バレンタイン2023#2

数日後、はじめに連れられ辿り着いたのは河川敷だった。

雲ひとつ無い快晴。

気持ちの良い気候だが、何故河川敷なのだろうといちかは思った。


「はいこれ。」


いちかは柄の長いトングと大きめのエコバッグをはじめから手渡された。

河川敷とそれらとくれば思い付くのは一つだ。


「なるほど、缶拾いか。」

「缶拾いだけじゃないけどね。雑誌とか、まぁリサイクル出来そうなやつはとりあえず拾っとくと良いと思う。」


はじめは慣れているのかすぐに辺りを見渡しリサイクル出来そうなゴミをエコバッグに拾って入れる。


「野良のVOICEROIDって思われるわけにもいかないから、周りに誰も居ないことは確認してね。エコバッグなのは一度に拾いすぎると目立つからだからね。」


いちかとはじめは本来の主とは違う人間に付いている。

通報されたりすれば回収されることになる。

なので、基本的に外には出ないようにいちかはしていた。

仮に外に出るのであればその辺りの注意は必ずしなければならない。


「分かったけど、これ拾って何処に持っていくんや?業者だとバレてしまわへん?」


なので、いちかは細かい所まで警戒しなければならない。

無論はじめもそこは警戒しているので回答が早い。


「あぁ、それなら大丈夫だよ。河川敷で猫と遊んでいる時に知り合った痩せこけたおばあさんが居てね。ホームレスらしいんだけど、その人に渡せばいいよ。拾った分の半額を報酬でくれるんだ。私達表立って働けないし、たまーにこうやって1日くらいかけてさ。300円くらい稼いでお菓子買ったりしてるんだー。」


いちかは驚いた。

はじめは家に居ないことが多いとは思ってはいたが、まさかそんな事をしていたとは。

そんな事をしてるなら私のお小遣い少しあげるのに、といちかは思った。


「要らないよ。私の分のお小遣いもあるんだし。それに暇だからやってるだけだしねー。ちょっとずつだけどお金貯まってるの嬉しいんだ。」


はじめは昔からそうだった。

今はこんなギャルっぽい服装をしているし、人をおちょくったりもするけれど、根の所は優しく真面目だ。


「お姉ちゃんも自分の力でやりたいんだもんね。」


そしてその根にある思いはいちかと同じだ。

いちかは双子である自分達の絆を再確認し、同じ様に拾い始めた。


一つ一つ拾ってはエコバッグに入れる。

その作業は中々に大変で、恐らくこのバッグ一杯にしても数十円稼げれば良いくらいだとはじめは言う。

それでも、今のいちかにとっては雀の涙ほどのお金でも、自分の想いを表現できる唯一の手段であったので、一生懸命拾っていく。


時には街にも出て、人目が無い時に隅っこにポイ捨てされている缶を拾う。

雑誌等でも良いようなので、公園のトイレ等に行くと置かれていたりした。


ある意味、ボランティアで清掃活動をしているような感覚にいちかはなっていた。

ここ最近ずっと、マスターのために動いていたことが多かったが、

他の誰かの為に何かが出来ているというのは何だか少し安心する部分がある。


こんな形でも役割を実感できることもあるんだな、と。


そんな日々を過ごし、集めたゴミははじめがそのホームレスの所へと持っていってくれた。

ホームレスさんはあまり人と関わるのが得意では無いみたいで、1人で行った方が良いとの事だった。


家事などをした後の暇な時間、そうやって過ごし1週間が経過した。

毎日5~6時間ほど歩き回って、稼げたのは1500円程度だった。

最終日付近ではゴミが見つからない時もあったので結局それくらいになってしまった。

それでも、一人分のチョコを買うには十分な金額だった。


そうしてやってきたバレンタイン当日。

いちかは前日、マスターが居ない間に特製のチョコを作った。

マスターの帽子をチョコでかたどり、Kの部分はストロベリーチョコで赤というよりはピンク色。大きさはあまり大きくはないが、それでも想いを込めた、自分で作りたかったチョコだった。


その夜、マスターの鍵を開ける音と共に、いちかとはじめは玄関へと行く。


「ただいま~っと、あれ、二人共どした?」


戸惑うマスターに二人が満面の笑みで語りかける。

いや、はじめはちょっと照れ隠しに横目を向いている。


「ハッピーバレンタインや!マスター!」

「ハッピーバレンタイン、マスター。」


チョコが手渡される。

"二人の"手作りチョコだ。


「う、うおおお、うおおおおおおお。」


そのチョコがここにやってくるまでのことを二人がマスターに語ることは無いだろう。

昼間に外出することを禁じられていた訳ではないが、

お金を稼ぐにはリスクが高いこともマスターは知っている。

だから、そうやって稼いで来たことなど言えるわけが無い。


なので、全てが伝わることは無い。

マスターもお小遣いからやりくりしたのだろうと思うだろうし。


それでも良いのだ。

いちかは今日この日のために頑張ることが出来て満足していた。

そして、驚いて、涙を浮かべるマスターの顔を見れば、もうそれだけで良かったのだ。


「いつものお礼や!勘違いはせんでな!!」







週末。

マスターが浴室で何かをした後、いちかとはじめに声を掛ける。


「革靴洗うついでに二人のも洗っといたから!」

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こえの家の日常 こえの @haihaivoice

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