Episode 04 成長

 翌朝。朝の支度を終えた私が、気持ちよさそうに眠るスズナさんを起こしても良いものかと思案していると、彼女の瞼がゆっくりと盛り上がりましたので、ベッドサイドから声をかけます。


「スズナさん、起きましたか? そろそろ朝食ですよ」

 二、三度瞬きをしたかと思うとスズナさんはガバっと音を立てて起き上がり。


「凄いっ。凄いわ。ナギサ。アタシ、こんなに感動したのは初めてよっ」

 起きがけの彼女は元気な声を響かせ、私の手をとりました。私は些か驚きましたが、そのような様子は見せないように微笑みます。


 私の手をとる彼女はきっと良い夢を見たのでしょう。距離感が近いことを鑑みるに、どうやら夢の中の私が上手くやったようですね。


「アタシ知らなかった。世界はきっと、そうアタシが思っていたよりも面白いわ。だから、その、ありがとう。ナギサ」

「どういたしまして。世界はきっと、もっと面白くしていけるものだと思いますよ」


 柔らかな声音で会話を続ければ、彼女は満足そうに同意してくださいます。顔色が良くなったスズナさんの様子は喜ばしい限りです。


 才能の使い方は誰も教えてはくれませんし、教えることもできはしません。だからこそ、漠然とした希望を抱くことが肝要なのだと思います。


 希望を抱かせることが必要、と言うべきなのかもしれません。そして希望は何よりも消えることのない篝火でなくてはなりません。


 例えば、芸術。数値を超えた絶対性が人々の希望となりえます。芸術は単なるステータスではなく、完全性という心の支えなのです。


 言い換えると、瑕疵がないという点で芸術は都合が良いということです。才子はどうしても物事の誤りを見つけてしまいやすいですから。消えない希望の対象は限られてしまいます。


 私のような拘りの強い生き方はある種の芸術のように映るがために天才たちと親和性が高い、というのは私の推測です。


 もっとも、偶然の面も大きいのでしょうね。私がいつも通りでいることが彼女の成長に繋がると良いのですが。正解のない問いには、そう願っておくくらいがちょうど良いでしょう。


 興奮冷めやらぬ様子の彼女の言葉を一通り受け止めた私は、彼女を落ち着かせるようなおっとりとした所作で朝食に誘います。リビングでは既に食事の準備を整えたアキトさんが待っていました。


 朝食をとりながら、軽い打ち合わせをしておきます。魔物が出た時の対処や従ってほしい原則。大抵は昨日お話したことの再確認です。


 食後、拠点を『倉庫』に仕舞って鉱山へと出発すれば、しばらくはスズナさんから夢の話を伺います。嬉々として語ってくださったと表現した方が適切かもしれません。


 私達にとって当たり前なこと。

 彼女にとって当たり前でないこと。


 夢の話はスズナさんの心を知る手掛かりになります。何しろ『夢彩色』が見せたのは彼女の望みに沿った内容なのですから。


 スズナさんはこの世界の住人、星立人シュトラです。私達との様々な違いは、言葉を交わして知っていく必要があります。


 そうして語らいながらしばらく歩いていると、やがて魔物の多いエリアに差し掛かります。

 道というほど整備のされていない小道を行くは森の中。ここはもう魔物たちの居住区テリトリーです。


「ナギサ、このまま行けば会敵する」

「わかりました。スズナさん、心の準備は良いですか?」

「ええ、大丈夫よ」


「目標は黒虎虎系統。ステータス四千級だ」

「私が援護しますから、アキトさんがヘイト管理、スズナさんは攻撃をお願いします。それでは、戦闘準備を」

 二人の応じる声を聞きながら、私は一つのスキルを発動させます。


 私の三つ目のジョブ『星読』は下位職ですが、情報がない未確認ジョブでした。おそらくは『神聖』によって獲得できるようになるものなのでしょう。


 その特徴はおそらく支援職である点です。この世界は支援バフスキルが比較的珍しいですから、期待も込めて三つ目のジョブは『星読』を選びました。


 他者の干渉をレジストする『愚者』を持つアキトさんには殆ど弾かれてしまうのが難点ですが、成長次第ではアキトさんへの支援も可能になるでしょう。


 そして私が発動させたスキル『始言』の詠唱は至極単純です。「戦闘準備を」の一言をトリガーに自身と周囲の味方のステータスに5パーセントの上昇効果を与えます。


 グググググ、と低い唸りと共に現れた黒虎は森の中域では狩る側の存在。ステータス四千級は一般人ではちょうど太刀打ちできなくなってくるレベルといったくらいでしょうか。


 ですが、所詮は獣。相手の力量を推し量ることは苦手なようですね。『愚者』のデバフがあるとはいえ、アキトさんは実質一万級超えのステータス。スズナさんもそれに比類するほどの力を持ちます。


