Episode 05 開花
「アキトさん! 全力で5分間戦います」
風に乗せて声を運ばせ、決定を伝えます。その声が届いたことはアキトさんが発動したスキルによって確認できました。
「凍土開放」
彼を中心に岩肌の目立つ鉱山に緑が芽吹き、草原が拡がっていきます。『凍土開放』は味方へのデバフを反転させるエリアを展開するアキトさんのユニークスキルです。
このスキルは現状唯一アキトさんにかかる『愚者』のデバフ効果を打ち消すことができる私たちの切り札。できれば見せたくはなかったのですが、致し方ありません。
戦えると彼が言わなかった以上、簡単に勝てることはないとわかります。出し惜しみなしでいきましょう。
「スズナさん、攻撃はできそうですか?」
「待って! 魔力の制御が効かないの」
叫ぶように告げた彼女の周囲には目視できる程の濃密な魔力が渦巻いています。このような現象は見たことがありません。これを体内に取り込むつもりなのでしょうか。
スズナさんから感じる感情は恐怖。それでも抗おうとする勇気。ならば、私はできることをするとしましょう。
「私が貴方を守ります。スズナさんは魔力制御に集中してください」
護衛の約束は果たすつもりです。もしもの時は彼女だけでも逃がしてみせます。
『鑑定』に映る彼女のステータスは未だ一万を超える程度。ただ、もう少しで覚醒に至りそうな機運は確実に高まっている……ように見えます。
彼女の周りに浮かぶ精霊が踊っているような不思議な煌めきがあと少しだと訴えているのです。感覚的な話。なんの保証もありはしません。
ですので、待てるのは五分だけです。アキトさんが撤退の余力を残して戦えるギリギリの時間です。
アキトさんの戦いは見事なものでした。大刀を駆使して強敵ワイバーンの多彩な攻撃を捌きます。牙、爪、そして岩の弾丸。その全てを受け流すようにして回避する様は危なげないと言えるでしょう。
飛亜竜が
ただ見事とは表現したものの決して優勢ではありません。現状のアキトさんには有効な攻撃手段がないのでしょう。
攻撃を受け流しては氷の魔法剣を防御の薄い部位に打ち込んでいるようですが、ワイバーンは殆どダメージを受けていない様子。
スズナさんの攻撃を頼るにしても、出来るだけ削っておきたいところ。互いにタイミングを伺うようような攻防の中で、ワイバーンの間合いを測ります。
アキトさんの最高火力はもう一つのユニークスキル『空太刀』。大刀が空を除くあらゆるものに当たるようになる効果を持つ高倍率攻撃スキルです。
相手の属性を無視して攻撃ができる、というよりも防御ができるようになるという方が『守護者』としてのコンセプトに合っているでしょうか。
その攻撃の瞬間は、ワイバーンが何らかのスキルによって加速し、飛び込むように突撃モーションに入ったときでした。『凍土開放』状態での『空太刀』が翼を切り裂くように放たれます。
飛亜竜はその衝撃を逃がすように上空へと方向転換。あるいは弾かれるように、空へと逃れました。いえ、私の目にはそう映ったというべきですね。
完全には追いきれない攻防の結果、ワイバーンに傷はありません。一度、仕切り直しでしょうか。
と感じたのも、束の間。
暴風の攻撃がアキトさんを足止めしーー
「ナギサ!」
珍しい、アキトさんの叫び声でした。ワイバーンが急にこちらを攻撃しようとしていることに気付いたのは、岩の魔法陣が空に拡がってからです。
彼の『守護』によって私への攻撃はアキトさんが受けることになります。アキトさんの高防御を共有できているようでいて、ここには明確な弱点が存在します。
前衛であるアキトさんがダメージを受ければパーティが崩壊するのです。そしてアキトさんに直接攻撃を通すよりも、私を攻撃した方がダメージを与えやすいでしょう。
『守護』は解除できないスキルです。彼が『守護者』である限り。結局、私は自分の身は自分で守れるようにするべきであって、そのための練習をここ二ヶ月は繰り返してきました。
隕石の如き魔法が亜竜から放たれます。既に私のスキルも発動を終えています。圧倒的なステータス差、普通ならば絶望しかない状況です。
しかし、私には幸運にも桁外れの魔力があって。
