Recode 01 条件
「何度言っても駄目だ。女が花火師になんてなるもんじゃない」
「そうよ。周囲の反発を貴方が背負う必要はないでしょう。貴方ならもっと他の道でも成功できるわ」
幾度となく繰り返された親子論議は、いつまでも続くようでいて子供の成長がそれを許さない。何時だって大人の見る世界と子供の見る世界は違う。
時間の流れ方も成長の速度も幸せの定義も。何もかもが違う中、お互いの幸せを願っているだけ、その家庭は良い家庭と言えるのかもしれない。
「もうアタシは待てないわ。二人が反対するなら、アタシは町を出ていってでも花火師になる」
そう声を張り上げたのは、今年で十七になる少女スズナだった。
十七は特別な数字だ。不思議な世界の記憶を持つ新人類ーー
それ故に、多くの町では十七歳から高等教育が始まる。あるいは社会に出ることもあるだろう。
十七歳はステップアップの歳。歴史的に見ればそれは極最近の風潮でしかないが、今現在においては世界的に認められた規則であった。
スズナの周りの花火師を目指す少年たちは既に一人前の試験を何度か受けている。一方で、見習いの仕事すら与えられなくなりつつある彼女は危機感を覚えていた。
今までは子供だったから良かった。遊びの延長くらいに思われていたからこそ、見習いとして花火の作り方を学ぶことが許されていた。
しかし、仕事にするとなると話は別だ。危険があるから。そんな単純な理由が伝統と格式を肯定する。花火師は戦場の、男の仕事だと彼女を排斥する。
されど、少女は知っている。
花火がまだ狼煙だった頃、それを作っていたのは女性であったことを。魔力の扱いに長ける傾向にある女性の方が花火師に向いていることを。
「町の外は危険だ。考え直せ」
「いくらスズナが強いといっても、魔物もいるのよ。それに女の子一人で旅をするものじゃないわ」
始まりの広場によって護られる町を出れば、魔物を避けることは難しい。魔物の多くは強い。そして、人間を襲う。
故に、町の外に出る人間も大抵は強く、その人間も常に味方とは限らない。
「アタシは、街道の整備兵よりは強いわ。たとえ無茶だったとしても、アタシはやってみせる」
ここで少しずつ才能を擦り減らしていくよりは、魔物に殺された方がマシだ。そう彼女の瞳が語る。
かつて、花火の暴発で後遺症を負った女性がいた。彼女は花火師ではなかったが、皆に好かれた兵団長の娘だったという。
この町は結局、そのトラウマを未だに引き摺っているだけなのだろう。
その怪我だって交通網の発展した今なら、お金さえあれば『治療』系スキルで治癒できる。きっといつかは女性が花火師になれる時代が自然とくる。
しかし、それでは駄目なのだ。スズナにとっての人生は今この時しかないのだから。
死を厭わない子の表情に、仕方なく親は妥協案を出す。
「一度だけだ。次の花火師昇任試験を受けて良い。だが、合格できなかったらその時は諦めろ」
「……そうね。一度だけなら、いいわ」
固定観念に目を曇らせた二人は気付かない。その妥協に本質的な意味はない、と。あるいは、二人が現実を受け止めるための緩衝材程度にはなるのかもしれないが。
少女の決意が変わることはない。
少女は町に期待も執着もしていない。
「ありがとう。……頑張るわ」
お互いの幸せを願っている。
それはお互いの思い通りになる未来が存在するということではない。
たった二週間で娘が合格できるわけがない。
アタシが不正なしに不合格になることはない。
お互いの認識の齟齬に少女は気付いている。
両親は彼女の実力を知らなかった。彼女に花火を教えていた偏屈な祖父は去年亡くなった。
このまま合格するだけでは駄目だ。確実に誰が見ても一番だと思えるような結果を残さなければ、溝は深くなるばかりだろう。
スズナは熟考の末、馬に乗って町の外へ出る。祖父が残した工房や馬を、今はまだ使えていた。いつ処分されてもおかしくはない。時間は元よりそう残されてはいなかった。
町の外。一人で出るのは初めてだった。能力値を考えると無謀ではない。それでも不安はある。魔物も人も警戒して進まなくてはならない。
目的は魔石だ。花火の素体となる上質な魔石が欲しかった。工房に残る魔石はガラクタばかりだった。購入するほどの費用はない。
扱うことも考えるといずれにせよ自分で倒した方が良い。
本当は祖父が使っているところを見たことがあるフレアリザードの魔石が欲しい。火亜竜級の魔石を使えば、確実に一位をとる自信があった。
ただ、フレアリザードがいるアルチェリア鉱山に挑む力も、火亜竜を倒すだけの力も今の彼女にはない。
故に少女は手頃な魔物を探しながら、街道を馬で駆ける。整備隊が巡回していることもあって、街道沿いに強力な魔物は出にくい。
できないことの多さを知っている彼女はできることを積み重ねていく。それが正しいことかどうかを判断できる人間は町にはいない。
幸い、自分で考えることは得意だった。そうする他なかったから。過分な力に身を滅ぼされないように、スズナは力を蓄えながらも優秀な魔法使いらしく過ごしてきた。
「
短縮詠唱で打ち出した炎の魔法が運良く見つけた魔羊を焼いたのは、しばらく後のこと。これで最低限の魔石は手に入った。
魔導兵団ならば主力級。その力を隠して程々優秀な学生を演じている自分。こっそりと町を抜け出して花火の素材を集めている現状に違和感を拭えない。
スズナは
「足りない、わね……」
外の世界は刺激的だ。町の中にはないものが沢山ある。危険と可能性。そして幾億の未来と終焉。彼女の才能はそれらを初めから知っていたかのように、大自然に心を震わせる。
街道を行く。焦燥感は自分の中から湧き上がる。この道の先に輝かしい未来が待っていたとしても、それが答えではない気がする。
代わり映えのしない世界。すれ違う商人やその護衛が奇異の目を向ける中、少女は馬を進める。警戒と不安が風に流されてしまわないように、手綱をしっかりと握って。
そして、スズナは出逢った。
恐怖を覚える程の綺麗さで紅茶を嗜む少女と、その世界を守るような覇気を纏った騎士に。
少女の常識はこれより際限なく崩れ行く。
吉凶を占うことはもはや誰にもできない。
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