第21話 お家騒動⑥ ジャガーという男。

知覚する糸パーセプションストリング


 スキルレベルアップで、目をあけたままでも使用が可能になった。


 目の前にはゲームのようなサブウィンドウが可視化されている。


 屋敷のマップだ。


 屋敷中に張り巡らせたマナの糸が人を感知して動きが把握できる。


 現在、兄は訓練グラウンドで一人稽古。


 デント兄さんとラビは、離れの部屋で話をしている。


 残る父は、自室にこもり復興作業の後始末をしている。


(計画通り―――。今、父は一人だ)


 俺は、父の部屋をノックする。


「はい……誰だ?」

 短く返答が帰ってきた。

「あなたが会いたがっていたジャガーがこちらから来てやったぞ!」

 ガタっと音がした後、扉が開く

「ささっ、中へどうぞ……。」

 小声で父が部屋へと案内する。


「うむ、失礼する……。」


「これは、これはジャガーさん。どうぞそちらにお掛けください。」


 父の自室のソファーへと案内される。

「ああ、座らせてもらう。」

 そう短く父に伝え、俺はソファーに腰を降ろした。


 反対側のソファーへ父も座る。

「ジャガーさん。ドラゴンを討伐したあなたを私は探しておりました。」

 父は真剣な顔をして、言う。

「しかし、どうやってここまで来たのですか?」


「ああ、あれから町に戻ってお前が俺を探していると聞いてな」


「そっそうですか……。」


「この屋敷について青い髪の女にここまで案内させた。」


「なるほど、ラビですね。うちのメイドです。」


「それで探していた俺が来たが、何か用があるのか?」


「実は、お願いがありまして……。」

 父は俺の迫力に気おされたのかもじもじしながら答える。


 要約すると、ドラゴンを討伐した報酬を与えたい。

 それともう一つ。

 マルス兄さんを説得して欲しい。

 これについては、更に報酬を払うと……。


「相分かった、では俺はこれからそのマルスとやらと話をしてくる」


「おお、助かります!」

 父は、大喜びだ。やはり一番の悩みの種だったのだろう。

 まだ30代半ばなのにも関わらず、だいぶやつれ、白髪も増えていた。


「報酬は、ギルド当てで頼む。俺は忙しい身だ。明日にはここを立つ」


「はい、上手くいきましたらそのように手配させてもらいます。」


 俺は、ギルドで冒険者登録をラビに行わせた。

 そこで作った口座に、報酬を送るようにさせる。

 これで、何かあった時の貯蓄が増えた。

 口座名義は『ジャガー』だ。


「では、行ってくる。」


 俺は席を立ち、父の部屋を後にした。


 その足で、訓練グラウンドで集中して稽古をしているマッスルに声を掛ける。


「久しいな、少年よ―――。」


 俺の声を聞いた、マッスル兄さんは驚いた表情を浮かべこちらを向く。


「あっ……あっ……。生ジャガー様だ!!!!」

 俺に会えてよっぽど嬉しいのか、キラキラとした表情で言う。


「ああ、少年よ見間違えるほど良い仕上がりだ―――。」


「有難き幸せ……師から学びを受け必死に鍛錬しております。」

 こちらに深々と頭をさげ、謝辞を述べる。


「師よ、わざわざ、私めにあいに来てくださったのですか!」


「そうだ……筋肉の神髄とは何か、お前に教えに来てやった。」


「重ね重ね感謝の意に堪えません!」


「言葉は不要―――。」

 俺はマントを外し、その場に投げ捨てた。

 そして、上着を脱ぐ―――。

 露わになる筋肉隆々な上半身。


「ああ、なんと美しい―――。」

 マッスル兄さんは感嘆の声をあげる。


「己の肉体のみが全て―――。」


筋肉談義マッスルコミュニケーションと行こうではないか―――。」


 俺は、相対する兄を睨み構える。


「師の言葉のままに―――。」

 兄もこちらを鋭く睨み、構える。


 静かな時が流れる―――。


 お互い張り詰めた空気の中、一歩も動かない。


 静けさの中、兄の筋肉マッスルが僅かに、動く―――。


 刹那、地を蹴り瞬時に距離を縮める―――。


 こちらの顎元を正確に捉えた右の拳が飛んでくる。


(見切った―――)