それを扱うだけの
この短期間で形になったスキルは二つ。そのうちの一つが目の前に展開された八重の障壁。練習では七枚が限界でしたが、極限状態の集中力といったところでしょうか。
「霊王障壁」
魔力依存型障壁系スキル『霊王障壁』。攻撃技の出力がINTに依存するのに対して、守備系のスキルには出力が知力に制限されにくいものもあります。
『霊王障壁』は後者のスキルの一つで、確認されている中では最高クラスの防御スキルです。いわゆる上級スキルをすぐに使えるようになったのは適性の問題でしょう。
同じく上級スキルにあたる『風霊結界』は最初から何となく使えたわけですし。一方で、『風雅龍陣』以外の攻撃系スキルは習得に苦戦しています。
とかく今は亜竜の攻撃を止めれさえすれば、問題ありません。私は障壁を展開した上で盾を構えて防御姿勢をとります。
全ては一瞬の攻防です。亜竜の攻撃は『霊王障壁』を七枚破壊し、八つ目の障壁の力で霧散しました。
その迫力に気圧されている暇はなく。
「私が何とかします。スズナさんは攻撃することだけ考えてください」
それだけ告げて、私は次の攻撃に備えて魔力を循環させておきます。強力な技である分、再発動には数秒の間が必要です。今の私には魔力消費が大きすぎるのでしょう。
とりあえず、戦線は崩壊せずに済みました。『霊王障壁』の強度が存外強くて助かりましたね。使用している魔力に対しては弱いとも言えるのですが、私のステータスからは破格の性能でしょう。
眼前では、暴風をいなしたアキトさんが派手な魔法剣でワイバーンの視界を奪い、「示せ」ともう一度魔物の注意を引きます。更には『空太刀』による一閃。再びの翼を狙った攻撃に飛亜竜は嫌がる素振りを見せました。
そこから、怒涛の追撃。氷の魔法剣を多用した攻撃は時間稼ぎも兼ねているのでしょう。それでも的確に弱点を突くような斬撃を重ねられるのは彼の凄いところです。
されど、亜竜は傷付くことはない様子です。いざとなれば空に逃げられるワイバーン。それでも逃げる必要などないと言わんばかりに低空で咆哮します。
そして、ワイバーンの視線が一瞬、再び私たちを捉えました。スズナさんの力は確実に高まっていて、それを亜竜は警戒しています。『鑑定』に映る彼女のステータスはエラー表記で読み取れません。
『霊王障壁』が使えるのはおそらくあと一度だけ。
余り待つことはできなさそうです。アキトさんとの攻防でリキャストタイムを過ぎてはいます。魔力量を考えて動く必要はありますが……。
草原に吹く涼やかな風がやけにゆっくりと髪を揺らす中、私は『霊王障壁』を展開する準備を済ませて、スズナさんへと振り返りました。
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怖い怖い怖い怖い怖い。
スズナの心の半分は恐怖に支配されていた。それでも前を向いていられるのは、彼女自身から溢れ出る確かな力と前に立つ少年少女が居るからだった。
強大な敵に対する恐れ。
過大な力の先にある
それでも、前に進むという勇気だけが今しかないと叫んでいる。
花火師になるには必要のないこと。超一流の花火師だってフレアリザードがせいぜいだ。花火師が軍属だった頃まで歴史を遡ってみても、ワイバーンと戦った記録などないだろう。
強大な魔物は誰かに任せておけば良い。別の狩り場を探せば良い。平穏な街の暮らしに過ぎた力が要らないことは痛いほど知っている。
逃げることは、きっとできる。スズナの目に映る少年の勇姿は飛亜竜との戦闘にあたって尚優勢に見えた。倒せずともいなすことはできるだろう、と。
ただ、彼女の中で沸騰せんとする魔力がそれを赦さない。後ろ向きな理屈を呑み込むようにして、敵を討てと叫んでいる。
戻ることも立ち止まることも、もうできない。
スズナは、世界の広さを知ってしまったから。
先行く二人に追いつきたいと思ってしまったから。
また一段と魔力を燃やす感覚。熱さを抑えるように身体の中で力をコントロールしようと試みる。視線は前の背中だけを見据えていた。
熱い怖い熱い怖い熱い。
