第32話カール・クリス10歳② シュピーネ・ネルガ

ネルガ先生は、一切表情を変えず。

ただ、微動だにせずに立っている。


「クリス、同時に行こう」

レントが僕にそう提案する。

「うん……分かった」


僕たちは同時に駆けだす―――


ネルガ先生との距離はどんどん縮まり、あと少しという所まで近づく


握る剣に力を込める―――。


二人同時に跳躍し剣を振り降ろす―――。


壁のような何かによって剣は弾かれる。


込めていた力の分だけ押し返されるように剣は弾かれ宙に舞う。

剣は地面へと落ちる。


「ふふっ、それでは時間がいくらあっても私に届かぬぞ」


僕たちは、落ちた剣を拾い―――再び構える。


「今のはなんだ!?」

レントは、剣を構えながら言う。

「分からない……でもあれも魔法だろうね」

僕は知覚の糸を張り巡らせる。

糸は、ネルガ先生の周りで弾かれる。


「たぶん、ネルガ先生は風を操り自分の周りに空気の壁を作ってるんだ」

僕は考察したことをレントに伝える。

「なるほど、だから押し返されるように弾かれたのか……」

これでは、剣で立ち向かっても歯が立たない。

ネルガ先生には、一切の隙は無い……隙がない?

「もしかしたら、届くかもしれない」

僕は、閃いた。

「クリス……、どうするんだ?」


隙がないなら隙を作れば良い。

僕が思いついた方法は一つ。


「不規則に動き回るんだ……もちろん攻撃しながら」

「なっ、それじゃさっきと変わらないじゃないか?」


「いや、同時だと駄目だ……お互いに別々に動こう」

僕は、レントにこう説明した。


レントには、陽動になってもらう。

出来る限り加速しながら、風の壁に剣撃を与える。

僕はその間、チャンスを待つ。

そして、僕があるアクションをしたらそれを合図に動く。

僕は、あえて細かく指示をする事を止めた。

もしかしたら、ばれてしまう可能性も考えられるからだ。

その意図を汲んでくれたのか、レントは強く頷いてくれた。


「よっしゃやってやる!」

レントの目はやる気に満ちている。

彼の闘争本能に火がついたようだ。


レントは、剣を鞘に納めクラッチングスタートの態勢をとる。


「ほぅ、加速をどう使うのか……楽しみだ。」

僕は気づいていた。

ネルガ先生には、

鑑定のタレント持ちで間違いないだろう。


レントが、走り出す―――。

速度はどんどん加速していく―――。

一定の距離を保ちながら、レントは剣撃を浴びせ続ける。

走っては距離をとり、走っては剣を振るう。

この動きを繰り返し続ける。


僕は、目を閉じる―――。

知覚の糸パーセプションストリング―――)

マナの糸を、フィールド上に張り巡らせる。

集中してマナを感じ取る。

剣が風の壁に当たる瞬間、壁が一瞬歪む。

強い衝撃が加わると風はゆらゆらと形を保てなくなる。

そこに、隙間が……一瞬だけ隙間ができることが分かった。


僕は目を開く―――。

この状態で僕は成長しなければいけない。

目を開いた状態で、その歪みの隙間を突く―――。


深く息を吸い込む。握った剣に力を込める。


地を蹴り、走り出す。


もっと、もっと集中しろ―――。

まったく見えなかった風の壁。


目に頼るな―――。

感じろ―――。


薄っすらではあるが、壁を認識できる。

僕は壁の前で跳躍する―――。

「ほぅ、次は何かな?」

ネルガ先生は余裕の表情で言う。


僕は、持っている剣をレントに―――。


「無駄だよ……クリス」

「いや、無駄じゃないッ―――!!!」

僕の身体は見えない壁に阻まれる。

強い衝撃の反動が身体に伝わる。

そのまま弾かれ地面へと落下する。

「今だ!レントぉおぉおおおおぉ!」

そう、合図は僕の剣をレントに投げる事。

「確かに、受け取った!」

二つの剣を構えるレント。

「剣技―――。二つの剣ツインソード

マナによって強化される剣。

右手に握った剣を風の壁に向けて振り下ろす。

剣は見えない壁に弾かれる―――。

すぐさま左手の剣でさらに剣撃を与える。

それも、弾かれる―――。

弾かれても剣を落とすことなく、剣を強く握りしめ

レントは、何度も何度も剣を風の壁に向けて振るう。

「ふむ、そこからどうする?ただ、斬りつけるだけか?」

ネルガ先生は、退屈そうに言う。


「こうするんだよ!!!」

僕は、立ち上がる。

風の壁に阻まれ、弾き飛ばされ地面に叩きつけられた身体はもう限界だ。

最後の賭けラストチャンスだ。腰に巻き付けた鞄から短刀を取り出す。

集中する―――。

ネルガ先生の前に形成されている見えないはずの風の壁。

余分な力が抜けたおかげだろうか、はっきりとその壁が視認できる。


(見えた―――!)


レントが振るい続けてくれる剣撃のおかげだ。

風の壁は衝撃に耐え切れず大きく歪み形が保てなくなっている。

そこには、大きな隙間が出来ていた。

僕は、ネルガ先生を捉えた―――。

その隙間目がけて短刀を投擲する。

「いけぇぇえええぇえぇ!!!」

短刀は指先を抜け閃光のように一直線に放たれる―――。

風の壁の隙間を抜けネルガ先生まで届く。


「ほぉ、なるほど見事!」

短刀を片手で受け止める。

だが、右足は一歩後ろへと

「ははっやるではないか!」

受け止めた短刀を地面に払い捨て、パンパンと手を叩く。

「おめでとう!私は一歩後ろに動いた。君たちの勝ちだ」


その光景を見ていた他の生徒達も手を叩き始める。

「すげぇなクリス!やるじゃん!」

「いやぁ、レントは二刀流もいけるんだなぁ~」

「私、感動しちゃった~」

皆、口々に僕たちを褒めながら拍手をする。


「見事、よくぞこの短時間で風の壁ウィンドウシールドの弱点に気が付いた。」

ネルガ先生は僕たちの前まで来て言う。

「流石と言うべきだな、マルスの弟とノアの息子よ……」

ネルガ先生は急に真剣な表情になって僕に顔を近づける。

そして、耳元でこう囁いた。


「力に飲まれないようにを鍛える事だ……」


そう言って、僕の肩をポンと叩き離れた。

ネルガ先生は何事もなかったかのように授業を続けると言い、他の生徒たちの

相手を始める。

「おい、クリス?先生お前になんて言ったんだ?」

「いやぁ、マルス兄さんのように鍛錬に励めよだってさ」

僕は、そう言って誤魔化した。












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