 どのような方法でも対処できますが、ここは戦術の確認をしていきます。まずは黒刀を構えたアキトさんが一歩前へと出て。


「示せ」

 アキトさんが発動したスキルは『威圧』。ヘイト管理にプレッシャー効果のついた盾役用のスキルです。焦燥感は時に魔物を逃がしてしまいますが、大抵は単調な攻撃を呼び込みます。


 真っ直ぐにアキトさんへと飛びかかった黒虎は、雷を纏った右腕を振り下ろし――アキトさんの黒き大刀と激突します。アキトさんは『魔法剣』で刀に魔力を纏わせて、雷による魔力的な干渉を抑えます。


「空へ打ち上げる。合わせろ、スズナ」

 魔虎の勢いを完全には殺さずに、アキトさんはその位置を入れ替えるようにして下から大刀で叩き上げます。無属性の魔法剣技『転衝』。威力のない分、吹き飛ばしに特化した衝撃の剣技です。


炎華えんかよ、集え」

 アキトさんの合図に既に詠唱を始めていたスズナさんの周りには炎の円環が魔法陣を描いていました。彼女の得意な炎魔法は、森の中では空に向かって放つ他ありません。


 炎の花弁がスズナさんに笑いかけるように舞う中で、その掌は叫ぶ黒虎へと照準を合わせます。魔物を見つめるその瞳に宿る光は自信。今までまともに魔物を相手したことのないとは思えない雰囲気です。


「咲き誇り。撃ち抜け。炎集砲フレア

 轟々と業火の種子だんがんが空気を裂くように獲物を穿ち――高い空へと消えて行きました。穴の開いた魔物はその体躯が地面に落ちる前に光の粒子となって空気に溶けていきます。


「ふぅ。これくらいなら余裕みたいね。何だか不思議だわ」

 スズナさんはまともな戦闘経験がないとのこと。昨日の今日で慣れるようなものではないかもしれません。


 この世界には映像デバイスが殆どないこともあり、予備知識やイメージは余りに断片的で脆弱です。それ故に実体験の比重が大きくなります。


 かといって、実戦はリスクが付き物です。加えて、始まりの広場で寿命と引き換えにリスポーンできる夢見人と違い、星立人の死は一度きり。


 とても無理はできません。ただし、この違いは絶対でもありません。一応、星立人にもリスポーンできるようになる方法が用意されています。


『覚醒』と呼ばれる急成長をなせば、星立人は始まりの広場に存在を記憶させることができるそうです。そうなれば、夢見人と同様に、寿命を犠牲に生き返ることができるとの話です。


 夢見人は初めからリスポーンが存在する代わりに急成長はありません。

 星立人には急成長の可能性がありますが、急成長しなければたった一つの命です。


 スズナさんは私たちと同い年で一万級のステータス。覚醒している方が自然なステータスで、未覚醒という逸材です。覚醒すればアキトさんを凌ぐステータスとなる可能性さえあります。


 ステータス一万級はおおよそ一万人に一人と言われており、そのステータスで未覚醒の星立人となるとかなり珍しいはずです。


 あるいは。

 称号二つ持ち。未覚醒。これだけの逸材が埋もれてしまうのが、ごくありふれた世界の一幕なのかもしれません。


「いきましょうか。とりあえずは貴方の目標の、その先まで」

 私の才能は彼女に及ばないかもしれませんが、その背中を押すことくらいはできるつもりです。

 いつもそんな役回りばかりですからね。


「ええ。いきましょ、ナギサ。今なら世界も変えられる気がするわ」

 元々ステータスは高いスズナさんですから、自然と今までと違う世界が見えてくるはずです。


 その後もアキトさんとの連携を確認するように、スズナさんの戦闘訓練を兼ねた行軍が続きました。

 ステータス四千級が大きな顔をしているこのエリアでは、本格的な戦闘といった感じではありませんが、彼女のチュートリアルにはちょうど良いでしょう。


炎集砲フレア


 彼女の声に、また魔物が焼き穿たれます。短縮詠唱でも朝方みせた完全詠唱と同等の威力が出せています。


 手応えのない敵であっても成長が見て取れるのは、彼女の学習能力や潜在能力を示しているところと初心者故の急成長といったところの合わさった結果かと思います。


 実際、ステータスの数値がかなり伸びているようです。本当に戦闘経験がなかったのでしょう。三桁程のステータスが一日で増えるペースは幾らベースの値が高くとも早々ありません。