音は聞こえていなかった。が、ナギサが振り返ったことがわかると自然と視線は彼女の美しい笑みを捉えた。
戦場とは思えない穏やかな微笑だった。蠢くような不安のすべてがフッと消え去り、熱さは温かさへと変わった気がした。
「大丈夫そうですね」
「ええ、いけるわ」
「それでは、これを使ってください」
ナギサの宝杖が投げ渡される。それを大事に構えて、敵を見据えると亜竜は巨大な岩魔法を展開していた。
「私が防ぎます」
「任せたわ」
全ての魔力を注ぐつもりで魔法陣を展開していく。身体を巡る魔力が海のように拡がって、巨大な赤の紋様を描き出す。漲る力が何処までも心地良い。
「炎華よ、集えーー」
何よりも強い炎よ。未来を焼き拓け。
…………………… Logout.
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初夏の温かさを思い出したかのように場の熱が上がったのは、スズナさんが覚醒したからでしょう。翼を型取るような炎のエフェクトが彼女の背に煌々と輝いています。
世界に羽ばたく彼女の翼。ステータスは驚異の五万級。人類の最前線に手をかける程の力です。流石は勇者と魔王の世代というべきでしょうか。期待以上の結果です。
あとは私がこの攻撃を防ぐだけ。
十分に溜めをつくった飛亜竜は、その間のアキトさんの攻撃を幾ばくか受容してでも、私たちに高火力を押し付けることを選んだようでした。
彼の攻撃を器用に躱すも、弱点に重ねるようなアキトさんの斬撃に些かのダメージは受けている様子です。
そういった対価を払った分、強力な岩石魔法が私たちへと放たれます。魔力のエフェクトを残した隕石の推進力を相殺しきれるでしょうか。
やるしかありません。
ここは私のスキルだけで凌ぐべきところです。
「霊王障壁」
翠に輝く障壁の数は八。宝杖は手元にありませんが、防御に秀でた精霊杖をセットしてあります。強度は殆ど変わらないはずです。
障壁は破砕音と共に、攻撃の威力を確実に減じていきます。
されど、ワイバーンにとっても決死の一撃。その勢いは先程の数段上を行くようです。
まもなく最後の障壁が破られ、盾を握る手に力が籠もります。
衝撃ーー『守護』による肩代わりを示す盾のエフェクトが拡がりますが、衝撃を防げるわけではありません。一歩たりとも後ろに下がらないために、背に風の精霊術を当て続けます。
攻撃の衝撃と『霊王障壁』の反動が私の魔力操作を阻害しますが、風を起こすという単純な操作ならばどうにかといったところです。
痛みはありません。私には痛みを感じることが許されないのです。
私にできるのは、ただ彼の防御力がこの攻撃を弾くだけの強さを持っていると信じて、盾を握り続けることだけです。
長く感じた刹那、全ての衝撃を受けきって、視界が晴れます。目に映ったのは、スキルの反動のようなエフェクトから立ち直った灰亜竜と、傷付きながらも『召喚師』の操作パネルを展開するアキトさんでした。
「其が咲き誇る
溜めに溜めたスズナさんの魔法も動き出します。
最初に動いたのは飛亜竜でした。その大きな図体を利用した突進攻撃。反動をつけて、勢いに乗ろうとしたところをアキトさんが許しません。
「結界展開」
板のような結界が三重に亜竜を縛ります。『機工結界』はゴーレムを媒介する分、強力な結界を貼ることができるスキルです。
いつの間にか、小さな浮遊型ゴーレムたちがワイバーンの周りを囲うように配置されており、それらを起点にした三枚の拘束壁は飛亜竜の動きを一時的に止めました。
「炎天を湛え、災禍を
スズナさんの詠唱が完了したのが、同時。
「
炎の弾丸が放たれるまでの刹那。
アキトさんの結界はまもなく炸裂するように破られ、ワイバーンは回避行動ーーの前に私が動きます。
「
新たに出した杖で身体を上手く支えながら、出来うる限りの魔力でスキルを発動しました。
もう一つの新スキル『風鎖霊縛』。透き通る翠の大鎖が亜竜の右足を縛ります。片足だけに全力で。全身を拘束するだけの力は私にはありません。
ですが、それで良いのです。躓いたようにバランスを崩した灰亜竜はスズナさんの業火に飛び込むような形になってーー
「燃え盛れ!!
