第29話カール・クリス8歳 ⑦ ゴブリンを追え
点々と続く血の跡を僕たちは追う。
かなりの深手のはずだ、そう遠くへは逃げれない。
草木を掻き分け森の奥へと進む。
血の跡は、一本の緑樹の根元で途絶えていた。
辺りを見渡す。ゴブリンの姿は見当たらない。
「おかしい、ここまで逃げてきたのは間違いない」
レントは、根元を調べながら言う。
確かに、おかしい。それにとても静かだ。
静かすぎる―――。
僕たちの頭上から何かが落下してくる。
それはコロコロと僕の足元へと転がって来る。
だらしなく舌を出し、絶命しているゴブリンの頭だ。
上に何かいる―――。
何かは、頭上から飛び降りレントに襲い掛かる。
レントの首を掴み、左手で軽々と持ち上げ首を締め上げる。
「うぐッ―――。」
レントは、苦悶の表情を浮かべ痛みに声をあげる。
身の丈、八尺はある巨躯。筋肉質な緑色の体躯。
尖った耳、左目には傷がある。
顎元まで裂けた口。ギョロッとした右目。
「まさか……ホブか……。」
ゴブリンの上位種。ホブゴブリン。
残忍で凶暴、仲間ですら容赦なく殺す。
中級冒険者も裸足で逃げ出す。
それぐらい危険度が高い
まさか、入試にこのような
下手したら、怪我では済まない。
死者が出る可能性もある。
レントは、必死に藻掻き抵抗する。
このままでは、彼の命が危ない。
僕は、ナナに下がるように手で指示する。
ナナは怯えながらそれに従う。
(筋力超上昇―――。)
今の僕でも果たして敵うか分からない。
でも、やらなければここで終わりだ。
僕は、剣を鞘から抜き両手で構える。
迂闊に、大振りをしたらレントにも被害が及ぶ
動きは最小限に、的確に狙わなければならない。
僕は、静かに息を整える―――。
まずは、あの左手。
集中する―――。
失敗は許されない。
一撃で穿つ―――。
辺り一帯は緑樹が所狭しと生い茂っている。
足に力を込めて跳躍する。
緑樹の幹を足場がわりにして蹴りあげ前へと進む。
ホブは、僕の動きに翻弄されている。
目を右往左往させているのが分かる。
そのまま、斜めから左腕に狙いを定め。
剣を振り下ろす―――。
ホブゴブリンはレントを締め上げていた左手を離し防御態勢に入る。
ホブゴブリンは左手で剣撃を防ぐ―――。
ここまでは、予想通り上手くいった。
「ナナ、今のうちにレントを助けて!」
僕は後ろで怯えているナナに声を掛ける。
「わっわかたのだ!」
慌ててレントの元に駆け寄るナナ。
「あっ……ありがとう……」
ナナに引きずられながらも弱弱しい声で言う。
レントには意識がまだあった。
良かった、これなら大丈夫そうだ。
僕は、ナナがレントを救出する時間を稼ぐ。
僕は剣に力を込める―――。
気を抜くと押し返される。
「ギャッ……ニンゲン……ナカナカヤルナ……」
ホブゴブリンは、顔をにやつかせながら言う。
「へっへぇ、人の言葉が喋れるんだね……。」
上位種にもなると、知恵が備わるのかもしれない。
今の僕には会話をする余裕などないのだが……。
僕は、魔法が使えない。
ここで使ってしまったら、余裕で勝てるだろう。
だけど、今はまだ使う事ができない。
学校生活は、
筋力超上昇は、偽装のスキルで誤魔化せる。
だが、攻撃魔法ともなると流石にばれてしまう。
どうすればやつに勝てる―――。
この身体では、筋力超上昇を使ってもこれが限界だ。
相手の方が格上だ。
それでもやるしかない……。
(筋力超上昇―――)
さらに、自身にバフを掛ける。
剣は左手に塞がれている。
押し返されそうになる剣に更に力を込める―――。
「うぉぉぉぉおおおおぉお‼」
身体が軋む、鈍い痛みが全身に伝わる。
それでも、力を入れて気合で剣を押し込む。
ホブゴブリンの左手から血が滲み出す。
痛みに耐えきれなくなったのか、苦悶の表情を浮かべ雄たけびをあげる。
「ギャアァァ――!!!」
血が噴き出る事を恐れず剣を鷲掴み、僕ごと地面に投げつける。
身体全身に痛みが走る―――。
「うぐっ……。くっくそッ……」
今までに感じた事のない痛み。
ホブゴブリンの左手は裂けて血が溢れ滴り落ちている。
後に下がりこちらと距離をとるホブゴブリン。
力の差は歴然だ。このままでは勝てない。
僕は、ふらふらと剣を杖がわりにして立ち上がる。
それでも―――。ここでやる。
剣を再び両手で構える。
目を閉じる―――。
感覚を研ぎ澄ませ―――。
集中しろ―――。
相手の荒い息遣いが聞こえる。
心の鼓動が聞こえる―――。
それはだんだんと自分の元へと近づく―――。
僕の心の鼓動と、相手の鼓動が交わる。
ここだ―――。
僕は、目を開く―――。
目の前には、ホブゴブリンの鋭く尖った爪
僕は、それをギリギリの所で躱す。
(見切った―――)
首筋ギリギリの所で避け、僕は剣を突き立てる。
胸を一突きされる、ホブゴブリン。
口から血を溢しながら僕の頭を両手で掴む。
ギリギリと頭が潰されていく身体が悲鳴をあげる。
「まだ、浅かったか……」
僕は、自分の力を過信していた。
どうやらここまでのようだ。
諦めかけたその時だった―――。
「頑張れなのだクリス~!!!」
僕の背中をナナが泣きながら押してくる。
「そっそうだよ……あと少しだ……」
苦しそうな表情を浮かべながらレントも僕の背中を押す。
「ははっ、そうか……僕は一人じゃなかった……。」
二人は懸命に、僕の背中を押す。
「ホブゴブリン……、ありがとう……ございました!」
僕は、握る剣に力を込める。
最後の力を振り突き立てた剣をさらに捻じ込む。
「ギギャァアァァアァ―――!!!」
断末魔の叫びが森に響き渡る。
僕の頭を掴んでいた手は、力なくだらんと垂れ下がる。
目からは生気が抜け、ホブゴブリンは絶命した。
「やっやたのだ~!」
僕の後ろでナナが泣きながら喜ぶ。
「あぁ、死ぬかと思った……。」
レントはその場にへたり込む。
僕は、ホブゴブリンを貫いた剣を引き抜く
剣には、紫色の球体が刺さっていた。
流石、ホブゴブリンの
ゴブリンの
僕たちは、疲弊した身体をお互いに支えながら
森を抜け、結果を報告しに行く。
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