 昼食を取るべく長めの休憩を挟んで、午後も鉱山へと歩みを進めます。鉱山に近づくにつれて五千級の魔物も出てくるようになり、戦闘にも張り合いが生まれてきました。


 それでも二人の前では良い練習台くらいのもので、行軍が邪魔されることもなく、日が沈む前には鉱山の麓まで辿り着きます。


 森の入口からここまで一日と半分ほどですので、想定より少し速いペースで来れましたね。


「今日はここで休みましょう」

 広めのスペースを半ば強引に整地して、コテージを置かせてもらいます。元々、ここに来る兵団が使うための拠点用の場所ですね。


 結界も私とアキトさんで張っておき、明日の戦闘に備えて早めの休息をとることにします。夕食は出来合いのものを温め直すくらいで済ませてしまいましょう。


 今後の予定も再確認したら、今日もまたスズナさんと寝室に向かいます。そして、眠りにつくスズナさんに『夢彩色』をもう一度使ってみないかどうかを尋ねました。


 ただし、今日見せる夢は彼女の望む夢というよりは、イメージトレーニング用の戦いの夢です。私の知っている魔物や想像した魔物で戦闘訓練を行いたいと思います。


「日中にも話しましたが、今夜は夢の中で明日の予行演習をしておきましょうか?」


 おおよそのことは先に説明してあります。これで少しでも彼女の経験不足を補えると良いのですが。

 彼女の心と私の心が形作る夢の世界。今の私にできるのはそこに方向性を与えることだけです。


 細かな説明は日中にしてあります。アキトさんで何度も練習させていただいているので、多少の効果は期待できるでしょう。


「お願いするわ。私も強く、なりたいから」

 彼女の答えに、私は頷き、詠唱を始めます。

 スズナさんの更なる成長と彼女のこれからの安全を心から願って。

「夢彩色」

 私は天蓋の下、彼女の隣で眠ります。何だか良い夢が見られるような、そんな気のする閑かな夜でした。



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 朝の陽射しを感じて徐ろに瞼を上げると、既に隣にスズナさんの姿はありませんでした。私はサッと支度を終えて、小屋の外へと出ることにします。


 部屋の外にて、スズナさんは魔力を纏うように練っていました。煌めく魔力は昨日よりも数段、洗練されているように見受けられます。


 そんな一足飛びに些かの驚きを覚えながら、私は静かに声をかけます。

「おはようございます。スズナさん」


 私に気付いたスズナさんは周囲の魔力を解いて破顔します。爽やかな朝の訪れにふさわしい笑みです。

「おはよう。ナギサ」


 どうやら『夢彩色』がまた上手くいったのでしょう。スズナさんの感受性が高いのか、私が成長していると捉えて良いのか、あるいは幸運と言うべきでしょうか。


 何にせよ、上手く行っているなら喜ばしいかぎりです。ステータス通りの能力を発揮できるようになるのも簡単な話ではありませんが、彼女ならばその先も目指せるかもしれません。


「どうですか? 感覚は」

「いい感じ。とっても」

「そうですか。一緒に戦うのが楽しみですね」


 今後のスケジュールを考えると、今日にでもフレアリザードを倒してしまいたいところです。スズナさんの能力があれば、討伐は充分に可能でしょう。

 相性不利があるとはいえ、アキトさんが前衛で戦ってくださいますし。


 朝食をとって、簡単に打ち合わせを済ませれば、鉱山へのアタックが始まります。『夢彩色』でスズナさんの心の準備ができたことは大きいでしょう。拙速であれ、何とかできる雰囲気があります。



 さて、進み始めた鉱山道は洞窟ではなく山道で、偶に使われているおかげか、思いの外歩きやすいものでした。歩きやすいというのは、ステータスの補正あっての話ですね。


 ごつごつとした岩肌と膝下を越えない野草の景色がしばらく続いたところで、最初の会敵。残念ながら、フレアリザードではありません。岩を背負った亀が力強くゆっくりとこちらに歩いてきます。


