……植物園を抜けたほうが人里に近いのにわざわざ遠回りするし。がう姉なら、全部納得いくわね」
見ての通り、カリンはミズーリのような生命の鑑定っぽいことはできない。代わりに、探索能力に秀でている。森の中なら、葉と葉が触れ合っている範囲なら基本的に網羅できるという逸材だ。
ちなみに護衛は森に潜む岩ゴーレム一家を指す。
「……そうね、あの子、植物園で色々あったもんね」
「あれは大変だったらしいわね……あたしもパパから聞いただけだけど。なんでも、こう、ハエトリグサにガブッと……」
両腕で、何かを捕まえるモノマネをするカリン。
「もう、鴉羽ちゃんの前で言っちゃダメだからね……はい、ジュース」
「知ってるわよ。あたしも、がう姉にはお世話になっているんだから」
与えられたジュースを、ストローでかき混ぜた。
「ふふ、そうね。じゃあうちは寝るから。ジュース飲み終わったら、こっちに来て。いいもの見せてあげるわ」
「うん。ありがと……って、違ぁあう!お姉ちゃん、学校!学校っ!!学校───っ!!」
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