直撃、そして炎終砲が爆ぜるような衝撃を放ちます。ワイバーンを貫通した炎は空まで穿つように暗雲を溶かし、世界は眩さに包まれました。
静寂。
その間にアキトさんは私たちの傍へ。
私は静かに息を吐き。
アキトさんは傷付いたままに警戒を解かず。
スズナさんは残火を揺らしながら。
私たちは結末を待ちました。
やがて、降り注ぐ太陽の光に、初夏を思わせる
「どうやら勝てたようですね」
危ない戦いでした。スズナさんの力がどこまで伸びるかに賭けるような戦いになってしまったことは反省しなくてはなりません。とはいえ。
「……やった! やったわ! ナギサ」
抱きついてくるスズナさんの勢いで倒れそうになるのを、杖を頼りにどうにか踏みとどまります。
「ふふ、そうですね。やりました」
彼女の喜ぶ通り、今はただこの勝利を噛み締めるとしましょう。紛れもない大金星という結果がただ一つの現実なのですから。
一頻りの喜びに浸りながら、回復ポーションを使って状態を整えます。全快には程遠いですが、多少はマシになるでしょう。
晴れ渡る空のもとに残された灰の宝箱はボスエリアを超えた証。灰亜竜はこれまで私たちが戦ってきた中でも格段に強い最強の魔物でした。報酬も期待できるでしょう。
「これが宝箱なのね」
「スズナさんが開けてください」
「良いの? アタシが開けて」
「ええ、貴方が開けるべきです」
恐る恐るといった様子で手をかけたスズナさんがゆっくりと宝箱を開きます。
宝箱の中身については帰路の様子と共に綴ることにしましょう。鉱山を降りた私たち一行はそこで一泊挟んでから行きと同じように森を抜けました。
道中の戦闘は回復済みのアキトさんと覚醒によって力の有り余るスズナさんに任せ、私は魔力の循環に努めました。
森を抜ければ馬とバイクで半日ほどで街につきます。バイクに二人で乗るには風の精霊術が必要ですが、その頃には私の魔力もある程度戻っていたので、約束通りスズナさんを乗せて運転しました。
さて、灰亜竜が残した箱の中には幾つかの宝石とポーション、そして
実用的なレアアイテムこそなかったものの灰亜竜の置物はレアドロップ、悪くない戦果と言えるでしょう。
宝箱の中身はスズナさんの好意で私たちがほとんど貰い受けることになりました。しかし、パーティで戦いましたが、灰亜竜を倒したのは彼女です。
そこで、スズナさんには小さめの
魔術師系の装備一式は護衛が始まってから元々彼女に貸与していたもので、倉庫に保存してあったそこそこ良いものです。
街で揃えるのも難しいでしょうし、彼女にはいずれ必要になるでしょう。これだけの力があれば一つの街には留まっていられません。
彼女の夢を考えるとパーティに誘うのは難しいでしょうし、ひとまずは東都への紹介状をしたためることに致しましょう。
そんなことを考えながら、スズナさんと他愛のないお話をしているうちに、街道の先に街が見えてきました。
花火の街、スイレンカ。
スズナさんの戦いはここからが本番です。
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