「ロックタートルですね。戦闘準備を」

 二人の応じる声を聞きながら、私は一つの能力上昇バフスキル『始言』を発動させます。


「示せ」

 昨日と同様にアキトさんがヘイト管理スキルを発動させて戦いが始まります。その瞳に映る情報は私の『鑑定』の比ではありません。


「大した敵ではない。一撃で行くぞ」

「わかったわ」


 土魔法で岩を射出せんとする岩亀。九つの岩を展開した姿は堂に入っています。

 が、しかし。

『瞬動』で瞬く間に肉薄したアキトさんが下から叩き上げるように無属性の『転衝』を振るいます。


炎華えんかよ、集え」

 炎の円環が大地に拡がります。煌めく魔力は純度を上げ、一層の輝きを放ちます。そして、露わになった岩亀の腹甲に向けて手を伸ばし。


「燃え上がれ。撃ち抜け。炎集砲フレア

 轟々と業火が空気を裂くように。魔物を穿ち、空へと消えて行きました。


 一撃。大穴から覗く空は今日も快晴です。

 崩れ行く光のような消失エフェクトには花火ほどの綺麗さはなく、もの寂しさを感じさせます。


 ステータス五千級とはいえ、岩亀は防御力に優れる魔物です。甲羅部のVITは一万に達するとも言われます。腹甲とはいえ、強度はかなり高いはずです。


 それを一撃で貫通しているわけですから、文字通りの高火力といったところでしょうか。相性さえ悪くなければ、フレアリザードでも一人で倒せそうな強さです。


「ふぅ……こんなものね」

「お見事ですね……。この調子で進みましょうか」

 アキトさんと二人で居るときもそうですが、私の仕事はあまりありません。喜ぶべき、なのでしょうね。私が成長してみせなくては。


 些かばかりの慈愛のような感情を何処かへと向けながら、私はつとめて優雅な所作で鉱山道を歩きます。


 それにしても先程の魔力の扱い、スズナさんの成長は昨日今日でも見て取れる程で、才能をありありと感じさせられます。私が育てたということにできないものでしょうか。


 冗談はさておき。

 それから幾らかの戦闘を経て、ついに目的の魔物を見つけます。フレアリザード、体躯は十メートルほどの小型亜竜です。


 亜竜とはいえ、飛行タイプには遠く及ばない一方で、村一つを壊滅させることができる程の強さを持ちます。


 ステータスは一万級。戦闘を専門とする職種の方々でもそこそこの精鋭を集めたいところです。一流の花火師は町の軍人を一個分隊連れて狩りにくるとのこと。


 あるいは花火師が来ないことも多いとか。それはそうでしょう。花火師にとって戦闘は専門外です。フレアリザードに最期の一撃を与えることが至難であることは容易に推察できます。


 それでもスズナさんが自らラストヒットを狙っているのは、魔石の扱いやすさが変わるからだそうです。


 魔石を花火に加工する際、高等な魔石ほどその難度は上がり、フレアリザードの魔石ともなると長年の経験と熟達した技術を要します。


 幾ら才能があるとはいっても、高価な魔石を扱ったことはないスズナさんには魔石の性質を読む時間がありません。


 自分で倒した魔物から得られる扱いやすくも上質な魔石を用いて製作することで、花火はより一層スズナさんの理想に近付くでしょう。自ら倒した魔物の魔石はその特性が感覚的に解るのだとか。


 もっともそれは花火に加工するためのパラメータであって、汎用的な魔石のエキスパートには遠いようですが。


 勿論、魔石はあくまで前提。そこからが腕の見せどころです。とはいえ、その前提を満たすため、まずは目の前のフレアリザードを倒すことにいたしましょうか。


「戦闘準備を」

「ああ、まずは俺が削る。距離を保て」


 示せ、と『威圧』を放ってから、アキトさんが飛び込みます。その大刀は氷を纏い、冷気の線が空を駆けるように亜竜へと向かいました。


 咆哮。音圧を打ち出すようにした亜竜は彼を見据え、轟轟轟と青い炎でその体躯を覆います。無骨な炎の中に奥深い美しさを感じさせる火です。花火の素材たる所以がわかりますね。