 それを首を僅かに動かしただけで避ける。


「なっ……。」

 兄は、確実に当てられただろう拳を外し。

 短く声を発する。


 俺は、兄の右手を左手で掴む。

 そのまま、向けられた力を使い力を外に流す―――。


 兄は、よろけてその場に膝をつく


「ははっ、流石です師よ―――。」

 悔しさが顔に現れている。

 兄は立ち上がり、深く息を吸い込み態勢を整え構えなおす。


「少年、お前の力はそんなものか?」


「いえ、まだこれからです!」


 兄は目を閉じている―――。


 大気中に流れるマナに変化が現れる―――。


 なるほど、筋力上昇か……それもかなりの上物だ。


 兄の筋肉が躍動する―――。


 十分に鍛え上げられた、筋肉マッスルは更に一段と大きくなるバンプアップ


「ほぉ、その鬼気迫る筋肉……。中々にそそる。」


「おほめ頂き至極恐悦!」

 兄は、綺麗にお辞儀をした。

 その低い姿勢のまま、腰を降ろし地を蹴る。


 辺りに、砂埃が舞う。


(なるほど次は蹴りか―――。)


 地を這うように低い姿勢のままこちらに向かってきた。


 両手を地面につけ、そのままバク転し高々と跳躍する。


「ジャガァアァァ―――!トルネードキック!!!」


 遥か上の方から雄たけびと共に右足を突き出す―――。


 更に上空で、マナを練り上げ足に纏わせている。


 それを俺は、片手で受け止める―――。


 受け止められても、兄の勢いは止まらない。


「うぉぉおおぉぉ――――――!!!!」


 躍動する筋肉がこちらを強く強く押してくる―――


 俺はそれに対して、を入れて押し返す。


 弾き飛ばされるように兄は後ろに飛ばされ地面に叩きつけられる。


「ガハッ!……ゲホッ。」

 内臓に強い衝撃を受け、口から大量の血を吐き出す―――。


「少し力を使ってみた……。だが、中々に楽しめたぞ。」


 兄は、よろめきながら必死に立ち上がり再び構える。


「よせ……、これ以上は筋肉が泣く―――。」


「師よ、短き時間でしたがご教授ありがとうございました。」

 兄は、素直に負けを認め深々と礼をした。


「うむ、俺はお前に伝えなければならないことがある―――。」


「はっ!何なりとお教えください。」

 兄は口元の血を拭いながら真剣な眼差しで言う。


「少年、たしかにお前は強くなった……。」


「だが、何故剣を捨てた?」


 兄は、この問いに対して衝撃的だったのか困惑した表情を浮かべる。


「何故とは?師よ―――剣ではこれ以上高みを目指せぬと感じたからです!」


 俺は深く息を吸い込み、腹から声を吐き出すように言う。


「愚か者がぁあぁぁぁああぁ―――――!!!!!」


 ビリビリと大地を震わせるほどの声―――。

 続けて説教する。


「その様な、志半ばで剣を捨てるなど!断じてありえん!」


 さらに、早口で捲し立てる。


「良いか!筋肉の神髄とはこぶしにあらず!」

「形は違えど、己を知り己を極めたものこそが筋肉の神髄なのだ!」

「お前の様な半端物は、俺の真似にすら至っておらん!!!」

「ゆえにお前は、弟子とは認められん!!!!」


 兄は、膝をつき懇願する。

「師よ!私は間違っておりました!」


「よかろう、発言してみろ……。」


「私は、未熟で愚かな過ちをしておりました……。」


「うむ、で?」


「筋肉の神髄とは、己を知る事、己の信じた物を貫くこと……。」


「ほぅ、答えが見えてきたではないか?」


「はい、私は間違っておりました。」


「では、どうする!少年よ!」


「はっ!私は自分が信じた剣を極めたく思います!」


「ふはははははっ!良いぞ!そうだ!俺はそれが聞きたかった。」


 兄は顔をくしゃくしゃにしながら泣く。


「うむ、認めよう。少年。お前を弟子にしてやる。」


「はひぃ、ありがたき幸せ……。」


「男が泣くな……、心で泣け……。」


「はぃ……師よ。ありっありがとうございます」

 必死に涙を堪えながらマルス兄さんは答える。

「少年……名を何という?」

 知っているが、ここからクライマックスだ。


「マルスと申します、師よ。」

「うむ、ではマルス……筋肉の神髄を極めた先で再び相まみえようぞ!」


 俺は、泣きじゃくる兄を背に足に力を入れ地を蹴り上げ

 高く跳躍した。


「ではな、少年……いやマルスよ。」


 そして、大気中のマナを操作し風を操り足場を作り

 そこを移動して屋敷の外へと飛び出した。


「師よ!私は再び剣を極めます!!!」


 兄は空高く飛び去る俺にそう言った。






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