Chapter01 空

Episode 00 花火

 魔動二輪バイクにて街道を行く少年少女わたしたちは今日も今日とてゆるやかに北進を続けていました。


 本日の天気は快晴。本格的な夏が近付く中、強い陽射しが気になるところではありますが、仮想世界は魔力による紫外線耐性ホメオスタシスに頼ることができます。


 体感温度にも影響を与えているようで、高温や多湿も然程気になりません。私の高い魔力は殆ど偶然の産物ですが、有り難い限りですね。


 後部座席に横座りで乗っていても、身体強化のおかげか余裕があります。更には風の精霊術による補助で快適空間を演出できますし、二輪車での移動は存外上手く行っています。


 ただし一時間当たり一万程の魔力を消費してなせる技ですので、魔力型の二輪車で二人乗りは不可能という定説は概ね正しいのでしょうが。


 そんな燃費度外視走法で旅を始めた私たちですが、今のところ旅は総じて順調です。これ程まで最初から余裕があっていいのかと首を傾げたくなるほどには。


 主要都市を結ぶ街道はそれなりに整備されており、時折魔物が現れはするもの、早々危険はありません。未熟な私でも十分に倒せます。


「当面の目的地は東北ですね。クリアストラの都市迷宮では稀にカメラがドロップするようですし」


 クリアストラは秋田に程近い大都市です。

 仮想世界ネオアスターは現実の地球に比べて大きいですから、距離はおよそ倍くらいになるでしょう。


「ドロップする遺構品オーパーツでなければ、機械の類は性能が確保できないとなると、自分で取りに行く他ないか」

「そうですね。買い取るにしても資金を得るために探索が必要です」


 バイクと同様、高性能な機能にはドロップアイテムを用いる必要があります。人の技術による旧式の映写機はとても撮影したいと思える画質ではありませんでした。


 この世界に満ちる魔力との親和性を高めることができれば解消されるとはわかっていても、そんな加工技術を持つ職人は未だ現れていないようです。


 今はまだ、探索を繰り返してドロップアイテムを沢山集めることが、映写機までの近道と言えましょう。私は写真が撮りたいのではなく、綺麗な写真が撮りたいのですから。


 それに理由はなくとも探索は冒険の花。景色のような無形のものから、財宝といった有形のものまで新たな発見は幸せのパスポートです。


 折角『倉庫』も習得しましたし、誇れるようなコレクションも欲しいところですね。


「そうだな。じきに魔王も現れるときく。準備はしておいた方が良いだろう」

「ですね。と、そろそろ休憩しましょう」


 私の場合、体調にもよりますが、一時間あたりに回復する魔力量が五千程ですので、見かけ上の魔力消費量は時間当たり五千程度。


魔力は限界ぎりぎりまで使うと回復に時間を要しますので、魔動車は一日あたり約十二時間の走行が限度です。適度に休憩を挟みながら進んでいくことになります。


 街道の途中に設けられたちょっとした広場に椅子と机を取り出して、簡易の休憩スペースを作ります。

 現実世界ではメイドのシフォンさんがやってくださることも、こちらでは自分でしなくてはなりません。


 アキトさんと分担して、お菓子や紅茶を用意するまでに数分もかかりません。基本的に『倉庫』から取り出すだけですからね。


「次の街は星立人こちらのひとの街ですね。楽しみです」

「花火が有名みたいだが、少しだけ時期が早いな。しばらく滞在するのか?」

「街の観光くらいはしましょう。花火は残念ですが今回は諦めることになるでしょうね。東都にも近いことですし、また見に来る機会もあるでしょう」


 二百年は生きるつもりですから、急ぐことはありません。早めに旅に出られた分の巡り合わせを大切にしていきましょう。


「それにやはり、出来ることならば力をつけて、お母様お父様のもとへ向かいたいところですからね。観光を疎かにする気はありませんが、ゆっくり一箇所に滞在するのはしばらく先の楽しみにしておきましょう」


 アキトさんの能力と成長速度ならば、お母様たちを迎えに行く余地もあります。そういう意味では急ぐべきでしょう。いずれ自力で何とかするでしょうし、優先度は高くありませんが。


 ただ、可能ならば……という思いはあります。お母様たちが戻ってこなくては、やはりのんびり観光という気分にはなれません。


 とかく今はまだまだ成長は必要です。ミイラ取りがミイラになってはいけませんから。何かと考えることはありますが、すべての要素が冒険を彩るアクセサリーくらいの心持ちで進んでいきましょう。


「そうだな。まずは強くなれるように努めよう」

 移動時間はたっぷりありますから、殆どは既に話したことのある内容です。それでも、心は変わりゆくもの。最新の意図をできる限り捉えるために言葉を重ねます。


「お願いします」

 アキトさんは十分強いですよと思いながら、私は微笑みを返します。世界の果てを目指すには私が強くなることも大切ですが、アキトさんに強くなってもらう方が現実的です。


 アキトさんの力は私の力。

 私の力も私の力です。


 世の中、一人で生きていける人は少ないのですから、そのくらいの心構えで良いでしょう。

 などと都合の良いことを考えながら、お茶菓子を食べて休憩します。晴天の下、外で飲む紅茶は未だに慣れない新鮮味を感じます。パラソルのないテラス席は、平野を一面見渡せる特等席です。


 東都からも大分離れ、街道では偶に馬車とすれ違う程度。いえ、追い抜いていくことも間々ありますね。二輪車は速いですので。


 辺りに人の気配のない場所で休憩を取り始めた私たちですが、遠くから蹄鉄の音が近づいて来ます。

 数は一。警戒には及ばないでしょう。私はそのままティータイムを続けます。

 アキトさんも大きな反応は見せません。感知はしているようで、その方角に軽く視線をやるだけです。


 やがて、その音の主たる赤髪少女を乗せた黒の牝馬が現れ、私たちの姿を認めると些か通り過ぎたあたりで止まりました。

 馬上の少女は私たちの様子を確認するように視線を流し、目が合いましたので微笑んでおきます。快活そうな良い子に見えましたので。


 私たちと同じくらいの歳でしょうか。ポニーテールを揺らして地に降り立った少女は、馬を撫でるようにあやして座らせると、しばらく考える素振りをみせたのちに、こちらへと歩いてきました。


「はじめまして。アタシは花火師見習いのスズナ。二人を実力者と見て、少しお願いがあるんだけど」


 少女の瞳は決意に満ちていて。

 吹き抜ける風が草花を舞わせ、照りつける陽射しの揺らめきに彼女の鮮明な影が伸びます。


 斯くして。

 花火師を目指す少女スズナの少し早い夏が始まりました。


 幕開くは、才能を与えられた一人の少女の抗争の物語。他愛ない、されど本人にとっては運命を変える初夏の大冒険のお話です。


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