 そして地亜竜は竜種の特徴とも言える魔力波ブレスを放ちました。真紅の炎は周囲に熱を与えながらアキトさんへと直進します。


 対するアキトさんは短距離瞬間移動スキル『瞬動』でその魔力波ブレスを避けつつ、フレアリザードの真横へと移動して、大刀を振り下ろします。


 繊細な魔力操作の先に、維持された氷の『魔法剣』で迸る真白の斬撃は火亜竜の身体に確かな傷を付けて膨大な蒸気へと変わります。


 呻くような低音が響いた次の瞬間、地亜竜はその体躯を捻るように回転し、青く燃える尾を打ち付けます。


 バックステップ、アキトさんは難なく回避。そのまま地面の割れる破砕音の中、亜竜の尾に氷結の一閃を放ちます。


「スズナさん」

「炎よ、集え」

 こちらを一瞥したアキトさんは怯む亜竜へと駆け出し、大刀を下段に構えます。


 その刀身は白く輝き、その一刀は衝撃を纏い。

 フレアリザードの巨躯を打ち上げました。

 先の攻撃で尾から広がった氷が身体を侵食するように炎の鎧を無に帰し、空に上がるは無防備な大きな的です。


「燃え上がれ。撃ち抜け。炎集砲フレア

 火亜竜を凌ぐ業火の砲光が吸い込まれるようにフレアリザードの体躯を貫き、確かな死を与えます。


「信じられないわ……。こんな簡単にフレアリザードを倒せるなんて」

 残火を纏わせたスズナさんの零した言葉に私も頷くところではあります。


 フレアリザード程度なら、とは告げたものの、亜竜は決して簡単な相手ではありません。アキトさんの補助があっても私では倒せないでしょう。


 全力の魔法を魔物にあてることだって相当に難しいことです。スズナさんが当たり前のように直撃させているのが不思議なくらいです。


 昨日は多少の不安定さがあった魔力の流れも、今日は美しいくらいの安定感で、ステータスを十全に発揮している様子。


 才能や加護にはそれだけの力があるということでしょうか。あるいは、スズナさんの個人の資質かもしれません。どちらにせよ、彼女自身のものではあるのですが。


「この調子で幾らか魔石を集めましょうか。個体差もあることですし、油断は厳禁です」

「そうね。気を引き締めて、やるわ」


 特筆すべきことがないほどには、その後のフレアリザード狩りも順調に進みました。一つ一つ丁寧に魔物を倒し、鉱山の上へ上へと進んでいきます。


 この鉱山の覇者はフレアリザード。彼らを狩ることのできる私たちは、倒し方に工夫をしながら経験値を得ていくだけです。


 山頂付近にはもっと別の魔物がいるのかもしれませんが、そこまで進行する予定はありません。そして、お昼を挟んで午後の狩りもゆっくりと素材回収を行います。


「どうにも聞いていた話よりフレアリザードが多すぎる気がするわ」

 そんな話が出たのは5体目のフレアリザードを倒し終えた頃合いでした。


「それは少し警戒した方が良いかもしれませんね」

 生物ピラミッドの頂点は個体数が少なくなるのが摂理です。一時的なものであれば心配は要らないのですが、そうでなければより強い生態系へとシフトした可能性があります。


 強い生態系へ移り変わったとなると、このあたりの魔力濃度が上昇しているのかもしれませんね。


 ぬるい風が髪を軽く揺らし、太陽が雲に隠れます。たった一瞬。魔力の振れのようなものを感じました。


「示せ」

 アキトさんが動いたことで、私たちも咄嗟に警戒態勢をとります。『瞬動』で距離をとったアキトさんが何かの攻撃を弾いたところで、鉱山の只中に円形の広場が展開されます。


「戦闘準備を、スズナさん。ボスエリアです」

 支援スキルを使い、スズナさんと自身を強化した後は『鑑定』を発動します。鑑定対象を確実に刺激しますが、『神聖』の秘匿効果もあって魔物の注意が移る心配はないでしょう。


 展開されたボスエリアに散在する松明が紅い炎を宿したと思えば、濃い魔力の霧が魔物の姿を形作りーー。


「灰の、飛亜竜」

 驚愕の声はスズナさんのものです。岩飛亜竜、グレイワイバーンとも呼ばれる限りなくドラゴンに近い亜竜は空の覇者の如く、巨大な翼をはためかせ、金の瞳で私たちを見下ろします。


「ステータスは、四万級ですか」

『鑑定』で得られたそれだけの情報から私は決断をくださなくてはなりません。魔物の注意を引いているアキトさんから情報を聞くことは難しいでしょう。


 ステータス四万級。アキトさんでもおそらくは倒せないでしょう。しかし、即座に撤退を提案しないということはしばらく時間が稼げる目処はたっているのだと思います。


 アキトさんは防御実数値だけなら四万を超えていますし、私とアキトさんは最悪の場合リスポーンができます。


 一応、ボスエリアからの撤退に使用できるアイテム『転移のスクロール』を二つ持っています。非常に高価ですが、今は眠る両親からの贈り物です。


 損失は計り知れませんが、強くなれば金策も容易になりますし、もしものときは命には変えられません。とはいえ、二つしかない以上は最後の手段ですね。


 さて、時間はありません。

 隣で震えるスズナさんの表情を見れば、その瞳にはまだ希望の光が映っているような気がしました。


「戦いましょう。勝てない相手ではありません」

 スズナさんが覚醒すれば、あるいは。


 響き渡る咆哮に反応するように、スズナさんの身体から輝く魔力が迸ります。雲間に覗く蒼天から注ぐ光に僅かな希望を感じながら、戦いは始まりました。

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